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レポーター紹介
下村 昭彦 ( しもむら あきひこ ) 氏
国立がん研究センター中央病院 乳腺・腫瘍内科
国立国際医療研究センター 乳腺・腫瘍内科
2019年5月31日~6月4日まで5日間にわたり、ASCO2019が開催された。2019年のテーマは“Caring for every patient, Learning from every patient”であった。薬物療法の大きな演題が少なかった代わりに、支持療法やサバイバーケアの演題が多く取り上げられているように感じた。乳がんにおいては直接私たちの実臨床を変えるような試験の発表はなかったが(残念ながらプレナリーセッションもなし)、日常臨床の中で解決しなければならないクリニカルクエスチョンに回答する試験、今後の開発の方向性を示唆する試験の発表が多かったように感じる。その一方で、日本が参加していない試験の報告も多く、わが国の世界の治療開発の中での課題を再認識させられた学会でもあった。乳がんのLocal/Regional口演から2演題、Metastatic口演から5演題を紹介する。
臨床的リスク因子がOncotypeDXによる再発スコアに及ぼす影響(TAILORx追加解析)
OncotypeDXは乳がん組織中の21遺伝子のメッセンジャーRNA発現を解析することにより再発リスクの予測、化学療法の上乗せ効果を予測する検査である。TAILORx試験は、再発スコア(RS)を11以下の低リスク、12~25の中間リスク、25以上の高リスクに分け、中間リスクに対する化学療法の上乗せ効果を検証した第III相試験である。主たる解析結果は昨年のASCOで発表され、中間リスクに対する化学療法の上乗せ効果は認められなかった。サブグループ解析では50歳以下でRSが16~20では2%の、21~25では7%の化学療法上乗せ効果が示唆された(Sparano JA, et al. N Engl J Med.2018;379:111-121.)。今回の発表では、RSに臨床的リスク因子を加えた解析が行われた。臨床的低リスクは3cm以下かつ低グレード、2cm以下かつ中間グレード、1cm以下かつ高グレードと定義され、臨床的低リスクに当てはまらない症例が臨床的高リスクと分類された。臨床的高リスクは30%であった。無病生存期間(disease free survival:DFS)および遠隔無再発生存期間は、RS11~25の中間リスクにおいて臨床リスクによる差を認めなかった。化学療法の有益性が示唆されている50歳以下のRS16~25に限った解析では、RS16~20かつ臨床低リスクでは化学療法上乗せ効果を認めなかった。また、この集団における化学療法の上乗せ効果は化学療法誘発閉経によるものである可能性が示唆された。今回の結果はOncotypeDXの実臨床での使い方に大きな影響を及ぼすものではないが、50歳以下(未閉経)RS16~25の場合に化学療法を上乗せするかどうかの参考にはなりえるかもしれない。本研究の結果は発表同日、論文発表された(Sparano JA, et al. N Engl J Med. 2019;380:2395-2405.)。
HER2陽性乳がんに対する術前ペルツズマブ+化学療法vs.T-DM1+ペルツズマブ (KRISTINE試験)
本試験はHER2陽性早期乳がんを対象とした、ペルツズマブ+トラスツズマブ+カルボプラチン+ドセタキセル(TCH+P)とT-DM1+ペルツズマブ(T-DM1+P)を比較する第III相試験である。各施設判定での主要評価項目は病理学的完全奏効(pathological complete response:pCR)率であり、pCRは56% vs.44%でTCH+P群で良好であった (Hurvitz SA, et al. Lancet Oncol. 2018;19:115-126.)。一方で、Grade3の有害事象や重篤な有害事象の発生頻度などでT-DM1+ペルツズマブ群のほうが安全性は良好であった。今回の発表では、副次評価項目の無イベント生存率(event free survival: EFS)、無浸潤がん生存率(invasive disease free survival:IDFS)などについて発表された。3年EFSはTCH+P群 vs.T-DM1+P群で94.2% vs.85.3%(層別化ハザード比:2.61、95%CI:1.36~4.98)とTCH+P群で良好であり、主要評価項目のpCR率と同様の傾向を示した。イベントとしては手術前の増悪がT-DM1+P群で15例(6.7%)と、イベントの約半数を占めていた。TCH+P群では0例であり、手術前の増悪がEFSの差につながったと考えられる。手術前に増悪した15例のうち14例についてHER2のmRNA発現が解析されており、全例で中央値を下回っていた。また、HER2の免疫組織化学染色は15例のうち10例(66.7%)が2+であり、このようなHER2の発現状況がT-DM1+Pの効果に影響を及ぼした可能性が考えられる。3年IDFSは92.0% vs.93.0%で両群に差は認めなかった。KATHERINE試験(von Minckwitz G, et al. N Engl J Med. 2019;380:617-628.)では術前治療で腫瘍が残存した症例に対してT-DM1の術後治療が無病生存(disease free survival:DFS)、全生存期間(overall survival:OS)を改善している。今回の結果との違いはHER2の発現の違いによる可能性は示唆されるが、さらなる検討が必要であろう。
