リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップ‐O(アウトカム)設定の要点と実際【「実践的」臨床研究入門】第36回

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本連載は、臨床研究のノウハウを身につけたいけれど、メンター不在の臨床現場で悩める医療者のための、「実践的」臨床研究入門講座です。臨床研究の実践や論文執筆に必要な臨床疫学や生物統計の基本について、架空の臨床シナリオに基づいた仮想データ・セットや、実際に英語論文化した臨床研究の実例を用いて、解説していきます。

 今回はO(アウトカム)を設定する際の要点を解説します。これまでブラッシュアップしてきたわれわれのResearch Question(RQ)のOは下記のとおりです(連載第34回参照)。

O:1)末期腎不全(透析導入)、2)糸球体濾過量(GFR)低下速度

O(アウトカム)は測定可能で臨床的に意義があるか

 まず、ここで設定したOが測定可能で臨床的に意義があるものなのか、再考してみましょう。末期腎不全(透析導入)は明確なイベントであり、カルテ調査でその発症日も容易に確認できます。GFRは血清クレアチニン値(Cr)と年齢、および性別で算出される腎機能評価の指標で、日本人の集団でも確立された計算式が論文で公開されています1)。GFR低下速度は、複数回のCrの経時的評価が行われていれば計算できますので、客観的な測定が可能です。末期腎不全(透析導入)は患者さんにとって、生活が大きく変わるハードエンドポイントであり、臨床的にも大きな意義があるOと考えられます。一方、GFR低下速度はサロゲートエンドポイントです(連載第3回参照)。しかし、GFR低下速度の持続的な加速は、慢性腎臓病(CKD)患者さんの末期腎不全発症を含めたハードエンドポイントの予測因子であることが多くの臨床研究の結果から示されています。したがって、これも臨床的に重要なアウトカムと言えるでしょう。

 さて、われわれのRQの曝露要因(E)は、低たんぱく食 0.5g/kg標準体重/日の遵守という厳格な食事療法です。すでに設定した腎予後に関するOの臨床的重要性は前述したとおりですが、厳格な食事療法に伴う負担など、負の側面も気になりませんか。たとえば、厳格な低たんぱく食事療法によるQOL悪化の懸念は、診療ガイドラインなどでも指摘されていますが、明らかなエビデンスはこれまでに認められていないとされています。今回、われわれが実施を予定しているのは、カルテ調査をベースにした、いわゆる「後ろ向き」の観察研究です(連載第1回第6回参照)。QOL尺度(連載第3回参照)の経時的な測定は、日常診療では一般的に行われていないと思いますし、われわれのカルテ調査データでも収集はできませんでした。このように、通常の臨床現場で測定されないOについては「後ろ向き」ではなく「前向き」研究でなければ検討できない、ということです。ちなみに、前回紹介したDOPPS(Dialysis Outcomes and Practice Patterns Study)は、血液透析患者さんを対象とした「前向き」観察研究です。DOPPSでは多大なコストをかけて、経時的な健康関連QOL尺度(連載第3回参照)の測定と収集も行っています。

 また、前回説明したとおり、研究の効率や実施可能性の観点から、できればP(対象)はOを起こしやすい集団である方が望ましいです。つまり、発生頻度が多いOを設定した方が研究の効率が良いということです。そこで、今回の「後ろ向き」観察研究の解析で使用するデータをざっと確認してみたとしましょう。保存期CKD患者さん600例余り、最長5年間の観察期間のカルテ調査データを収集・調べてみたところ、全体の約30%の症例でプライマリのOである末期腎不全(透析導入)の発生が確認できました。実施可能性の高い解析データが収集できたものとホッとした次第です。


【 引用文献 】

講師紹介

harasense

長谷川 毅 ( はせがわ たけし ) 氏
昭和大学統括研究推進センター研究推進部門 教授
昭和大学医学部内科学講座腎臓内科学部門/衛生学公衆衛生学講座 兼担教授
福島県立医科大学臨床研究イノベーションセンター 特任教授

