なぜハワイにNCI指定がんセンターがあるのか?【前編】(上野 直人氏 / 中村 清吾氏)

 2022年12月に、テキサス大学MDアンダーソンがんセンターからハワイ大学に移り、ディレクターとしてトランスレーショナルリサーチの拠点づくりに取り組む上野 直人氏に、ハワイのがん診療・研究の現状や米国における位置づけ、今後のがんセンターの展望をお聞きするとともに(前編)、中村 清吾氏(昭和大学医学部)との対談でハワイでの医療者のリクルートや日本人医療者の研修先としてのハワイについてお話いただきました(後編)。

[演者紹介]

上野 直人 (うえの なおと)

ハワイ大学がんセンター ディレクター


中村 清吾(なかむら せいご)

昭和大学医学部乳腺外科
昭和大学病院ブレストセンター長

 


バックナンバー

前編: なぜハワイにNCI指定がんセンターがあるのか?
後編:なぜハワイにNCI指定がんセンターがあるのか?

海外研修留学便り【米国留学記(寺田 満雄氏)】第1回

[レポーター紹介 ]
寺田 満雄(てらだ みつお)

2013年  3月 名古屋市立大学医学部医学科 卒業
2013年  4月    蒲郡市民病院(臨床研修医)
2015年  4月    名古屋市立西部医療センター 外科(外科レジデント)
2017年  4月    愛知県がんセンター 乳腺科(レジデント)
2019年  4月    名古屋市立大学大学院 医学研究科 乳腺外科学分野(臨床研究医)
                       名古屋市立大学大学院 医学研究科 博士課程
2019年  6月    名古屋大学 分子細胞免疫学 (特別研究員)(上記と兼務)
2022年10月  名古屋市立大学大学院 医学研究科 乳腺外科学分野(病院助教)
2023年  8月    Department of Medicine and UPMC Hillman Cancer Center
                       (Post-doctoral associate)
2023年  9月    名古屋市立大学大学院 医学研究科 乳腺外科学分野(研究員)(上記と兼務)

乳腺外科医の自分がメラノーマのTRに強い研究室へ留学を決めた理由

 私は現在、2023年よりUPMC (University of Pittsburgh Medical Center)Hillman Cancer CenterのHassane M. Zarour 教授の研究室でポスドク生活を送っています。少しでもお役に立てるよう、できるだけ赤裸々に綴りたいと思います。

 留学前、大学院への進学と同時に名古屋大学の西川研に在籍して腫瘍免疫の研究をしていました。元々は臨床研究がやりたかったため、大学院で基礎研究をやることになった時は、正直、複雑な気持ちもありました。しかし、そこでは免疫学の基本から、臨床検体を用いたTranslational Research (TR)まで多くを学ぶ機会があり、TRに興味を持つことになった大きなきっかけでした。

 

 いつか留学してみたい、とは考えていて(動機に中身がなくてお恥ずかしいですが)、博士課程が終わり、このタイミングを逃したら難しいかな…と少し諦めていた時、西川教授から今の留学先への打診をいただきました。メラノーマのTRに力をいれている研究室です。ポスドクの引き継ぎを探しているとのことで、非常に魅力的なお誘いでした。乳腺外科医である私としては、乳がんの研究をしたいという気持ちがなかったと言えば嘘になりますが、またとないチャンスに、迷いなくお願いしました。これが2023年3月上旬の出来事で、その時「ボスが来週のJSMOで来日するから、会ってみる?」とお誘いをいただきましたが、当直業務のため断念。その後、3月下旬に留学先のボスとの初Webミーティングを経て正式に決まりました。「Yoshi(西川教授)のラボならWelcome」という感じで、少し話をして受け入れの許可をいただき、一瞬で自分の人生が大きく動いた感覚がしました。”上”は”上”で繋がっている…ということを改めて感じた瞬間でもあります。

 実は、それまでもいくつか留学先の打診をいただいたりしていたのですが、種々の理由でご縁がありませんでした。時に、自分で直接ラボにCVを送って連絡をしてみたこともありました。返事があることもあれば、たいてい返事はありません。有名なラボには、頻繁にそのようなメールが来るようです。身も蓋もない話ですが、ちゃんとしたポストで留学するために大事なのは、タイミングとコネだと思います。ポストや予算的にも先方にとって都合がいいタイミングはそう多くはないのだろうと思います。

留学準備の“ライフハック”

 前任者が8月末で退職予定だったため、研究の引き継ぎ期間も含めて約4ヵ月で渡米の準備をする必要があり、本当に大変でした。留学準備ライフハックについては、書き出せばいくらでも記事は書くことができそうですが、ここではかいつまんで紹介します。

J-1 VISA:DS-2019という受け入れ施設から発行される書類がボトルネックになります。これがないとVISAの申請はできません。催促メール – 相手の言い訳メール – ボスをCCに含めて催促メールを繰り返し、最終的にギリギリでボスが事務に怒って、その後一瞬で発行されました。ボスをCCに入れる、がライフハック。最終的にVISAは、渡米の2週間前に揃いました。

アメリカでの住居と車:ピッツバーグに日本人が多く住むアパートがあり、そこの方に紹介いただき日本にいる間に住居と車は契約して渡米しました。電気の契約では、アメリカ名物たらい回し無限ループにハマり、キレそうになったこともありましたが、なんとか契約。

日本の住居:持ち家だったため、留学中にローンも払う財政的余裕はなく、定期借家で貸し出すことに(定期借家は相場よりも安く貸さなくてはならないのですが、背に腹はかえられぬということで…)。

 そのほか、業務引き継ぎ、大学指定の英語資格試験、家財道具処分・実家への輸送、アメリカでの送金方法、保険、携帯電話、インターネット、予防接種、転出届、郵便転送届、各種連絡先変更…etc. あっという間に準備期間の4ヵ月は過ぎ、家族5人(妻、7歳、5歳、2歳)でスーツケース+プラスチックコンテナ 計6個とともにピッツバーグへ向かいました。

  


バックナンバー

第1回: 乳腺外科医の自分がメラノーマのTRに強い研究室へ留学を決めた理由
第2回:ほぼ全例で網羅的解析を実施、日本との違いを感じる研究環境
第3回:ラボでの分業、実際どうやっている?
第4回:夏休みは1ヵ月取得。でも結果を出している人はハードワーク