抗HER2療法で進行したHER2陽性転移乳がんに対するmargetuximab+化学療法 vs.トラスツズマブ+化学療法の比較第III相試験(SOPHIA試験)
本試験は新しい抗HER2抗体であるmargetuximabと化学療法の併用をトラスツズマブと化学療法の併用と比較する試験である。margetuximabはトラスツズマブと同様の特異性と結合性の抗体認識部分を持ち、下流シグナルの抑制効果も同等である。トラスツズマブと異なるのはFCγ受容体結合部位であり、IgG1の野生型のままのトラスツズマブと異なり、CD16Aを活性化し、CD32Bを抑制するよう改変されている。CD16Aの遺伝子型が抗HER2抗体の治療効果予測因子となることが示唆されているため、margetuximabはCD16Aの変異型を有する腫瘍に対しても有効性が高いことが期待された。本試験は2レジメン以上の抗HER2治療歴(転移乳がんに対して1~3レジメン)の症例を対象として、主治医選択化学療法(カペシタビン、エリブリン、ゲムシタビンまたはビノレルビン)と併用して抗HER2抗体を1:1に割り付けた。margetuximab群に266例、トラスツズマブ群に270例が割り付けられた。主要評価項目は無増悪生存期間(progression free survival:PFS)およびOSであった。前治療としてトラスツズマブおよびペルツズマブは両群で全例が、T-DM1はそれぞれ約91%が受けていた。PFSの中央値は5.8ヵ月 vs.4.9ヵ月(ハザード比:0.76、95%CI:0.59~0.98、p=0.033)とmargetuximab群で良好であった。事前に計画されたCD16Aの遺伝子型によるサブ解析ではCD16A-FFもしくはFVではmargetuximab群で良好であったが、VVでは有意差を認めなかった。FF、FVのみでの解析では有意差を認めなかったが、margetuximab群で良好な傾向であった。また、OSについては有意差を認めなかった。奏効率、臨床的有用率についてもmargetuximabで良好であった。有害事象においてはmargetuximab群でinfusion-related reactionが多い傾向を認めた。今後、抗HER2抗体で進行した転移乳がんの治療として、margetuximabは1つの選択肢となってくる可能性があるが、残念ながら日本からはこの試験には参加していない。
転移のあるHER2陽性乳がんにおけるneratinib+カペシタビンvs.ラパチニブ+カペシタビンの比較第III相試験(NALA試験)
neratinibはHERファミリーのチロシンキナーゼドメインに不可逆的に結合することにより、下流シグナルを抑制する少分子化合物である。NALA試験は転移乳がんに対し2レジメン以上の抗HER2治療の既往がある症例を対象としてneratinib+カペシタビンvs.ラパチニブ+カペシタビンを比較する第III相試験で、主要評価項目はPFSおよびOSであった。neratinib群に307例が、ラパチニブ群に314例が登録された。PFSはハザード比0.76(p=0.0059)とneratinib群で良好であった。もう1つの評価項目であるOSではneratinib群で良好な傾向は認めたものの、統計学的には有意ではなかった。副次評価項目の中枢神経転移に対する介入の割合はneratinib群の22.8%に対し、ラパチニブ群で29.2%とneratinib群で良好であった(p=0.043)。有害事象は下痢(とくにGrade3/4の下痢)、悪心、嘔吐、食欲低下がneratinib群で多く、手足症候群はラパチニブ群で多い傾向にあった。患者報告によるQOLでは両群間に差を認めなかった。
トリプルネガティブ乳がん(TNBC)に対するアテゾリズマブ+nab-PTX併用試験のOSアップデート(IMpassion130)
アテゾリズマブ+nab-PTX併用療法のTNBCに対する初回治療の結果は昨年の欧州臨床腫瘍学会で発表され、乳がんへの適応拡大が期待されている(Schmid P, et al. N Engl J Med. 2018;379:2108-2121.)。本試験ではPD-L1の発現(1%以上または未満)によって層別化が行われた。PD-L1は41%の症例で陽性であった。主要評価項目はPFSであり、ITT集団では7.2ヵ月 vs.5.5ヵ月、PD-L1陽性集団では7.5ヵ月 vs.5.0ヵ月で、アテゾリズマブ群で良好であった。今回は2回目の中間解析の結果が発表された。観察期間の中央値は18.0ヵ月であり、ITT集団で59%の死亡イベントが発生していた。ITT集団における生存期間中央値(median survival time:MST)は21.0ヵ月 vs.18.7ヵ月(ハザード比:0.86、95%CI:0.72~1.02、p=0.0777)、24ヵ月生存率は42% vs.39%であり、アテゾリズマブ群で良好な傾向を認めたものの、統計学的有意差は認めなかった。PD-L1陽性集団における解析はITT集団で陽性だった場合にのみ行う統計手法が用いられていたため参考値ではあるが、MSTは25.0ヵ月 vs.18.0ヵ月、24ヵ月生存率は51% vs.37%であり、より差が開く傾向がみられた。PD-L1陰性では、MSTは19.7ヵ月 vs.19.6ヵ月であり、アテゾリズマブ追加の有無にかかわらず差を認めなかった。MST、24ヵ月生存率のいずれもプラセボ群ではPD-L1陽性の場合に短い傾向がみられ、PD-L1が予後予測因子でもある可能性が示されている。乳がんにもついに免疫チェックポイント阻害剤の波が到達しようとしている。有害事象のマネジメントも含めて、先人たちに学びながら有効な治療を安全に患者さんに届けるようにしていきたい。なお、余談ではあるが本試験の共同演者には愛知県がんセンターの岩田 広治先生が入っていた。最近では国内からの参加のある国際共同試験の多くで共同演者に日本の先生が入っていることも多く、非常にうれしく感じている。
