ASCO2024 FLASH 乳がん

|企画・制作|ケアネット

2024年5月31日~6月4日(現地時間)に開催された世界最大のがん学会、米国臨床腫瘍学会(ASCO2024)。ここで発表された旬な乳がんのトピックを、がん研有明病院の尾崎 由記範氏がレビュー。


レポーター紹介

尾崎 由記範 ( おざき ゆきのり ) 氏
がん研究会有明病院 乳腺センター 乳腺内科/先端医療開発科


掲載内容はケアネットの見解を述べるものではございません。
(すべての写真・図表等の無断転載を禁じます。)

転移乳がんへのT-DXd、HER2-ultralowでもPFS延長(DESTINY-Breast06)/ASCO2024

提供元:CareNet.com

 従来のHR陽性(+)かつHER2陰性の転移を有する乳がんのうち、約60~65%がHER2-low(IHC 1+またはIHC 2+/ISH-)、約20~25%がHER2-ultralow(膜染色を認めるIHC 0[IHC >0<1+])とされているため、約85%がトラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)が有用である可能性がある。米国臨床腫瘍学会年次総会(2024 ASCO Annual Meeting)において、HR+かつHER2-lowおよびHER2-ultralowで化学療法未治療の転移・再発乳がん患者を対象とした第III相DESTINY-Breast06試験の結果、T-DXdは化学療法群と比較して、有意に無増悪生存期間(PFS)を延長したことを、イタリア・ミラノ大学のGiuseppe Curigliano氏が発表した。

・試験デザイン:国際共同第III相非盲検無作為化比較試験
・対象:転移に対する治療として1ライン以上の内分泌療法を受け、化学療法は未治療の、HR+かつHER2-low(HER2-ultralowも含む)の転移・再発乳がん患者866例
・試験群(T-DXd群):T-DXd(3週間間隔で5.4mg/kg)を投与 436例
・対照群(TPC群):治験医師選択の化学療法(カペシタビンまたはパクリタキセル、nab-パクリタキセル)を投与 430例
・評価項目:
[主要評価項目]盲検独立中央判定(BICR)によるHER2-low集団のPFS
[主要副次評価項目]BICRによるITT集団(HER2-lowおよびHER2-ultralow)のPFS、HER2-low集団およびITT集団の全生存期間(OS)
・層別化因子:CDK4/6阻害薬の使用有無、HER2発現状況、転移がないときのタキサン使用有無
・データカットオフ:2024年3月18日
※内分泌療法:(1)2ライン以上の内分泌療法±分子標的薬、(2)初回の内分泌療法+CDK4/6阻害薬で6ヵ月以内に病勢進行、(3)術後の内分泌療法開始から24ヵ月以内に再発 のいずれか。

 主な結果は以下のとおり。

・866例がT-DXd群とTPC群に1対1に無作為に割り付けられた。年齢中央値はそれぞれ58.0歳(範囲:28~87)/57.0歳(32~83)、IHC 1+が54.8%/54.4%、IHC 2+/ISH-が26.8%/27.4%、内分泌療法抵抗性が29.4%/32.6%、診断時のde novoが30.5%/30.7%、骨転移のみありが3.0%/3.0%、内臓転移ありが86.2%/84.7%、肝転移ありが67.9%/65.8%であった。
・TPC群では、カペシタビンが59.8%、nab-パクリタキセルが24.4%、パクリタキセルが15.8%に投与された。

ITT集団(HER2-lowおよびHER2-ultralow):866例
・ITT集団におけるPFS中央値は、T-DXd群13.2ヵ月、TPC群8.1ヵ月であり、T-DXd群で統計学的に有意かつ臨床的に意義のある改善を示した(ハザード比[HR]:0.63、95%信頼区間[CI]:0.53~0.75、p<0.0001)。
・12ヵ月OS率は、T-DXd群87.0%、TPC群81.1%であった。
・全奏効率(ORR)は、T-DXd群57.3%(CRが3.0%)、TPC群31.2%(0%)であった。臨床的有用率(CBR)はそれぞれ76.6%、51.9%であった。