海外研修留学便り【番外編(山内 英子氏)】後編

[ レポーター紹介 ]
山内 英子やまうち ひでこ

1987年 順天堂大学医学部卒業
1987年 聖路加国際病院外科レジデント
1993年 聖路加国際病院外科医員
1994年 Dana-Farberがん研究所研究助手
1996年 Georgetwon大学Lombardiがんセンター研究フェロー/助手
2001年 Hawaii大学外科レジデント
2004年 Hawaii大学外科チーフレジデント
2005年 Hawaii大学外科集中治療学臨床フェロー
2007年 Moffittがんセンター/South Florida大学臨床フェロー
2009年 聖路加国際病院乳腺外科医長
2010年 聖路加国際病院乳腺外科部長、ブレストセンター長
2017年 聖路加国際病院副院長
2021年 聖路加国際病院理事
2023年 国立がん研究センター理事
     Hawaii大学がんセンター教授/Hawaiiクイーンズメディカルセンター乳腺外科医

聖路加国際病院などでのキャリアを経て、2023年より以前留学していたハワイ大学に再び拠点を移した山内 英子先生に、これまでのご自身の経歴や現在携わっている研究・現地での診療について前後編でレポートいただきます。後編ではハワイでの外科手術の状況や医師の働き方について伺いました。

 

後編:ハワイでの乳がん手術の状況・医師の働き方

 

 前編はこちら


海外研修留学便り【番外編(山内 英子氏)】前編

[ レポーター紹介 ]
山内 英子やまうち ひでこ

1987年 順天堂大学医学部卒業
1987年 聖路加国際病院外科レジデント
1993年 聖路加国際病院外科医員
1994年 Dana-Farberがん研究所研究助手
1996年 Georgetwon大学Lombardiがんセンター研究フェロー/助手
2001年 Hawaii大学外科レジデント
2004年 Hawaii大学外科チーフレジデント
2005年 Hawaii大学外科集中治療学臨床フェロー
2007年 Moffittがんセンター/South Florida大学臨床フェロー
2009年 聖路加国際病院乳腺外科医長
2010年 聖路加国際病院乳腺外科部長、ブレストセンター長
2017年 聖路加国際病院副院長
2021年 聖路加国際病院理事
2023年 国立がん研究センター理事
     Hawaii大学がんセンター教授/Hawaiiクイーンズメディカルセンター乳腺外科医

聖路加国際病院などでのキャリアを経て、2023年より以前留学していたハワイ大学に再び拠点を移した山内 英子先生に、これまでのご自身の経歴や現在携わっている研究・現地での診療について前後編でレポートいただきます。前編では今回ハワイ大学に移られた経緯や、現地での乳がん診療の状況について伺いました。

 

前編:なぜハワイ大学に? ハワイでの乳がん診療のいま

 

後編はこちら


サンアントニオ乳がんシンポジウム(SABCS2023)レポート

[ レポーター紹介 ]
akihiko_shimomura
下村  昭彦 ( しもむら あきひこ ) 氏
国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院 乳腺・腫瘍内科/がん総合内科  


 

 新年早々暗いニュースが続いた2024年であるが、毎年恒例のSan Antonio Breast Cancer Symposiumレポートをお送りする。2023年12月5日から12月9日まで5日間にわたり、SABCS2023がハイブリッド形式で実施された。COVID – 19が5類となりさまざまな制約がなくなったこともあってか、日本からも多くの乳がん専門医が参加していた。私も現地で参加、発表させていただいた。学会外での会議や勉強会なども以前と同様実施されていた。以前との違いは、会議なども基本はハイブリッドで行われるようになったことであろうか。集合形式は活発なディスカッションができるものの、どうしても都合がつかない場合もある。ハイブリッド形式が会議を最大限に充実させる形式なのかもしれない。

 SABCS2023では日常臨床にインパクトを与える、あるいは今後の治療開発において重要な試験がいくつも発表された。多くの演題の中から、転移乳がんに対する演題を4つ紹介する。

MONARCH3試験

 MONARCH3試験は、閉経後ホルモン受容体陽性(HR+)HER2陰性(HER2-)転移乳がんの1次治療におけるアロマターゼ阻害薬へのアベマシクリブの有効性を評価した試験である。アベマシクリブの上乗せは無増悪生存期間(PFS)を統計学的有意に延長し、すでに実臨床では1次治療でも積極的に使用されている。今回は待望の全生存期間(OS)の結果が公表された。

 ITT集団におけるOS中央値は、アベマシクリブ群で66.8ヵ月、プラセボ群で53.7ヵ月(ハザード比[HR]:0.804、95%信頼区間[CI]:0.637~1.015、p=0.0664)であり、p値は有意水準である0.034を上回り統計学的有意差は証明されなかった。内臓転移を有するサブグループにおけるOS中央値は、アベマシクリブ群で63.7ヵ月、プラセボ群で48.8ヵ月(HR:0.758、95%CI:0.558~1.030、p=0.0757)であり、こちらも統計学的有意差は示されなかった。

 数値としてアベマシクリブ群でOSが有効である期待は残されるものの、有意差がつかなかったということはかなり大きな衝撃であった。なお、後治療としてパルボシクリブを実施した患者はアベマシクリブ群で8%、プラセボ群で25%であり、この差がOSにどの程度インパクトを与えたかは今後の詳細な解析に期待したい。この結果により、世界的に広く用いられているパルボシクリブ、アベマシクリブ、ribociclibのうち、1次治療におけるOSがポジティブなのはribociclibだけとなった。すなわち、日本で処方可能なパルボシクリブ、アベマシクリブはいずれもOSにおけるベネフィットを示せなかったことになる。ただ、だからといってCDK4/6阻害薬をより後ろの治療で用いるべきものになるかというと、そうではない。alpelisib、capivasertibなどSERDとの併用で用いられる別の機序の分子標的薬、あるいはPADA-1試験のような、1次治療、2次治療でCDK4/6阻害薬をbeyondで用いる戦略など、2次治療にCDK4/6阻害薬を“とっておく”と実施できなくなる治療/治療戦略が多数開発されている。現在行われている試験の多くもCDK4/6阻害薬を原則として1次治療で用いることが前提となっており、HR+HER2-転移乳がんの治療シークエンスを考えるうえで、1次治療におけるCDK4/6阻害薬の併用は変わらずスタンダードであると言えよう。

