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2026年、ケアネットは創立30周年を迎えました。30年で医療はどう変わったのか。第一人者が振り返る各疾患領域の進歩と、今後への示唆。
講師紹介

岩田 広治 ( いわた ひろじ ) 氏
名古屋市立大学大学院医学研究科 臨床研究戦略部 特任教授
30年間における乳がん患者数の急増と社会現象
30年前(1996年)、私は名古屋市立大学外科医局で乳腺内分泌外科の助手をしていた。その当時、大学の乳がん症例は年間30例ほどであり、着任したばかりの胸部外科の教授との面談で、「将来は乳腺診療一本でやっていきたい」と話をしたら、「乳腺を専門にするだけではやっていけないよ」と諭された。その後、乳がん患者数の急増により、生涯で女性の8人に1人が乳がんになり、年間の新規乳がん患者数は10万人を超える時代になった。
乳がんに対する学会活動も、30年前は日本乳癌学会の黎明期であり(1993年が第1回学術総会)、日本臨床腫瘍学会はまだ産声を上げていなかった。対策型乳がん検診にマンモグラフィ(MMG)が導入されたのは2000年であり、30年前は視触診のみ行われていた。しかし、患者数の増加とともにさまざまな市民活動が始まった。MMG検診普及事業と連携して海外で行われていたピンクリボン運動が2002年に朝日新聞主催で開始された。
MD Andersonなど米国のCancer Centerから導入されたチーム医療の考え方は瞬く間に日本中に広がり、今では常識的な体制になっている。2013年に女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)でリスク低減乳房切除(RRM)を受けたことをきっかけに、HBOCの認知度が高まり、それとともに学会活動(2016年 日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構[JOHBOC]設立)も始まった。HBOC診断のためのBRCA遺伝学的検査、RRM、リスク低減卵巣卵管切除(RRSO)の保険適用などは日本独自の画期的な取り組みである。がん医療の進歩は治療だけでなく、取り巻く社会環境、医療環境も大きく変化したと感じる。
30年前の標準治療(架空症例)
【症例】
60歳女性、しこりを自覚して外科を受診
【診断】
視触診、MMG、超音波検査でしこりを認識し、摘出生検で乳がんと診断
【治療(手術)】
腋窩リンパ節腫大はないが、乳房全摘術+腋窩郭清術を施行
【病理結果】
浸潤径:2cm、腋窩リンパ節転移:1/25、ER陽性・PgR陽性(HER2測定は標準的に行われていなかった)
【治療(薬物療法)】
術後は再発予防のために、AC療法(アドリアマイシン+エンドキサン)4回点滴投与し、その後TAMを2年間内服。術後は1年ごとにCT、骨シンチなどで再発チェックを行う
30年間の局所治療の進歩
1)手術療法の進歩
30年前は、乳がんであれば全例腋窩郭清術が行われ、多くの患者さんが術後上腕浮腫の合併によりQOLが低下した。革新的な進歩はセンチネルリンパ節生検(SLNB)の導入である。米国で開始されたSLNBの概念は1998年に日本へ紹介され、2003年に先進医療として開始、2010年に保険承認された。その後SLNBの適応が少しずつ広がり、一部の症例ではSLNB陽性でも郭清しないことが標準治療となっている。
乳房に対する手術療法の変化は、1990年代後半から2000年代前半にかけて乳房温存療法が急速に広がったことだ。背景には乳房部分切除+放射線治療の有効性が国際的に確立したこと、ガイドラインの普及、検診MMGの導入で小さながんが発見されるようになったことが挙げられる。同時に、マスコミは温存率の高い病院を『いい病院』とするようなキャンペーンを打ち上げた。これにより各病院は温存率を上げるために、無理をして乳房を残し(温存率90%の病院もあった)、結果として断端陽性症例が増加し、乳房内再発例が増えたことは負の歴史である。その後は全摘+再建術の普及により、乳房温存率は適切な数字に落ち着いている。
再建手術の普及により、治す時代から整容性も追求する時代になった。2013年に日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会(JOPBS)が設立され、同年乳房再建用シリコンインプラントが保険適用となった。2006年に保険適用になった自家組織(腹直筋皮弁、広背筋皮弁など)による乳房再建とともに、乳房再建術が標準治療として認知される時代である。
2)放射線治療の進歩