[略歴]
1996年昭和大学医学部卒業。
2007年京都大学大学院医学研究科臨床情報疫学分野(臨床研究者養成コース)修了。
都市型および地方型の地域中核病院で一般内科から腎臓内科専門診療、三次救急から亜急性期リハビリテーション診療まで臨床経験を積む。その臨床経験の中で生じた「臨床上の疑問」を科学的に可視化したいという思いが募り、京都の公衆衛生大学院で臨床疫学を学び、米国留学を経て現在に至る。


バックナンバー

36. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップ‐O(アウトカム)設定の要点と実際

35. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップーP(対象)設定の要点と実際 その2

34. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップーP(対象)設定の要点と実際 その1

33. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その8

32. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その7

31. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その6

30. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その5

29. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その4

28. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その3

27. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その2

26. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その1

25. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その5

24. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その4

23. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その3

22. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その2

21. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その1

20. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 学術誌、論文、著者の影響力の指標 その3

19. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 学術誌、論文、著者の影響力の指標 その2

18. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 学術誌、論文、著者の影響力の指標 その1

17. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー CONNECTED PAPERSの活用 その3

16.リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー CONNECTED PAPERSの活用 その2

15. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー CONNECTED PAPERSの活用 その1

14. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー コクラン・ライブラリーの活用 その3

13. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー コクラン・ライブラリーの活用 その2

12. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー コクラン・ライブラリーの活用その1

11. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー UpToDateの活用その2

10. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー UpToDateの活用その1

9. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 文献管理その3

8. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 文献管理その2

7. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 文献管理その1

6. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 診療ガイドラインの活用その3

5. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 診療ガイドラインの活用その2

4. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 診療ガイドラインの活用その1

3. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビューその2

2. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー その1

1. 臨床上の疑問とリサーチ・クエスチョン

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リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップーP(対象)設定の要点と実際 その2【「実践的」臨床研究入門】第35回

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本連載は、臨床研究のノウハウを身につけたいけれど、メンター不在の臨床現場で悩める医療者のための、「実践的」臨床研究入門講座です。臨床研究の実践や論文執筆に必要な臨床疫学や生物統計の基本について、架空の臨床シナリオに基づいた仮想データ・セットや、実際に英語論文化した臨床研究の実例を用いて、解説していきます。

P(対象)をより具体的で明確なものにする

 今回は前回に引き続き、P(対象)を設定する際の要点について解説します。

 Pを設定する際、PがResearch Question(RQ)で設定したO(アウトカム)のat risk集団(Oを発生する可能性のある集団)であることも、押さえるべきポイントです。前述のとおり(連載第34回参照)、プライマリのOは末期腎不全(透析導入)と設定しました。したがって、すでに末期腎不全に至り、透析導入(もしくは腎臓移植)された患者さんはat risk 集団にならず、除外されることになります。

 できればPは設定したOを起こしやすい集団とするのもコツのひとつです。なぜなら、Oを発症しやすい集団を対象とした方が研究の「効率が良い」からです。ここで言う「効率が良い」の意味は、より少ないサンプル数や短い観察期間で興味のあるOの発生数を確保することができる、ということです。その結果、研究の実施可能性や統計的な検出力が高まります。

 筆者が米国留学以来関わっている、DOPPS(Dialysis Outcomes and Practice Patterns Study)という血液透析患者さんを対象とした国際的な臨床疫学研究があります。血液透析患者さんは健常人と較べて、死亡や心血管イベント発症などハードエンドポイント(連載第3回参照)を起こすリスクがかなり高い集団です。ハイリスクな血液透析患者集団の中でも、その予後には国際間で大きな差があることが知られています。日本の血液透析患者さんの予後は、米国の患者さんのそれより圧倒的に良好なことが、DOPPSなどの研究成果から示されています。米国留学中にご指導頂いていたミシガン大学の腎臓内科と臨床疫学の名誉教授であるFK Port先生が、”US data are bad for patients but good for statistical analysis.”と日本から来た筆者に自虐的に? おっしゃっていたことを覚えています。