INAVO120試験

 INAVO120試験はPIK3CA変異のあるHR+HER2-転移乳がんの2次治療において、フルベストラント+パルボシクリブによる治療にPI3K阻害薬であるinavolisibを併用することの有効性を評価した第III相試験である。本試験でPIK3CA変異はctDNAの中央判定もしくは各施設における組織/ctDNAの評価によって定義されていた。主要評価項目はPFSが設定された。325例がinavolisib群とプラセボ群に1:1に割り付けられた。両群間のバランスはよく、95%以上の症例で内臓転移を有した。

 主要評価項目のPFSはinavolisib群15.0ヵ月、プラセボ群7.3ヵ月(HR:0.43、95%CI:0.32~0.59、p<0.0001)とinavolisib群で有意に長かった。OSはHR:0.64、95%CI:0.43~0.97、p=0.0338とinavolisib群で良好な傾向を認めたが、中間解析に割り当てられた有意水準は超えなかった。G3以上の有害事象としては血小板減少(14.3% vs.4.3%)、口内炎(5.6% vs.0%)、貧血(6.2% vs.1.9%)、高血糖(5.6% vs.0%)、下痢(3.6% vs.16.0%)とinavolisib群で血液毒性、非血液毒性のいずれも増加した。 

 HR+HER2-乳がんの治療を考えるうえで、3剤併用療法が良いのか、2剤までの併用をシークエンスで使用していくのか、なかなか悩ましいところであるが、OSを延長する可能性が示されたことは大きなインパクトであった。これまでに実施された、あるいは現在進行中の2次治療以降の併用試験などの結果も踏まえた治療シークエンスの議論が必要であろう。また、残念ながら本剤は現在のところ国内では開発されていない。 

HER2CLIMB-02試験

 HER2CLIMB-02試験は、すでにHER2陽性(HER2+)転移乳がんの3次治療においてトラスツズマブ+カペシタビンとの併用の有効性が示されているtucatinibの、T-DM1との併用の有効性を検証した第III相試験である。トラスツズマブならびにタキサンによる治療歴のあるHER2+転移乳がん460例が、tucatinib群とプラセボ群に1:1に割り付けられた。主要評価項目はPFSであった。転移乳がんに対する前治療歴が1ラインの症例が64%、ペルツズマブの投与歴のある症例が約90%であった。

 主要評価項目のPFSはtucatinib群で9.5ヵ月、プラセボ群では7.4ヵ月(HR:0.76、95%CI:0.61~0.95、p=0.0163)とtucatinib群で有意に長かった。奏効割合は42.0% vs.36.1%とtucatinib群で良い傾向を認めた。tucatinibは脳転移に対する有効性が示されているが(HER2CLIMB試験)、本試験の脳転移を有する症例に対するPFSは7.8ヵ月vs.5.7ヵ月(HR:0.64、95%CI:0.46~0.89)とtucatinib群で良好な可能性が示された。OSはHR:1.23とtucatinib群で良い可能性は示されなかった。G3以上の有害事象の中で重要なものはAST増加(16.5% vs. 2.6%)、ALT増加(16.5% vs.2.6%)、倦怠感(6.1% vs.3.0%)、下痢(4.8% vs.0.9%)、悪心(3.5% vs.2.1%)などであった。

 tucatinibはT-DM1との併用における有効性を示したわけであるが、今後この試験結果を基にT-DM1+tucatinibがよりアップフロントに用いられるかというと疑問が残る。T-DXdの2次治療における有効性を証明したDESTINY Breast-03試験では、T-DXdのPFS中央値は28.8ヵ月である。試験間の比較で治療の優劣は付けられないが、かといってT-DXdよりもT-DM1+tucatinibを優先するのは難しい。今後はT-DXdによる治療歴のある患者に対するT-DM1+tucatinibのデータを創出することが必要であろう。

JCOG1607試験

 JCOG1607 HERB TEA試験は、JCOGで行われた高齢者HER2+転移乳がん1次治療における、T-DM1のペルツズマブ+トラスツズマブ+ドセタキセル(HPD)療法への非劣性を検証した第III相試験である。不肖下村が、今回から新設されたRapid Fire Mini Oral Sessionで(なんとメイン会場で)発表させていただいた。本試験は、65歳以上の高齢者HER2+転移乳がんを対象に、OSを主要評価項目として実施された。250例の予定登録数で行われたが、148例が登録された時点で実施された1回目の中間解析で、OSハザード比の点推定値が非劣性マージンの1.35を超えたため無効中止となった。患者背景は両群間でバランスが取れており、年齢の中央値は71歳ならびに72歳、75歳以上が約35%を占めた。PS 0が75%、HR+が約半数、初発StageIVが65%、脳転移を有する症例はまれであり、内臓転移は65%に認められた。

 主要評価項目のOSは両群ともに中央値に到達しなかったが、HR:1.263、95%CI:0.677~2.357、p=0.95322とT-DM1のHPD療法に対する非劣性は示されなかった。PFSはHPD療法で15.6ヵ月、T-DM1で11.3ヵ月(HR:0.358、 95%CI:0.907~2.033、p=0.1236)とHPDで良い傾向を認めた。有害事象はG3以上がHPD療法で多く(56.8% vs.34.7%)、HPD療法では白血球減少(26.0% vs.0%)、好中球減少(30.1% vs. 0%)、倦怠感(21.6% vs.5.6%)、下痢(12.2% vs.0%)、食欲低下(10.8% vs.8.3%)が多く、T-DM1療法では血小板減少(0% vs.16.7%)、AST増加(0% vs.15.3%)、ALT増加(2.7% vs.16.7%)が多かった。