乳がん患者への放射線治療は、温存術が広まると同時に全国に普及した。乳房を残す手術をした場合には、残存乳房に放射線照射をすることが標準治療である。またリンパ節転移が4個以上の再発ハイリスク患者では、胸壁+鎖骨上照射(PMRT)で生存率の改善が認められ、放射線照射を受ける患者数は増加した。30年間、放射線治療方法自体に大きなパラダイムチェンジはないが、術後照射回数が25回から16回への過分割照射のエビデンスが出て、回数を減らす方向に向かっている。転移・再発治療における放射線治療については、脳転移に対する体幹部定位放射線治療(SBRT)や、重要臓器を避けて照射する強度変調放射線治療(IMRT)など技術の進歩によって、痛みの緩和をベースにさまざまな場面で放射線治療が導入されることが多い。
3)全身薬物療法の進歩
この30年で薬物療法の革新的な進歩には目を見張るものがある。30年前に使えた薬は抗がん剤が数種類、ホルモン剤はタモキシフェン、分子標的薬という概念はなく、乳がんをサブタイプで考えることもなかった。この30年で使用可能になった薬剤を示す

周術期に全身薬物療法を行うタイミングも、2000年代前半から術前化学療法の臨床試験が国内外で活発に行われた。得られた多くの知見によって、より個別化した適応が現在の標準治療と位置付けられる。サブタイプに分けて考え、ER陽性HER2陰性のLuminal typeは原則手術先行であり、手術の結果で得られた臨床病理学的所見とともに、多遺伝子アッセイ(Oncotype DX)によって化学療法の必要性を判断する時代である。ER陰性HER2陽性のHER2 typeやtriple negative(TN)typeでは、術前化学療法が積極的に行われる。術前化学療法後の病理診断でpCRであった症例の予後はきわめて良好であり、non-pCR症例では予後の改善を目的に、術後追加治療(HER2 typeではT-DM1、TN typeではカペシタビン)を加えるのが標準治療である。
転移再発乳がん治療では、新規薬剤開発と並行して生存期間の延長が顕著である。30年前、HER2 typeの再発後生存期間は2年に満たなかったのが、多くの抗HER2薬の導入により今では6年を超える生命予後が期待できる。なかには完治したのではないかと思われるケースも存在する。Luminal typeは長くホルモン治療単独の時代が続いたが、CDK4/6阻害薬が承認され、バイオマーカーによる薬剤選択が標準化したことで今後の生存期間延長が期待できる。TN typeでは免疫チェックポイント阻害薬、ADC(抗TROP-2 ADC、T-DXd)の開発で抗がん剤しか手段がない状態が改善した。
私にとってのパラダイムシフト・イノベーション
2002年に始まったHERA study(術後トラスツズマブの有効性を評価する国際共同治験)へ参加したこと、患者登録とASCOでの発表(2005年)でスタンディングオベーションを現場で体験したこと、そしてNEJM誌への共著者として掲載されたことで人生が変わった。臨床研究(試験)による標準治療構築、新薬開発の道は今も続き、JCOG乳がんグループ代表を2010年から14年間務めた。その間、並行して多くの企業とともに日本に導入された数々の新薬開発にも携わり、たくさんの仲間とともに標準治療を変える臨床試験を立案、実行してきたことはかけがえのない財産である。
次の5年で乳がん診療はどう変わっていくか
最も注目しているのはMRD(minimal residual disease)研究である。周術期薬物療法は、臨床病理学的因子やOncotype DXに基づき、再発リスクを鑑みて薬剤選択をしてきた。しかし、無治療でも再発しない方が多数存在することも事実である。残念ながら今まではそれを予測できないために、多くの患者さんに治療が行われてきた。今、高感度MRD assayにより、術後MRD陰性の方の予後はきわめて良好なことが判明しつつある。術前治療の効果判定、術後の予後予測、再発予防治療の選択などにMRD assayが導入される時代が、すぐそこまで来ている。
もう一つの注目は人工知能(AI)の導入である。画像診断、病理診断ではAI導入による臨床試験の結果(positive)も報告され、一般診療に導入される夜明け前の状態だ。さまざまな場面での薬剤選択も、gene signatureで予測していた時代から、膨大な遺伝子情報から導き出されたアルゴリズムによるAI pathologyで、薬剤の必要性を判断する時代が来ると予想する。安価で簡便な方法であり、技術進歩による歩みは止まらないだろう。
最後に、世界の中での日本を俯瞰した時、東アジア各国の台頭により日本のプレゼンスが弱くなっている。新薬開発分野、標準治療構築のための国際協働の枠組みに日本がはじかれることのないように、医療体制・医学教育全体の見直しが急務だと考えている。