ホルモン受容体陽性乳がんを対象としたエリブリン+ペムブロリズマブ併用療法とエリブリン単剤療法のランダム化第II相試験
ホルモン受容体陽性乳がんは免疫学的には“コールド”と考えられており、免疫チェックポイント阻害剤の効果が得られにくいと考えられている。免疫チェックポイント阻害剤単剤では2.8~12%の奏効率が報告されている。一方で化学療法との併用の術前治療ではpCR率を上げることが報告されており、化学療法と免疫チェックポイント阻害剤の併用はホルモン受容体陽性乳がんの治療として有望である可能性が残されていた。本研究ではエストロゲン受容体および/またはプロゲステロン受容体陽性HER2陰性で、2レジメン以上のホルモン療法歴(術後治療含む)、転移乳がんに対する0~2レジメンの化学療法歴を有する症例を対象として、エリブリン+ペムブロリズマブ併用療法とエリブリン単剤療法を比較した第II相試験である。主要評価項目はPFS、副次評価項目として奏効率・臨床的有用率とOSが設定されていた。44例が併用群、46例が単剤群に割り付けられた。PFSは4.1ヵ月 vs.4.2ヵ月(ハザード比:0.8、95%CI:0.5~1.3、p=0.33)であり両群間に差を認めなかった。PD-L1陽性集団に限った解析でも同様の傾向であった。奏効率はITT集団で27% vs.34%、PD-L1陽性集団で23% vs.45%と、併用群で低い傾向であった。OSは両群間に差を認めなかった。有害事象は多くの項目で両群間に大きな差を認めなかったが、併用群では2例の免疫関連有害事象による治療関連死を認め、単剤群では認めなかった。本試験の結果をもって、ホルモン受容体陽性乳がんに対する免疫チェックポイント阻害剤の有用性を結論付けることはできないが、併用群で奏効率が低下した理由についてはreverse translational researchが必要であろう。
MONALEESA-7 副次評価項目の全生存期間の中間解析で有意に延長
MONALEESA-7は閉経前転移乳がんを対象に1次ホルモン療法に対するCDK4/6阻害剤であるribociclibの上乗せをみた第III相試験である。ホルモン療法としてはタモキシフェンもしくはアロマターゼ阻害剤とLHRHアゴニストであるゴセレリンが併用された。前治療としてホルモン療法は許容されておらず、化学療法は1レジメンのみ許容されていた。主要評価項目はPFS、キー副次評価項目としてOSが設定されていた。PFSの結果は昨年のSan Antonio Breast Cancer Symposiumで発表され、ribociclib群で23.8ヵ月に対しプラセボ群で13ヵ月(ハザード比:0.55、95%CI:0.44~0.69、p<0.0001)とribociclib群で良好であり、閉経前の症例においてもこれまでに閉経後を対象として行われてきたCDK4/6阻害剤と同様の上乗せ効果が得られることが示された。今回の発表では観察期間中央値34.6ヵ月時点でのOSの中間解析結果が発表された。生存期間中央値はribociclib群では未達であり、プラセボ群では40.9ヵ月であり、中間解析に割り振られたp値を下回りribociclib群で有意に長かった(ハザード比:0.712、95%CI:0.535~0.948、p=0.00973)。点推定値では、36ヵ月で71.2% vs.64.9%、42ヵ月で70.2% vs.46.9%と観察期間が延長するにつれて差が開いていく傾向を認めた。本試験はCDK4/6の1次治療への上乗せを検証した試験の中で、OSの結果を公表し統計学的有意差を認めた初の試験である。本試験の対象は閉経前であるため、現在の国内で1次治療に使用できるCDK4/6阻害剤に直接応用することはできない。また、中間解析でありイベントが十分に発生していないことなどから、今後の結果については最終解析の結果を待つ必要がある。本試験結果は発表同日New England Journal of Medicine誌に論文公表された( Im SA, et al. N Engl J Med. 2019 Jun 4. [Epub ahead of print])。なお、ribociclibは国内での開発が中止となっているため、本試験には日本からは不参加である。閉経前に対するCDK4/6の国内における開発は非常に重要であり、閉経前後を含めてタモキシフェンにパルボシクリブの上乗せを検証する、日本を含めたアジア共同医師主導治験のPATHWAY試験(UMIN000030816)の症例集積が完了する見込みである。結果の公表が待たれる。
(ケアネット)
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