 また、「研究対象集団」のデータ取得の場である「セッティング」についてキチンと明記することも重要です(連載第34回参照)。われわれのRQの「標的母集団」は慢性腎臓病(CKD)集団全体です。しかし、本研究で実際に診療データにアクセスできるのは自施設の外来に通院中の患者のみであったとすると、「セッテイング」は単施設外来ということになります。単施設の「セッテイング」で行われた臨床研究では、その施設の特性やそこに通院する患者背景などの偏り(選択バイアス)が結果に影響を及ぼす可能性があります(連載第34回参照)。

 ちなみに、このような「選択バイアス」の影響を出来るだけ減らすために、DOPPSでは「2段階無作為抽出法」というサンプリング手法がとられています。第1段階として、研究施設を所在地や経営母体(公立・私立など)、施設規模(患者数)を考慮して無作為に抽出。第2段階で、施設規模に合わせて研究対象患者を施設毎に無作為抽出。このようなサンプリング手法を用いることにより、「研究対象集団」の代表性を担保しているのです。

 さて、ここで、われわれのRQのPをあらためて以下のように整理してみました。

P(対象):慢性腎臓病(CKD)患者
 組み入れ基準:診療ガイドライン1)で定義されるCKD患者
 除外基準  :ネフローゼ症候群、透析導入(または腎移植)された患者
S(セッティング):単施設外来

 このように組み入れ基準、除外基準、セッテイングも含めて、Pをより具体的で明確なものにします。そうすることにより、研究結果の解釈が容易となり、またその研究結果を他の状況に適用する際の判断もしやすくなるのです。


【 引用文献 】

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長谷川 毅 ( はせがわ たけし ) 氏
昭和大学統括研究推進センター研究推進部門 教授
昭和大学医学部内科学講座腎臓内科学部門/衛生学公衆衛生学講座 兼担教授
福島県立医科大学臨床研究イノベーションセンター 特任教授

[略歴]
1996年昭和大学医学部卒業。
2007年京都大学大学院医学研究科臨床情報疫学分野(臨床研究者養成コース)修了。
都市型および地方型の地域中核病院で一般内科から腎臓内科専門診療、三次救急から亜急性期リハビリテーション診療まで臨床経験を積む。その臨床経験の中で生じた「臨床上の疑問」を科学的に可視化したいという思いが募り、京都の公衆衛生大学院で臨床疫学を学び、米国留学を経て現在に至る。


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36. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップ‐O(アウトカム)設定の要点と実際

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34. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップーP(対象)設定の要点と実際 その1

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リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップーP(対象)設定の要点と実際 その1【「実践的」臨床研究入門】第34回

提供元:CareNet.com

本連載は、臨床研究のノウハウを身につけたいけれど、メンター不在の臨床現場で悩める医療者のための、「実践的」臨床研究入門講座です。臨床研究の実践や論文執筆に必要な臨床疫学や生物統計の基本について、架空の臨床シナリオに基づいた仮想データ・セットや、実際に英語論文化した臨床研究の実例を用いて、解説していきます。

 今回からは、Research Question(RQ)を構成する、P(対象)、E(曝露要因)、C(比較対照)、O(アウトカム)、それぞれの要素をより具体的かつ明確なカタチに設定するための要点と実際について解説していきます。下記に、これまでにブラッシュアップしてきた、われわれのClinical Question(CQ)とRQ、PECOを再掲します。

CQ:食事療法を遵守すると非ネフローゼ症候群の慢性腎臓病患者の腎予後は改善するのだろうか
P(対象):非ネフローゼ症候群の慢性腎臓病(CKD)患者
E(曝露要因):食事療法(低たんぱく食 0.5g/kg標準体重/日)の遵守
C(比較対照):食事療法(低たんぱく食 0.5g/kg標準体重/日)の非遵守
O(アウトカム):1)末期腎不全(透析導入)、2)糸球体濾過量(GFR)低下速度