 本試験は高齢者に対するless toxicな治療の開発を期待して開始したが、高齢者においてもpivotal studyで示された標準治療を実施すべきという結論となった。一方、高齢者は年齢のみで定義される均一な集団ではなく、ASCOガイドラインなどで示されているように、高齢者機能評価などを適切に実施したうえで治療方針を決めていくことが重要である。今後より詳細な結果を発表していきたい。


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乳がんの発症経過を解明、予防や治療への活用は【後編】

 7月、Nature誌に「Evolutionary histories of breast cancer and related clones」と題した日本発の論文が掲載され、乳がんの起源となる遺伝子変異が思春期前後に起こっていることが大きな話題となりました。同論文のラストオーサーである小川 誠司氏(京都大学大学院医学研究科)に、前編として今回の研究の背景や結果を解説いただくとともに、後編では中村 清吾氏(昭和大学医学部)との対談形式で、今後の乳がん予防戦略や治療への応用の可能性について議論いただきました。

 

 

[演者紹介]

小川 誠司 (おがわ せいし)

京都大学大学院医学研究科・腫瘍生物学講座 教授


中村 清吾(なかむら せいご)

昭和大学医学部乳腺外科
昭和大学病院ブレストセンター長

 


海外研修留学便り(続編) 【米国就職記(藤井 健夫氏)】第2回

[ レポーター紹介 ]
藤井 健夫(ふじい たけお )

2007年     信州大学医学部卒業
2007-2008年 在沖縄米国海軍病院インターン
2008-2010年 聖路加国際病院初期研修
2010-2013年 聖路加国際病院内科後期研修、チーフレジデント、腫瘍内科専門研修
2013-2015年 MPH, University of Texas School of Public Health/Graduate Research Assistant, University of Texas MD Anderson Cancer Center, Department of Breast Medical Oncology
2015-2016年 Clinical Fellow, University of Texas MD Anderson Cancer Center, Department of Investigational Cancer Therapeutics (Phase I clinical trial department)
2016-2019年 Internal Medicine Resident, University of Hawaii/Research Fellow, University of Hawaii Cancer Center (Ramos Lab)
2019-2022年 Medical Oncology Fellow (Translational Research Track), Cold Spring Harbor Laboratory (Egeblad Lab)/Northwell Health Cancer Institute
2022年-現在 Assistant Clinical Investigator, Women’s Malignancies Branch, National Cancer Institute (NCI), National Institutes of Health (NIH)/ Attending physician, NIH Clinical Center

 

第2回:Physician-Scientist Facultyとしての日々

 前回、アメリカでのFacultyポジション獲得のための就職活動について紹介しました。米国国立衛生研究所(National Institutes of Health:NIH)には、研究経験があり面白いアイデアを持ったPhysician-Scientistに対して、より大きなラボを持って将来のTenure獲得に向けての研究実績を積む期間(最低3年~最高5年間)、ラボスペースや研究資金、ラボスタッフ(ポスドクなど)の採用資金をサポートするシステムがあり、第1回で述べたようにFacultyの就職活動時に十分な研究資金を持っていなかった私ではありましたが、米国国立がん研究所(National Cancer Center:NCI)のFacultyとして働いています。

 臨床のFacultyの場合、何人を診療したか、どれくらいの売上であったかなどの臨床的な貢献で評価されますが、私の評価はそうではなく研究実績であることがこのプログラムの最もユニークな部分です。研究実績がすべてですので、当然どんなに「頑張って」いても結果が出なければ契約の更新は期待できません。私の場合、月曜日がNIH Clinical Center(NIH内の病院)の外来日となっていますが、クリニカルトライアルとセカンドオピニオンのみの外来(NIHでは標準治療は例外を除いて行っていない)であり、1日で診療する患者数は非常に限られています。

 NIH Clinical Center外来の非常にユニークな点は、患者さんの金銭的負担がまったくないことです。NIHで研究目的で行われるすべての診療(診察、血液・画像検査、投薬など)が無料で、さらに遠方からクリニカルトライアルに参加する人には旅費や宿泊費のサポートもあります。NIHは政府機関ですので、当然この形で診療を行うための予算の合意がなされています。

 外来での診療の流れは通常の病院での診療とよく似たものです。患者さんがチェックインすると、まずHematology/Oncologyの臨床フェローもしくはNurse Practitioner(NP)が患者さんの情報を集め、話を聞き、診察をします。指導医であるわれわれは、フェローもしくはNPから患者さんについてのプレゼンテーションを受け、それぞれの症例や治療経過を振り返りながら教育を行います。ディスカッションが終了したら一緒に患者さんを診察して、患者さんやご家族と治療方針や検査方針の話をして、質問に答えて診察終了となります。

 臨床以外の時間はすべて自身のラボでの研究に関連した仕事を行っています。Physician-Scientistとしての仕事内容は大きく分けて以下の3つです。(1)研究プロジェクトや研究データの構築、(2)研究資金の調達、(3)若手の医師や研究者の教育です。(1)に関しては、手を動かして研究を行い、データを出していくことになるのですが、私のようなラボを立ち上げたばかりのPhysician-Scientistの場合、ポスドクだけではなくPrincipal Investigator(PI)である私自身も実際に手を動かして実験を行うことが多いです。実際の実験に加えて、自身の専門エリア外のことや自身で持っていない実験手技などを組み合わせるためにCollaboratorとなるPIとのミーティングをして議論をしたり、新たな薬剤や機材などを取り入れるために外部の会社とのミーティングや研究計画書を書いたりすることも仕事の一部です。

 (2)に関しては私のプログラムではNIHからある程度の研究資金が与えられていますが、何か新たなプロジェクトを始める、大きな実験をする、となった場合は追加での資金獲得が必要となってきます。ここでの特徴的な点は、NIHが持っている研究資金は「内部用資金」と「外部用資金」がまったく別になっており、NIHで働くスタッフは内部用資金のみ申請できるシステムになっています。逆に言うと、内部用資金はNIHのスタッフのみが応募できる資金で、NIH内部での資金獲得競争が繰り広げられます。一方、皆さんが耳にしたことがあるかもしれない「R01」や「Kグラント」などはすべて外部用資金になり、NIHスタッフは応募できません。同じPIでもNIH内と外では研究室を維持していくための資金源がまったく異なるということになります。