HER2-low集団:713例
・主要評価項目であるHER2-low集団におけるPFS中央値は、T-DXd群13.2ヵ月、TPC群8.1ヵ月であり、T-DXd群で統計学的に有意かつ臨床的に意義のある改善を認めた(HR:0.62、95%CI:0.51~0.74、p<0.0001)。
・12ヵ月OS率は、T-DXd群87.6%、TPC群81.7%であった。
・ORRは、T-DXd群56.5%(CRが2.5%)、TPC群32.2%(0%)であった。CBRはそれぞれ76.6%、53.7%であった。
・HER2-low集団のすべてのサブグループ解析においてT-DXd群が良好な結果であった。

HER2-ultralow集団:152例
・HER2-ultralow集団におけるPFS中央値は、T-DXd群13.2ヵ月、TPC群8.3ヵ月であった(HR:0.78、95%CI:0.50~1.21)。
・12ヵ月OS率は、T-DXd群84.0%、TPC群78.7%であった。
・ORRは、T-DXd群61.8%(CRが5.3%)、TPC群26.3%(0%)であった。CBRはそれぞれ76.3%、43.4%であった。

安全性
・新たな安全性シグナルは確認されなかった。
・Grade3以上の試験治療下における有害事象(TEAE)は、T-DXd群40.6%、TPC群31.4%に発現した。T-DXd群で多かったGrade3以上のTEAEは、好中球減少症(20.7%)、白血球減少症(6.9%)、貧血(5.8%)などであった。
・T-DXd群における薬剤関連間質性肺疾患の発現は11.3%で、Grade1が1.6%、Grade2が8.3%、Grade3が0.7%、Grade4が0%、Grade5(死亡)が0.7%であった。

 これらの結果より、Curigliano氏は「本試験によって、T-DXdは、1種類以上の内分泌療法を受けたHR+かつHER2-lowおよびHER2-ultralowの転移・再発乳がん患者の新たな治療選択肢となった」とまとめた。

(ケアネット 森 幸子)


掲載内容はケアネットの見解を述べるものではございません。
(すべての写真・図表等の無断転載を禁じます。)

なぜハワイにNCI指定がんセンターがあるのか?【後編】(上野 直人氏 / 中村 清吾氏)

 2022年12月に、テキサス大学MDアンダーソンがんセンターからハワイ大学に移り、ディレクターとしてトランスレーショナルリサーチの拠点づくりに取り組む上野 直人氏に、ハワイのがん診療・研究の現状や米国における位置づけ、今後のがんセンターの展望をお聞きするとともに(前編)、中村 清吾氏(昭和大学医学部)との対談でハワイでの医療者のリクルートや日本人医療者の研修先としてのハワイについてお話いただきました(後編)。

[演者紹介]

上野 直人 (うえの なおと)

ハワイ大学がんセンター ディレクター


中村 清吾(なかむら せいご)

昭和大学医学部乳腺外科
昭和大学病院ブレストセンター長

 


バックナンバー

前編:なぜハワイにNCI指定がんセンターがあるのか?

後編:なぜハワイにNCI指定がんセンターがあるのか?

海外研修留学便り【米国留学記(寺田 満雄氏)】第2回

[レポーター紹介 ]
寺田 満雄(てらだ みつお)

2013年  3月 名古屋市立大学医学部医学科 卒業
2013年  4月    蒲郡市民病院(臨床研修医)
2015年  4月    名古屋市立西部医療センター 外科(外科レジデント)
2017年  4月    愛知県がんセンター 乳腺科(レジデント)
2019年  4月    名古屋市立大学大学院 医学研究科 乳腺外科学分野(臨床研究医)
                       名古屋市立大学大学院 医学研究科 博士課程
2019年  6月    名古屋大学 分子細胞免疫学 (特別研究員)(上記と兼務)
2022年10月  名古屋市立大学大学院 医学研究科 乳腺外科学分野(病院助教)
2023年  8月    Department of Medicine and UPMC Hillman Cancer Center
                       (Post-doctoral associate)
2023年  9月    名古屋市立大学大学院 医学研究科 乳腺外科学分野(研究員)(上記と兼務)

ほぼ全例で網羅的解析を実施、日本との違いを感じる研究環境

 私の所属している研究室は、臨床試験のTranslational research(TR)を得意としています。PIのHassane先生は皮膚科の臨床医でもあり、自施設を中心に行っている医師主導治験の検体をそのまま自分のラボで処理・解析するスタイルが確立されています。毎日のように臨床試験に参加している患者さんからの検体がラボに届きます。検体は血液サンプル、生検や手術の腫瘍検体、便検体が主です。とくに腫瘍検体に関しては、ほぼ全例をシングルセルRNAシークエンス(scRNA-seqもしくはCITE-seq)の解析に回し、網羅的な解析を行っています。また、同時に腫瘍のFFPEサンプルも保存し、多重免疫染色やVISIUM(空間的遺伝子発現解析)も行うことで、空間的な腫瘍環境の解析を網羅的に行っています。