「標的母集団」と「研究対象集団」、「解析対象集団」

 まず、Pを設定するうえでの最初のポイントとして、「標的母集団」と「研究対象集団」、「解析対象集団」の違いについて解説します。

 われわれのRQのPとなるCKDは、日本腎臓学会の診療ガイドライン1)で以下のように定義(抜粋)されています。

(1)尿検査、画像診断、血液検査、病理などで腎障害の存在が明らかで、とくに蛋白尿の存在が重要
(2)GFR<60mL/分/1.73m2
(1)、(2)のいずれか、または両方が3ヵ月以上持続する

 「標的母集団」とは自身のRQが対象とし、その研究結果を一般化しようとする集団全体です。上記の定義を用いることにより、このRQの「標的母集団」の概念を明確にし、Pの具体的な「組み入れ基準」をはっきり示すことができそうです。ただ、実際の「研究対象集団」というのは、「標的母集団」の一部をサンプリングして代用したものにすぎません。

 たとえば、われわれが行ったCKD患者の腎予後予測モデルの研究2)では、日本全国の腎臓内科のある17ヵ所の大規模病院から患者登録を行いました。その結果、この研究の「研究対象集団」は、腎臓内科に紹介されていないCKD患者を含んでいません。

 このような偏りを「選択バイアス」と言い、研究の「外的妥当性」を損なう原因になりえます。「外的妥当性」とは、得られた研究結果を行われた「研究対象集団」とは異なるサンプルや「セッティング」(「研究対象集団」のサンプリングが行われた場)にも当てはめることができるか、ということです(「一般化可能性」とも言います)。われわれは、本研究の結果は腎臓内科医がいない小規模病院やクリニックで診療されているCKD患者には適用することが難しい可能性を、研究の限界の1つとしてこの論文1)のディスカッションの項で述べました。「外的妥当性」に対し、「内的妥当性」という用語もありますが、こちらは研究の結論(研究結果からの推論)の「研究対象集団」での当てはまりのよさ、を表します。

 研究対象には「除外基準」を設定することが多くあります。前述の研究2)では、予後が大きく異なるであろう治療中の悪性腫瘍を併発している患者などは除外しました。本稿のRQでも関連研究レビューの結果から、ネフローゼ症候群はPから除外するとにしました(連載第11回参照)。また、研究参加への同意が撤回されたり、追跡が不能になった患者も除外されます。このように「研究対象集団」から除外基準に合致する患者だけでなく、種々の事由で除かれて、実際の解析に用いられたサンプルを「解析対象集団」と言います。ただ、「除外基準」をあまり多く設けすぎると、「標的母集団」、「研究対象集団」と「解析対象集団」の乖離が大きくなり、「外的妥当性」が低くなってしまいます。論文ではフローチャートなども用いて、これらを明確に区別して記述することが、観察研究の報告ガイドラインであるSTROBE声明3)でも推奨されています。フローチャートの具体例については引用文献2のFigure 1.もご参照ください。


【 引用文献 】

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長谷川 毅 ( はせがわ たけし ) 氏
昭和大学統括研究推進センター研究推進部門 教授
昭和大学医学部内科学講座腎臓内科学部門/衛生学公衆衛生学講座 兼担教授
福島県立医科大学臨床研究イノベーションセンター 特任教授

[略歴]
1996年昭和大学医学部卒業。
2007年京都大学大学院医学研究科臨床情報疫学分野(臨床研究者養成コース)修了。
都市型および地方型の地域中核病院で一般内科から腎臓内科専門診療、三次救急から亜急性期リハビリテーション診療まで臨床経験を積む。その臨床経験の中で生じた「臨床上の疑問」を科学的に可視化したいという思いが募り、京都の公衆衛生大学院で臨床疫学を学び、米国留学を経て現在に至る。


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31. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その6

30. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その5

29. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その4

28. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その3

27. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その2

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25. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その5

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リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その8【「実践的」臨床研究入門】第33回

提供元:CareNet.com

本連載は、臨床研究のノウハウを身につけたいけれど、メンター不在の臨床現場で悩める医療者のための、「実践的」臨床研究入門講座です。臨床研究の実践や論文執筆に必要な臨床疫学や生物統計の基本について、架空の臨床シナリオに基づいた仮想データ・セットや、実際に英語論文化した臨床研究の実例を用いて、解説していきます。