 (3)は、研究室に来てくれたポスドクやPre-medical(医学部に入るための準備期間として大学を卒業後に数年研究を行っている人)、Summer Student、PhD Studentなどの研究のサポートと同時に、それぞれのキャリアのサポートも含めたメンターとなることも大きな仕事です。たとえば、昇進判定の際には具体的に誰をメンタリングし、どういう実績を出し、その人たちがその後どこに行ったのか、ということは非常に大切な項目となります。当然、出世するためにメンターをすることになると本末転倒ではあるのですが…。

 今回はNIHでの日常を紹介しました。私自身もまだまだキャリアの途中ではありますが、多くの先輩に助けられ、多くの失敗を経験しながらも少しずつ前に進んでいます。私がこれまでやってきたことで一番意味があったことは「できるだけ多くに人と会って話を聞く」ことです。多くの情報を得てできる限りネットワークを広げることは自身がやりたいことを見つける手助けになりますし、当然実現するための力ともなります。私もいろいろな人に助けられて今の自分があるという経験から、今の自分にできることを次の世代に提供することが自身を助けてくれた先輩に対する恩返しだと考え、積極的に話を聞くことにしています。留学することはあくまでキャリアの通過点であり最終地点ではありません。留学をどのような形で行うか(タイミング、年数、場所など)は人それぞれ違いますが、積極的にいろいろな人に連絡を取って、できるだけ多くの話を聞いてみてはいかがでしょうか。

 


リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップ‐E(要因)およびC(比較対照)設定の要点と実際 その1【「実践的」臨床研究入門】第38回

提供元:CareNet.com

本連載は、臨床研究のノウハウを身につけたいけれど、メンター不在の臨床現場で悩める医療者のための、「実践的」臨床研究入門講座です。臨床研究の実践や論文執筆に必要な臨床疫学や生物統計の基本について、架空の臨床シナリオに基づいた仮想データ・セットや、実際に英語論文化した臨床研究の実例を用いて、解説していきます。

E(要因)およびC(比較対照)を測定可能で具体的かつ明確なものにする

 今回からは、Research Question(RQ)のE(要因)およびC(比較対照)を設定する際の要点と実際について解説します。これまでブラッシュアップしてきたわれわれのRQのEおよびCは、現時点では以下のとおりです(連載第34回参照)。

E(曝露要因):食事療法(低たんぱく食 0.5g/kg標準体重/日)の遵守
C(比較対照):食事療法(低たんぱく食 0.5g/kg標準体重/日)の非遵守

 量的な臨床研究では、この低たんぱく食事療法の遵守という「概念」を測定可能な「変数」に落とし込むことが必要です。「変数」にすることで「概念」を定量化し客観性を持たせることにより、比較が可能になるとともに再現性も担保されるようになります。具体的には、「変数」として測定するための「ものさし」とその基準(しきい値)を、それぞれ決めることが求められます。

 まずは「ものさし」です。低たんぱく食事療法の定量的評価のゴールドスタンダードとしては「食事記録法」が挙げられます。これは、患者が摂取した食事内容を詳細に記録し、その栄養成分を分析する手法です。しかし、「食事記録法」は非常に煩雑で熟練した栄養士も必要であるため、すべての患者で日常的に実施するのは現実的ではありません。そこで、一般に広く用いられているのが、24時間蓄尿中の尿素窒素排泄量から算出される「推定たんぱく質摂取量」です。先行関連研究1)でも、下記の記述のように、このMaroniの式2)と呼ばれる計算式が使用されています。

”Dietary protein intake was estimated on the basis of three consecutive 24-hour urine samples completed before each visit, using the urinary excretion of urea nitrogen as follows:”

「タンパク質摂取量は、尿素窒素の尿中排泄量を用いて、外来受診ごとに行った連続3回の24時間蓄尿検体を用いて、以下のように推定した(筆者による意訳)」

 次に、基準(しきい値)ですが、これまで、「厳格な」低たんぱく食事療法の遵守の程度のしきい値を仮に 0.5g/kg標準体重/日としています。このしきい値は、この架空の臨床シナリオの舞台となっている施設の診療方針に由来するものでした(連載第5回参照)。

 「慢性腎臓病に対する食事療法基準2014年版(日本腎臓学会編)3)」では、慢性腎臓病(CKD)ステージ別のたんぱく質摂取量の基準を下記のとおりに示しています。

CKDG3a:0.8~1.0 g/kg標準体重/日
CKDG3b以降:0.6~0.8 g/kg標準体重/日

 また、重要な関連研究である近年アップデートされたコクラン・システマティック・レビュー論文4)もみてみましょう。この論文では、低たんぱく食(0.5~0.6g/kg/標準体重/日)に加えて超低たんぱく食(0.3~0.4g/kg/標準体重/日)のしきい値も追記されていました(連載第13回参照)。

 これまでのところ、「厳格な」低たんぱく食事療法の遵守の程度のしきい値は明確になってないようです。このように、既知のしきい値が定まっていない場合は、実際の解析データ・セットの「変数」の分布に基づいて、しきい値を設定することがよく行われます。今回のわれわれの解析データ・セットでは、「推定たんぱく質摂取量」が600例余りから取得できました。「推定たんぱく質摂取量」は連続変数(量を表す変数)ですので、その代表値である「中央値」を求めてみると、0.5g/kg標準体重/日と偶然? 架空の診療方針に合致していました(連載第5回参照)。

 「中央値」は、データを大きさの順に並べたときに中央にある値です。連続変数の代表値としては、データ値の総和をデータ数で割った「平均値」も多く使われています。しかし、臨床研究で扱う多くのデータは外れ値が存在する歪んだ分布をとることが多く、連続変数の代表値としては「平均値」よりも「中央値」を用いることが推奨されています。

 そこで、われわれのRQのEとCを以下のように改訂することにします。

E:推定たんぱく質摂取量 0.5g/kg標準体重/日未満
C:推定たんぱく質摂取量 0.5g/kg標準体重/日以上
*外来受診ごとに行った連続3回の24時間蓄尿検体を用いてMaroniの式より算出