 これらの網羅的解析は、もちろんかなり高額ではありますが、非常に多くの情報量を研究者に与えてくれます。日本では慎重に適応を検討していた高額な解析を、息をするように行う日々に感覚が麻痺しそうです。もちろんTR含め、研究では仮説をもとに計画を立てることが大切であることは言うまでもないことですが、極端な話、今の世界のレベルでは、網羅的な解析を行えば解決してしまうような仮説は「仮説を立てる」の内に入らないのかもしれないな…と感じています。アイデア勝負でこれに太刀打ちし続けることは容易ではありませんので、今は良い経験をさせてもらっていると感じると同時に、危機感を覚えているのも正直な気持ちです。

現在取り組んでいるプロジェクトは

 私自身が担当しているプロジェクトは現在2つです。それぞれ具体的な内容に言及することはできませんが、1つは当研究室でPublishした研究を深掘りするマウス実験が中心のプロジェクト、もう1つは、メラノーマに対して行われた術前化学療法CMP-001(TLR9アゴニスト)+抗PD-1抗体併用療法の作用メカニズムを解明するプロジェクトです。

 前者は、ターゲットとしている遺伝子が明確にあり、その遺伝子のノックアウトマウスおよびコンディショナルノックアウトマウスモデルを用いて研究を行っています。後者は、前述した網羅的な解析からでてきた仮説を検証するプロジェクトです。よく考えれば当たり前のことではありますが、論文が世に出るタイミングでは、それをもとにした「次の研究」はすでに始まっています。もちろんこれらを形にすることは容易ではなく、タフな仕事ではあるのですが、いかに自分たちだけが抱えているオリジナリティのある研究テーマを先行して進めていくかが大切であることを実感します。

  


バックナンバー

第1回: 乳腺外科医の自分がメラノーマのTRに強い研究室へ留学を決めた理由
第2回:ほぼ全例で網羅的解析を実施、日本との違いを感じる研究環境
第3回:ラボでの分業、実際どうやっている?
第4回:夏休みは1ヵ月取得。でも結果を出している人はハードワーク

なぜハワイにNCI指定がんセンターがあるのか?【前編】(上野 直人氏 / 中村 清吾氏)

 2022年12月に、テキサス大学MDアンダーソンがんセンターからハワイ大学に移り、ディレクターとしてトランスレーショナルリサーチの拠点づくりに取り組む上野 直人氏に、ハワイのがん診療・研究の現状や米国における位置づけ、今後のがんセンターの展望をお聞きするとともに(前編)、中村 清吾氏(昭和大学医学部)との対談でハワイでの医療者のリクルートや日本人医療者の研修先としてのハワイについてお話いただきました(後編)。

[演者紹介]

上野 直人 (うえの なおと)

ハワイ大学がんセンター ディレクター


中村 清吾(なかむら せいご)

昭和大学医学部乳腺外科
昭和大学病院ブレストセンター長

 


バックナンバー

前編:なぜハワイにNCI指定がんセンターがあるのか?

後編:なぜハワイにNCI指定がんセンターがあるのか?

海外研修留学便り【米国留学記(寺田 満雄氏)】第1回

[レポーター紹介 ]
寺田 満雄(てらだ みつお)

2013年  3月 名古屋市立大学医学部医学科 卒業
2013年  4月    蒲郡市民病院(臨床研修医)
2015年  4月    名古屋市立西部医療センター 外科(外科レジデント)
2017年  4月    愛知県がんセンター 乳腺科(レジデント)
2019年  4月    名古屋市立大学大学院 医学研究科 乳腺外科学分野(臨床研究医)
                       名古屋市立大学大学院 医学研究科 博士課程
2019年  6月    名古屋大学 分子細胞免疫学 (特別研究員)(上記と兼務)
2022年10月  名古屋市立大学大学院 医学研究科 乳腺外科学分野(病院助教)
2023年  8月    Department of Medicine and UPMC Hillman Cancer Center
                       (Post-doctoral associate)
2023年  9月    名古屋市立大学大学院 医学研究科 乳腺外科学分野(研究員)(上記と兼務)