 

検索式で研究デザインを限定する その3

 前回は、PubMedの「Filterサイドバー」(連載第31回参照)を利用して、検索式で「研究デザイン」を「観察研究」に限定する方法について説明しました。「Filterサイドバー」を用いる方法は簡便ですが、Publication typeが“Observational Study(観察研究)”であるという情報が付与されていない論文は、検索式から漏れてしまいます。そこで、今回は「観察研究フィルター」の検索式を紹介します。また、実際にわれわれのResearch Question(RQ)の関連研究レビューの検索式に「観察研究フィルター」の検索式を加えて、「Filterサイドバー」を使う方法と検索結果を比較してみたいと思います。

 Journal of the Medical Library Associationという医学図書館学についての専門学術誌があります。この雑誌に掲載された論文1)で、「研究デザイン」を「観察研究」に絞る、PubMed用の「観察研究フィルター」の検索式が紹介されています。ちなみにこの論文1)では、「観察研究フィルター」以外にも、「システマティックレビューフィルター」と「介入研究フィルター」のPubMedおよびEmbaseの検索式が提示されていますので、ご関心があれば参照してください。

 下記に、この論文1)で紹介されたPubMed用の「観察研究フィルター」検索式の例を示します。

・“Epidemiologic Studies”[mh] OR “case control”[tiab] OR “case-control”[tiab] OR ((case[tiab] OR cases[tiab]) AND (control[tiab] OR controls[tiab)) OR “cohort study”[tiab] OR “cohort analysis”[tiab] OR “follow up study”[tiab] OR “follow-up study”[tiab] OR “observational study”[tiab] OR longitudinal[tiab] OR retrospective[tiab] OR “cross sectional”[tiab] OR questionnaire[tiab] OR questionnaires[tiab] OR survey[tiab]

 それでは、Advance Search Builderを用いて(連載第27回参照)、われわれのRQの関連研究レビューのための検索式に、この「観察研究フィルター」検索式を加えてみましょう。検索結果は下記の表1のようになりました(本稿執筆2023年6月時点)。

表1

 前回解説した、「Filterサイドバー」の“article type”で“Observational Study(観察研究)”に絞り込んだ検索結果の10倍以上の文献数がヒットしました。この検索結果に、改めて「Filterサイドバー」を用いて“Observational Study(観察研究)”に限定すると、下記の表2のとおりとなり、前回ヒットした文献がすべて検索されました。

表2

 このように、今回解説した「研究デザインフィルター」の検索式を用いた方が、「Filterサイドバー」を使うよりも、さらに網羅的な検索ができることがわかります。

 


【 引用文献 】

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長谷川 毅 ( はせがわ たけし ) 氏
昭和大学統括研究推進センター研究推進部門 教授
昭和大学医学部内科学講座腎臓内科学部門/衛生学公衆衛生学講座 兼担教授
福島県立医科大学臨床研究イノベーションセンター 特任教授

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1996年昭和大学医学部卒業。
2007年京都大学大学院医学研究科臨床情報疫学分野(臨床研究者養成コース)修了。
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30. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その5

29. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その4

28. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その3

27. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その2

26. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その1

25. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その5

24. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その4

23. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その3

22. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その2

21. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その1

20. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 学術誌、論文、著者の影響力の指標 その3

19. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 学術誌、論文、著者の影響力の指標 その2

18. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 学術誌、論文、著者の影響力の指標 その1

17. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー CONNECTED PAPERSの活用 その3

16.リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー CONNECTED PAPERSの活用 その2

15. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー CONNECTED PAPERSの活用 その1

14. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー コクラン・ライブラリーの活用 その3

13. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー コクラン・ライブラリーの活用 その2

12. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー コクラン・ライブラリーの活用その1

11. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー UpToDateの活用その2

10. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー UpToDateの活用その1

9. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 文献管理その3

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6. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 診療ガイドラインの活用その3

5. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 診療ガイドラインの活用その2

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