【 引用文献 】

講師紹介

harasense

長谷川 毅 ( はせがわ たけし ) 氏
昭和大学統括研究推進センター研究推進部門 教授
昭和大学医学部内科学講座腎臓内科学部門/衛生学公衆衛生学講座 兼担教授
福島県立医科大学臨床研究イノベーションセンター 特任教授

[略歴]
1996年昭和大学医学部卒業。
2007年京都大学大学院医学研究科臨床情報疫学分野(臨床研究者養成コース)修了。
都市型および地方型の地域中核病院で一般内科から腎臓内科専門診療、三次救急から亜急性期リハビリテーション診療まで臨床経験を積む。その臨床経験の中で生じた「臨床上の疑問」を科学的に可視化したいという思いが募り、京都の公衆衛生大学院で臨床疫学を学び、米国留学を経て現在に至る。


バックナンバー

49. いよいよ多変量解析 その2

48. いよいよ多変量解析 その1

47. 何はさておき記述統計 その8

46. 何はさておき記述統計 その7

45. 何はさておき記述統計 その6

44. 何はさておき記述統計 その5

43. 何はさておき記述統計 その4

42. 何はさておき記述統計 その3

41. 何はさておき記述統計 その2

40. 何はさておき記述統計 その1

39. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップ‐E(要因)およびC(比較対照)設定の要点と実際 その2

38. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップ‐E(要因)およびC(比較対照)設定の要点と実際 その1

37. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップ‐O(アウトカム)設定の要点と実際 その2

36. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップ‐O(アウトカム)設定の要点と実際 その1

35. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップーP(対象)設定の要点と実際 その2

34. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップーP(対象)設定の要点と実際 その1

33. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その8

32. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その7

31. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その6

30. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その5

29. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その4

28. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その3

27. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その2

26. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その1

25. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その5

24. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その4

23. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その3

22. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その2

21. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その1

20. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 学術誌、論文、著者の影響力の指標 その3

19. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 学術誌、論文、著者の影響力の指標 その2

18. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 学術誌、論文、著者の影響力の指標 その1

17. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー CONNECTED PAPERSの活用 その3

16.リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー CONNECTED PAPERSの活用 その2

15. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー CONNECTED PAPERSの活用 その1

14. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー コクラン・ライブラリーの活用 その3

13. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー コクラン・ライブラリーの活用 その2

12. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー コクラン・ライブラリーの活用その1

11. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー UpToDateの活用その2

10. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー UpToDateの活用その1

9. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 文献管理その3

8. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 文献管理その2

7. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 文献管理その1

6. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 診療ガイドラインの活用その3

5. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 診療ガイドラインの活用その2

4. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 診療ガイドラインの活用その1

3. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビューその2

2. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー その1

1. 臨床上の疑問とリサーチ・クエスチョン

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乳がんの発症経過を解明、予防や治療への活用は【前編】

 7月、Nature誌に「Evolutionary histories of breast cancer and related clones」と題した日本発の論文が掲載され、乳がんの起源となる遺伝子変異が思春期前後に起こっていることが大きな話題となりました。同論文のラストオーサーである小川 誠司氏(京都大学大学院医学研究科)に、前編として今回の研究の背景や結果を解説いただくとともに、後編では中村 清吾氏(昭和大学医学部)との対談形式で、今後の乳がん予防戦略や治療への応用の可能性について議論いただきました。

 

 

[演者紹介]

小川 誠司 (おがわ せいし)

京都大学大学院医学研究科・腫瘍生物学講座 教授


中村 清吾(なかむら せいご)

昭和大学医学部乳腺外科
昭和大学病院ブレストセンター長

 


ESMO2023 レポート 乳がん

提供元:CareNet.com

レポーター: 下井 辰徳氏
(国立がん研究センター中央病院 腫瘍内科)

はじめに

 ESMO Congress2023が10月20日から24日の間、スペイン・マドリードで開催されました。155の国から3万3,000人以上の参加者があり、2,600演題を超える研究成果が発表されました。今年は、非常に重要なPhase3試験の結果が数多く報告され、今後の診療に影響を与える興味深い結果も多く報告されました。

 今回は乳がん領域で、非常に話題となったいくつかの演題をピックアップして今後の展望を考えてみたいと思います。

周術期乳がん演題

1)ホルモン受容体陽性(HR+)HER2陰性(HER2-)乳がん

 今年は、術前化学療法を行うようなHR+/HER2-乳がんに対して、周術期に免疫チェックポイント阻害薬を使用するランダム化比較第III相試験が2つ報告されました(CheckMate 7FL試験とKEYNOTE-756試験)。いずれも、主要評価項目である病理学的完全奏効割合(pCR[ypT0/is ypN0])については、免疫チェックポイント阻害薬併用によって向上することが示されました。

CheckMate 7FL試験(NCT04109066、LBA20)

 本試験では、新規発症のER陽性(ER+)/HER2-乳がん(病期T1c~2、N1~2個またはT3~4、N0~2個、Grade2[かつER 1~10%]またはGrade3[かつER≧1%])と診断された早期乳がん患者521例が組み入れられました。患者は抗PD-1抗体のニボルマブ群またはプラセボ群に無作為に割り付けられました。

 術前化学療法相では、患者はニボルマブまたはプラセボとパクリタキセルの併用投与を受け、次いでニボルマブまたはプラセボとAC療法の併用投与を受けました。ニボルマブ360mgを3週ごとに、または240mgを2週ごとに投与されました。手術後、両群の患者は、治験責任医師が選択した内分泌療法を受けました。ニボルマブ投与群では、術後治療としてニボルマブ480mgを4週ごとに7サイクル投与されています。全体として、ニボルマブ群では89%、プラセボ群では91%の患者が手術を受けました。

 結果として、pCR率はニボルマブ群で24.5%、プラセボ群で13.8%(オッズ比[OR]:2.05、95%信頼区間[CI]:1.29~3.27、p=0.0021)であり、統計学的に有意な改善を示しました。とくに、SP142のPD-L1陽性(IC≧1)患者のpCR率はニボルマブ群で44.3%、プラセボ群で20.2%(OR:3.11、95%CI:1.58~6.11)であり、24.1%の差を認めました。

KEYNOTE-756試験(NCT03725059、LBA21)