乳腺外科医の自分がメラノーマのTRに強い研究室へ留学を決めた理由

 私は現在、2023年よりUPMC (University of Pittsburgh Medical Center)Hillman Cancer CenterのHassane M. Zarour 教授の研究室でポスドク生活を送っています。少しでもお役に立てるよう、できるだけ赤裸々に綴りたいと思います。

 留学前、大学院への進学と同時に名古屋大学の西川研に在籍して腫瘍免疫の研究をしていました。元々は臨床研究がやりたかったため、大学院で基礎研究をやることになった時は、正直、複雑な気持ちもありました。しかし、そこでは免疫学の基本から、臨床検体を用いたTranslational Research (TR)まで多くを学ぶ機会があり、TRに興味を持つことになった大きなきっかけでした。

 

 いつか留学してみたい、とは考えていて(動機に中身がなくてお恥ずかしいですが)、博士課程が終わり、このタイミングを逃したら難しいかな…と少し諦めていた時、西川教授から今の留学先への打診をいただきました。メラノーマのTRに力をいれている研究室です。ポスドクの引き継ぎを探しているとのことで、非常に魅力的なお誘いでした。乳腺外科医である私としては、乳がんの研究をしたいという気持ちがなかったと言えば嘘になりますが、またとないチャンスに、迷いなくお願いしました。これが2023年3月上旬の出来事で、その時「ボスが来週のJSMOで来日するから、会ってみる?」とお誘いをいただきましたが、当直業務のため断念。その後、3月下旬に留学先のボスとの初Webミーティングを経て正式に決まりました。「Yoshi(西川教授)のラボならWelcome」という感じで、少し話をして受け入れの許可をいただき、一瞬で自分の人生が大きく動いた感覚がしました。”上”は”上”で繋がっている…ということを改めて感じた瞬間でもあります。

 実は、それまでもいくつか留学先の打診をいただいたりしていたのですが、種々の理由でご縁がありませんでした。時に、自分で直接ラボにCVを送って連絡をしてみたこともありました。返事があることもあれば、たいてい返事はありません。有名なラボには、頻繁にそのようなメールが来るようです。身も蓋もない話ですが、ちゃんとしたポストで留学するために大事なのは、タイミングとコネだと思います。ポストや予算的にも先方にとって都合がいいタイミングはそう多くはないのだろうと思います。

留学準備の“ライフハック”

 前任者が8月末で退職予定だったため、研究の引き継ぎ期間も含めて約4ヵ月で渡米の準備をする必要があり、本当に大変でした。留学準備ライフハックについては、書き出せばいくらでも記事は書くことができそうですが、ここではかいつまんで紹介します。

J-1 VISA:DS-2019という受け入れ施設から発行される書類がボトルネックになります。これがないとVISAの申請はできません。催促メール – 相手の言い訳メール – ボスをCCに含めて催促メールを繰り返し、最終的にギリギリでボスが事務に怒って、その後一瞬で発行されました。ボスをCCに入れる、がライフハック。最終的にVISAは、渡米の2週間前に揃いました。

アメリカでの住居と車:ピッツバーグに日本人が多く住むアパートがあり、そこの方に紹介いただき日本にいる間に住居と車は契約して渡米しました。電気の契約では、アメリカ名物たらい回し無限ループにハマり、キレそうになったこともありましたが、なんとか契約。

日本の住居:持ち家だったため、留学中にローンも払う財政的余裕はなく、定期借家で貸し出すことに(定期借家は相場よりも安く貸さなくてはならないのですが、背に腹はかえられぬということで…)。

 そのほか、業務引き継ぎ、大学指定の英語資格試験、家財道具処分・実家への輸送、アメリカでの送金方法、保険、携帯電話、インターネット、予防接種、転出届、郵便転送届、各種連絡先変更…etc. あっという間に準備期間の4ヵ月は過ぎ、家族5人(妻、7歳、5歳、2歳)でスーツケース+プラスチックコンテナ 計6個とともにピッツバーグへ向かいました。

  


バックナンバー

第1回: 乳腺外科医の自分がメラノーマのTRに強い研究室へ留学を決めた理由
第2回:ほぼ全例で網羅的解析を実施、日本との違いを感じる研究環境
第3回:ラボでの分業、実際どうやっている?
第4回:夏休みは1ヵ月取得。でも結果を出している人はハードワーク

海外研修留学便り【番外編(山内 英子氏)】後編

[ レポーター紹介 ]
山内 英子やまうち ひでこ

1987年 順天堂大学医学部卒業
1987年 聖路加国際病院外科レジデント
1993年 聖路加国際病院外科医員
1994年 Dana-Farberがん研究所研究助手
1996年 Georgetwon大学Lombardiがんセンター研究フェロー/助手
2001年 Hawaii大学外科レジデント
2004年 Hawaii大学外科チーフレジデント
2005年 Hawaii大学外科集中治療学臨床フェロー
2007年 Moffittがんセンター/South Florida大学臨床フェロー
2009年 聖路加国際病院乳腺外科医長
2010年 聖路加国際病院乳腺外科部長、ブレストセンター長
2017年 聖路加国際病院副院長
2021年 聖路加国際病院理事
2023年 国立がん研究センター理事
     Hawaii大学がんセンター教授/Hawaiiクイーンズメディカルセンター乳腺外科医

聖路加国際病院などでのキャリアを経て、2023年より以前留学していたハワイ大学に再び拠点を移した山内 英子先生に、これまでのご自身の経歴や現在携わっている研究・現地での診療について前後編でレポートいただきます。後編ではハワイでの外科手術の状況や医師の働き方について伺いました。

 

後編:ハワイでの乳がん手術の状況・医師の働き方

 

 前編はこちら


海外研修留学便り【番外編(山内 英子氏)】前編

[ レポーター紹介 ]
山内 英子やまうち ひでこ

1987年 順天堂大学医学部卒業
1987年 聖路加国際病院外科レジデント
1993年 聖路加国際病院外科医員
1994年 Dana-Farberがん研究所研究助手
1996年 Georgetwon大学Lombardiがんセンター研究フェロー/助手
2001年 Hawaii大学外科レジデント
2004年 Hawaii大学外科チーフレジデント
2005年 Hawaii大学外科集中治療学臨床フェロー
2007年 Moffittがんセンター/South Florida大学臨床フェロー
2009年 聖路加国際病院乳腺外科医長
2010年 聖路加国際病院乳腺外科部長、ブレストセンター長
2017年 聖路加国際病院副院長
2021年 聖路加国際病院理事
2023年 国立がん研究センター理事
     Hawaii大学がんセンター教授/Hawaiiクイーンズメディカルセンター乳腺外科医

聖路加国際病院などでのキャリアを経て、2023年より以前留学していたハワイ大学に再び拠点を移した山内 英子先生に、これまでのご自身の経歴や現在携わっている研究・現地での診療について前後編でレポートいただきます。前編では今回ハワイ大学に移られた経緯や、現地での乳がん診療の状況について伺いました。

 

前編:なぜハワイ大学に? ハワイでの乳がん診療のいま

 

後編はこちら


サンアントニオ乳がんシンポジウム(SABCS2023)レポート

[ レポーター紹介 ]
akihiko_shimomura
下村  昭彦 ( しもむら あきひこ ) 氏
国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院 乳腺・腫瘍内科/がん総合内科  


 

 新年早々暗いニュースが続いた2024年であるが、毎年恒例のSan Antonio Breast Cancer Symposiumレポートをお送りする。2023年12月5日から12月9日まで5日間にわたり、SABCS2023がハイブリッド形式で実施された。COVID – 19が5類となりさまざまな制約がなくなったこともあってか、日本からも多くの乳がん専門医が参加していた。私も現地で参加、発表させていただいた。学会外での会議や勉強会なども以前と同様実施されていた。以前との違いは、会議なども基本はハイブリッドで行われるようになったことであろうか。集合形式は活発なディスカッションができるものの、どうしても都合がつかない場合もある。ハイブリッド形式が会議を最大限に充実させる形式なのかもしれない。

 SABCS2023では日常臨床にインパクトを与える、あるいは今後の治療開発において重要な試験がいくつも発表された。多くの演題の中から、転移乳がんに対する演題を4つ紹介する。

MONARCH3試験

 MONARCH3試験は、閉経後ホルモン受容体陽性(HR+)HER2陰性(HER2-)転移乳がんの1次治療におけるアロマターゼ阻害薬へのアベマシクリブの有効性を評価した試験である。アベマシクリブの上乗せは無増悪生存期間(PFS)を統計学的有意に延長し、すでに実臨床では1次治療でも積極的に使用されている。今回は待望の全生存期間(OS)の結果が公表された。