 本試験では、新規発症のER+/HER2-乳がん(病期T1c~2かつN1~2個、またはT3~4かつN0~2個、Grade3、中央判定)と診断された早期乳がん患者1,278例が組み入れられ、抗PD-1抗体のペムブロリズマブ群またはプラセボ群に無作為に割り付けられました。術前化学療法相では、患者はペムブロリズマブまたはプラセボとパクリタキセルの併用投与を受け、次いでペムブロリズマブまたはプラセボとAC療法またはEC療法の併用投与を受けました。手術後、患者はペムブロリズマブ200mgまたはプラセボを3週間ごとに6ヵ月間投与され、内分泌療法を最長10年間受け、適応があれば放射線療法を受けました。

 本試験の2つの主要評価項目は、ITT集団における最終手術時pCR(ypT0/TisおよびypN0)割合、およびITT集団における治験責任医師評価による無イベント生存期間(EFS)でした。

 主要評価項目のpCR割合は、ペムブロリズマブ群24.3%、プラセボ群15.6%であり、統計学的に有意な改善を示しました(推定差:8.5%[95%CI:4.2~12.8]、p=0.00005)。とくに、75%程度を占める22C3のPD-L1陽性(CPS≧1)患者において、pCR割合の差は9.8%(95%CI:4.4~15.2)であり、PD-L1陰性(CPS<1)患者のpCR割合の差4.5%(95%CI:-0.4~10.1)と比較すると高いように思われました。

 表1にこれらCheckMate 7FL試験とKEYNOTE-756試験の結果をまとめています。いずれも、抗PD-1抗体の併用により、24%程度pCR割合の向上は示されたのですが、これが本当にEFSやOS改善につながるかどうかがまだ未確定のため、長期のフォローが必要になります。

 とくに、HR+乳がんでは、分子生物学的分類であるLuminal A typeではpCRが予後良好因子になっておらず、Luminal B typeでは予後因子だったという、intrinsic subtypeによるpCRの予後における意義が異なる可能性が報告されています1)。このため、今回の両試験における免疫組織化学やGradeで抽出したLuminal B-likeをもとにして、今回の臨床試験の対象集団でpCRがそのまま予後良好因子になるのか、抗PD-1抗体の長期予後における意義がまだ未確定な点が問題です。

 トリプルネガティブ乳がんの周術期治療としてペムブロリズマブの上乗せを評価したKEYNOTE-522試験であっても、pCR向上だけではFDAはペムブロリズマブを承認せず、EFSの結果(今回のESMOでのupdate EFSは5年時点でペムブロリズマブ群で81.3%、プラセボ群72.3%、HR:0.63[95% CI:0.49~0.81])を待ってから承認されたことを踏まえても、ましてER+乳がんに対して、今回のCheckMate 7FL試験とKEYNOTE-756試験の結果だけで、承認まで至る可能性は低そうです。

 もう1つの懸念は、実際に使われるようになった場合の術後内分泌療法です。ハイリスク症例は、monarchE試験に基づいて術後に内分泌療法にアベマシクリブの併用がなされます。今回のESMOで報告された3回目のOS中間解析におけるIDFSは5年時点でアベマシクリブ群83.6%、プラセボ群76.0%、HR:0.680(95%CI:0.599~0.772)と、アベマシクリブの追加効果は長期フォローでも変わっていませんでした。しかし、転移再発乳がんでのニボルマブとアベマシクリブと内分泌療法の併用療法(WJOG11418B NEWFLAME試験2))や、ニボルマブとパルボシクリブとアナストロゾールの術前治療としての併用療法(CheckMate 7A8試験3))では、いずれもGrade3以上の肝機能障害が3割以上に認められ、治療中止に至っているといった結果を踏まえると、将来的には免疫チェックポイント阻害薬とCDK4/6阻害薬、内分泌療法の併用の安全性が懸念されると感じました。

2)トリプルネガティブ乳がん NeoTRIP試験(NCT002620280、LBA19)

 NeoTRIP試験は、TNBC患者を、nab-パクリタキセルとカルボプラチンを8サイクル投与する群(化学療法群)とnab-パクリタキセルとカルボプラチンにアテゾリズマブを追加投与する群(アテゾリズマブ群)に無作為に割り付けた試験です。

 主要評価項目はEFS、副次評価項目はpCR割合で、以前にpCR割合のみが報告されていました。ITT解析において、アテゾリズマブ投与後のpCR割合(48.6%)は、アテゾリズマブ非投与(44.4%;OR:1.18、95%CI:0.74~1.89、p=0.48)と比較して統計学的有意な改善を認めませんでした。多変量解析では、PD-L1発現の有無がpCR率に最も影響する因子でした(OR:2.08)4)

 今回発表のあった、追跡期間中央値54ヵ月後のEFS率は、アテゾリズマブ非投与の化学療法単独群74.9%に対してアテゾリズマブ+化学療法群70.6%でした(HR: 1.076、95%CI:0.670~1.731)。このため、主要評価項目のEFSも統計学的有意差を示せなかったという結果でした。

 アテゾリズマブを使用した術前抗がん剤として、IMpassion 031試験はpCRの改善は認めましたが、DFSやOSは検討できない症例数で、ESMO BC2023における報告では、明らかな有意差を示していませんでした。一方で、KEYNOTE-522の結果は、前述の通りペムブロリズマブ追加でpCRも改善して、EFSも改善していましたので、真逆の結果でした。NeoTRIP試験のKEYNOTE-522試験と異なる点は、術後療法では免疫チェックポイント阻害薬を使用しないこと、術前抗がん剤治療として免疫チェックポイント阻害薬の併用ではアントラサイクリン系薬剤は使用しないこと、異なる免疫チェックポイント阻害薬を使用していることがありましたが、どのくらいこういった要素が影響するかは定かではありません。

転移・再発乳がん演題

1)HR+/HER2-乳がん TROPION-Breast01試験(NCT05104866、LBA11)