 ITT集団におけるOS中央値は、アベマシクリブ群で66.8ヵ月、プラセボ群で53.7ヵ月(ハザード比[HR]:0.804、95%信頼区間[CI]:0.637~1.015、p=0.0664)であり、p値は有意水準である0.034を上回り統計学的有意差は証明されなかった。内臓転移を有するサブグループにおけるOS中央値は、アベマシクリブ群で63.7ヵ月、プラセボ群で48.8ヵ月(HR:0.758、95%CI:0.558~1.030、p=0.0757)であり、こちらも統計学的有意差は示されなかった。

 数値としてアベマシクリブ群でOSが有効である期待は残されるものの、有意差がつかなかったということはかなり大きな衝撃であった。なお、後治療としてパルボシクリブを実施した患者はアベマシクリブ群で8%、プラセボ群で25%であり、この差がOSにどの程度インパクトを与えたかは今後の詳細な解析に期待したい。この結果により、世界的に広く用いられているパルボシクリブ、アベマシクリブ、ribociclibのうち、1次治療におけるOSがポジティブなのはribociclibだけとなった。すなわち、日本で処方可能なパルボシクリブ、アベマシクリブはいずれもOSにおけるベネフィットを示せなかったことになる。ただ、だからといってCDK4/6阻害薬をより後ろの治療で用いるべきものになるかというと、そうではない。alpelisib、capivasertibなどSERDとの併用で用いられる別の機序の分子標的薬、あるいはPADA-1試験のような、1次治療、2次治療でCDK4/6阻害薬をbeyondで用いる戦略など、2次治療にCDK4/6阻害薬を“とっておく”と実施できなくなる治療/治療戦略が多数開発されている。現在行われている試験の多くもCDK4/6阻害薬を原則として1次治療で用いることが前提となっており、HR+HER2-転移乳がんの治療シークエンスを考えるうえで、1次治療におけるCDK4/6阻害薬の併用は変わらずスタンダードであると言えよう。

INAVO120試験

 INAVO120試験はPIK3CA変異のあるHR+HER2-転移乳がんの2次治療において、フルベストラント+パルボシクリブによる治療にPI3K阻害薬であるinavolisibを併用することの有効性を評価した第III相試験である。本試験でPIK3CA変異はctDNAの中央判定もしくは各施設における組織/ctDNAの評価によって定義されていた。主要評価項目はPFSが設定された。325例がinavolisib群とプラセボ群に1:1に割り付けられた。両群間のバランスはよく、95%以上の症例で内臓転移を有した。

 主要評価項目のPFSはinavolisib群15.0ヵ月、プラセボ群7.3ヵ月(HR:0.43、95%CI:0.32~0.59、p<0.0001)とinavolisib群で有意に長かった。OSはHR:0.64、95%CI:0.43~0.97、p=0.0338とinavolisib群で良好な傾向を認めたが、中間解析に割り当てられた有意水準は超えなかった。G3以上の有害事象としては血小板減少(14.3% vs.4.3%)、口内炎(5.6% vs.0%)、貧血(6.2% vs.1.9%)、高血糖(5.6% vs.0%)、下痢(3.6% vs.16.0%)とinavolisib群で血液毒性、非血液毒性のいずれも増加した。 

 HR+HER2-乳がんの治療を考えるうえで、3剤併用療法が良いのか、2剤までの併用をシークエンスで使用していくのか、なかなか悩ましいところであるが、OSを延長する可能性が示されたことは大きなインパクトであった。これまでに実施された、あるいは現在進行中の2次治療以降の併用試験などの結果も踏まえた治療シークエンスの議論が必要であろう。また、残念ながら本剤は現在のところ国内では開発されていない。 

HER2CLIMB-02試験

 HER2CLIMB-02試験は、すでにHER2陽性(HER2+)転移乳がんの3次治療においてトラスツズマブ+カペシタビンとの併用の有効性が示されているtucatinibの、T-DM1との併用の有効性を検証した第III相試験である。トラスツズマブならびにタキサンによる治療歴のあるHER2+転移乳がん460例が、tucatinib群とプラセボ群に1:1に割り付けられた。主要評価項目はPFSであった。転移乳がんに対する前治療歴が1ラインの症例が64%、ペルツズマブの投与歴のある症例が約90%であった。