 本試験では、手術不能または転移を有するHR+/HER2-(IHC 0、IHC 1+またはIHC 2+、ISH陰性)乳がん患者732例が組み入れられました。ECOG PS 0~1、内分泌療法で進行を認め内分泌療法が適さない患者であり、全身化学療法を1~2ライン受けた患者が対象となっています。患者は、datopotamab deruxtecan(Dato-DXd)(6mg/kgを1日目に投与、3週おき)を投与する群、または医師が選択した化学療法(エリブリン、ビノレルビン、カペシタビン、ゲムシタビン)を投与する群に1:1で無作為に割り付けられました。主要評価項目は、RECISTv1.1に基づく盲検下独立中央判定(BICR)による無増悪生存期間(PFS)と全生存期間(OS)でした。

 本試験の結果、BICRによるPFS中央値はDato-DXd群6.9ヵ月、医師選択化学療法群4.9ヵ月、HR0.63(95% CI:0.52~0.76、p<0.0001)と、有意にDato-DXd群のPFSが良好でした。奏効割合はDato-DXd群36.4%、医師選択化学療法群22.9%でした。OSについては、イベントが不十分な状況でしたが、Dato-DXd群で良好な傾向が認められ、HR0.84(95% CI:0.62~1.14)でした。

 治療関連有害事象(TRAE)はDato-DXd群で94%、医師選択化学療法群で86%に発生したのですが、Grade 3以上のTRAE割合は、Dato-DXd群で21%対医師選択化学療法群で45%と、Dato-DXd群で低い頻度でした。また、薬剤関連の間質性肺疾患はDato-DXd群で3%、ただしほとんどがGrade 1か2でした。

 これまでにHR+/HER2-(低発現)乳がんに対するランダム化比較第III相試験で、有効性を検証した抗体薬物複合体(ADC:antibody drug conjugate)は3つ目ということになります。HER2低発現に対するT-DXdはすでに保険適用となっていますが、Destiny Breast 04試験の結果、2次治療以降の症例でPFS、OSが医師選択化学療法よりも良好であることが示されています。ESMOではOSのupdate結果が報告され、HR陽性群のT-DXd群の成績は、OS中央値が23.9ヵ月で、HR0.69(95%CI:0.55~0.87)と、これまでの報告の有効性が維持されていました。

 また、TROP2に対するADCとして、sacituzumab govitecan(SG)があり、こちらもTROPiCS-02試験の結果、PFS、OSが医師選択化学療法よりも良好であることが示されています。SGは2023年10月時点で、まだ日本では承認されていませんが、将来的に承認されることが期待されている薬剤です。

 実臨床ではまだDato-DXdは使用できませんが、仮にこれら3剤が使用可能な場合のHR陽性HER2陰性乳がんのADCシークエンスはどうなるでしょうか。

 いずれにせよ、臨床試験で組み入れられた症例はTROPION-Breast01とDestiny Breast04試験は1~2ラインの抗がん剤治療歴がある患者、TROPiCS-02試験は全身化学療法を2~4ライン受けた患者が対象でした。このため、2次治療以降のADCシークエンスが検討されます。HER2低発現であればOS改善効果が証明されている現状では、T-DXdが2次治療では優先されると思います。さらに、3次治療となればSGのほうはOS改善効果が証明されているので、同じTROP2のADCではSGの方が優先されると思います。

 一方で、HER2 0の症例では、現時点ではT-DXdは使用されませんので、2次治療での有効性はDato-DXdが優先され、3次治療でSGが検討されるのかと考えます。今後、現在進行中のDESTINY-Breast06試験の結果により、1次治療や、HER2 0の症例でのT-DXdの有効性が報告されることが期待されます。さらに、ADCのシークエンスが本当に臨床試験通り有効か? という点は非常に議論されているところですので、今後のリアルワールドデータや、臨床研究の結果が待たれます。

2)トリプルネガティブ乳がん BEGONIA試験(NCT03742102、379MO)

 BEGONIA試験は、進行転移トリプルネガティブ乳がん患者として化学療法歴がない患者を対象とした、デュルバルマブとその他の薬剤との併用療法の有効性を複数のコホートで検討するPhaseIb/II試験です。いくつもの試験治療群がありますが、Dato-DXdと抗PD-L1療法であるデュルバルマブの併用療法を検討したアーム7の有効性と安全性については、昨年2022年のサンアントニオ乳がんシンポジウム(SABCS)において、7.2ヵ月のフォローアップ中央値の結果として報告されていました。PD-L1発現が低い症例が53例(86.9%) (Tumor Area Positivity<10%) ながら、奏効割合は73.6%(61例中39例)という結果でした。

 今回は、追跡期間中央値11.7ヵ月の時点でのフォローアップ結果として、奏効割合に加え、PFSや奏効期間(DoR)が報告されました。BEGONIA試験のアーム7(62例)では、奏効割合は79%(62例中49例)で、6例のCRと43例のPRを含んでいました。PFS中央値は13.8ヵ月(95%CI:11~計算不能[NC])、DoR中央値は15.5ヵ月(95%CI:9.9~NC)、Grade 3以上の治療緊急有害事象(TEAE)は患者の57%に発現していました。最も多くみられたGrade 3以上の有害事象は、アミラーゼ増加(18%)、口内炎(11%)、便秘(2%)、疲労(2%)、嘔吐(2%)、食欲減退(2%)でした。独立委員会によって薬剤関連と判定された間質性肺疾患(ILD)事象は、Grade 2が2件、Grade 1が1件の合計3件でした。結果として、既存のトリプルネガティブ乳がんに対する初回治療の免疫チェックポイント阻害薬の有効性を評価したIMpassion130試験やKEYNOTE-355試験と比較しても、高い奏効割合とPFS中央値でした。

 表3に示すように、ADCとICIの併用は非常に有望と考えられ、今後の開発が期待される結果でした。

終わりに

 今年のESMOは、乳がんに限らず、肺がん、消化器がん、婦人科がん、泌尿器がんと多岐にわたり、日常診療が大きく変わり得る重要な結果が発表されました。日々、SNSでもこの最新の知見をどのように日常診療に組み込んでいくのか、議論がされています。

 われわれも、知識をアップデートしながら、日本における最適治療方針を検討していきたいと考えています。

【 参考文献 】


レポーター紹介

下井 辰徳 ( しもい たつのり ) 氏
国立がん研究センター中央病院 腫瘍内科