 主要評価項目のPFSはtucatinib群で9.5ヵ月、プラセボ群では7.4ヵ月(HR:0.76、95%CI:0.61~0.95、p=0.0163)とtucatinib群で有意に長かった。奏効割合は42.0% vs.36.1%とtucatinib群で良い傾向を認めた。tucatinibは脳転移に対する有効性が示されているが(HER2CLIMB試験)、本試験の脳転移を有する症例に対するPFSは7.8ヵ月vs.5.7ヵ月(HR:0.64、95%CI:0.46~0.89)とtucatinib群で良好な可能性が示された。OSはHR:1.23とtucatinib群で良い可能性は示されなかった。G3以上の有害事象の中で重要なものはAST増加(16.5% vs. 2.6%)、ALT増加(16.5% vs.2.6%)、倦怠感(6.1% vs.3.0%)、下痢(4.8% vs.0.9%)、悪心(3.5% vs.2.1%)などであった。

 tucatinibはT-DM1との併用における有効性を示したわけであるが、今後この試験結果を基にT-DM1+tucatinibがよりアップフロントに用いられるかというと疑問が残る。T-DXdの2次治療における有効性を証明したDESTINY Breast-03試験では、T-DXdのPFS中央値は28.8ヵ月である。試験間の比較で治療の優劣は付けられないが、かといってT-DXdよりもT-DM1+tucatinibを優先するのは難しい。今後はT-DXdによる治療歴のある患者に対するT-DM1+tucatinibのデータを創出することが必要であろう。

JCOG1607試験

 JCOG1607 HERB TEA試験は、JCOGで行われた高齢者HER2+転移乳がん1次治療における、T-DM1のペルツズマブ+トラスツズマブ+ドセタキセル(HPD)療法への非劣性を検証した第III相試験である。不肖下村が、今回から新設されたRapid Fire Mini Oral Sessionで(なんとメイン会場で)発表させていただいた。本試験は、65歳以上の高齢者HER2+転移乳がんを対象に、OSを主要評価項目として実施された。250例の予定登録数で行われたが、148例が登録された時点で実施された1回目の中間解析で、OSハザード比の点推定値が非劣性マージンの1.35を超えたため無効中止となった。患者背景は両群間でバランスが取れており、年齢の中央値は71歳ならびに72歳、75歳以上が約35%を占めた。PS 0が75%、HR+が約半数、初発StageIVが65%、脳転移を有する症例はまれであり、内臓転移は65%に認められた。

 主要評価項目のOSは両群ともに中央値に到達しなかったが、HR:1.263、95%CI:0.677~2.357、p=0.95322とT-DM1のHPD療法に対する非劣性は示されなかった。PFSはHPD療法で15.6ヵ月、T-DM1で11.3ヵ月(HR:0.358、 95%CI:0.907~2.033、p=0.1236)とHPDで良い傾向を認めた。有害事象はG3以上がHPD療法で多く(56.8% vs.34.7%)、HPD療法では白血球減少(26.0% vs.0%)、好中球減少(30.1% vs. 0%)、倦怠感(21.6% vs.5.6%)、下痢(12.2% vs.0%)、食欲低下(10.8% vs.8.3%)が多く、T-DM1療法では血小板減少(0% vs.16.7%)、AST増加(0% vs.15.3%)、ALT増加(2.7% vs.16.7%)が多かった。

 本試験は高齢者に対するless toxicな治療の開発を期待して開始したが、高齢者においてもpivotal studyで示された標準治療を実施すべきという結論となった。一方、高齢者は年齢のみで定義される均一な集団ではなく、ASCOガイドラインなどで示されているように、高齢者機能評価などを適切に実施したうえで治療方針を決めていくことが重要である。今後より詳細な結果を発表していきたい。


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乳がんの発症経過を解明、予防や治療への活用は【後編】

 7月、Nature誌に「Evolutionary histories of breast cancer and related clones」と題した日本発の論文が掲載され、乳がんの起源となる遺伝子変異が思春期前後に起こっていることが大きな話題となりました。同論文のラストオーサーである小川 誠司氏(京都大学大学院医学研究科)に、前編として今回の研究の背景や結果を解説いただくとともに、後編では中村 清吾氏(昭和大学医学部)との対談形式で、今後の乳がん予防戦略や治療への応用の可能性について議論いただきました。

 

 

[演者紹介]

小川 誠司 (おがわ せいし)

京都大学大学院医学研究科・腫瘍生物学講座 教授


中村 清吾(なかむら せいご)

昭和大学医学部乳腺外科
昭和大学病院ブレストセンター長

 


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