サン・アントニオ乳がんシンポジウム(SABCS2019)レポート

[ レポーター紹介 ]

下村  昭彦 ( しもむら あきひこ ) 氏
国立国際医療研究センター がん総合診療センター 乳腺・腫瘍内科

 2019年12月10日~14日まで5日間にわたり、サンアントニオ乳がんシンポジウム(SABCS2019)が開催された。乳がんだけを取り扱う世界最大の学会である。1977年より開催されており、90ヵ国を超える国々から研究者や医師、医療従事者が参加する。臨床試験のみならず、トランスレーショナルリサーチや基礎研究の演題も口演として聴講できるのが特徴である。ここ数年は欧州臨床腫瘍学会(ESMO)で大きな演題が発表されるようになった影響もあり、SABCSでは臨床試験についてはサブグループ解析や追跡調査の結果が取り上げられることが多かったが、2019年は今後の日常臨床に大きく影響を及ぼす演題が複数取り上げられた。とくにHER2陽性転移乳がんの演題は非常に重要なものが2題発表された。後に取り上げるDS-8201aの第II相試験の結果は、国内で開発された薬剤であるということもあり、ほぼ半数の演者が国内の研究者であった。すべての演題が興味深いものであったが、なかでも興味深かった6演題を紹介する。

 


T-DM1既治療HER2陽性乳がんにおけるtrastuzumab deruxtecan(DESTINY-Breast01試験)

HER2陽性乳がんにおけるカペシタビン+トラスツズマブに対するtucatinib
 もしくはプラセボの上乗せ効果を比較する第III相試験(HER2CLIMB試験)


アロマターゼ阻害薬で進行したホルモン受容体陽性HER2陰性転移乳がんに対する
 パルボシクリブ+内分泌療法vs.カペシタビンの第III相試験(PEARL試験)


転移乳がんに対するデュルバルマブvs.化学療法のランダム化第II相試験(SAFIR02-IMMUNO試験 )

ホルモン受容体陽性HER2陰性乳がんの術後ホルモン療法に対するS-1の追加効果を検証した第III相試験(POTENT試験)

APHINITY試験全生存期間の中間解析


 

T-DM1既治療HER2陽性乳がんにおける
trastuzumab deruxtecan(DESTINY-Breast01試験)

 trastuzumab deruxtecan(DS-8201a、T-DXd)は抗HER2抗体であるトラスツズマブにトポイソメラーゼ阻害薬であるexatecanの誘導体を結合した新しい抗体薬物複合体(antibody-drug conjugate:ADC)製剤である。1抗体当たりおよそ8分子の殺細胞性薬剤が結合しており、高比率に結合されている。すでに第I相試験の結果は発表・論文化されており、高い有効性が示されていて、期待されている薬剤の1つである。本試験はT-DM1既治療のHER2陽性進行乳がんを対象として行われた単群第II相試験である。第I相試験ではDLTを認めなかったものの、毒性の懸念からPART 1では用量の再設定が行われ、5.4mg/kgが至適投与量とされた。主要評価項目は独立中央判定委員会によるRECIST v1.1を用いた奏効率、副次評価項目として病勢制御率や臨床的有用率、無増悪生存期間、全生存期間、安全性などが置かれた。184例が5.4mg/kgで投与され、全員が女性であった。ホルモン受容体陽性が52.7%、HER2ステータスはIHC3+が83.7%、IHC2+または1+でISH陽性が16.3%であった。全例がトラスツズマブおよびT-DM1による治療歴を有した。

 主要評価項目である独立中央判定委員会による奏効率(objective response rate:ORR)は60.9%と非常に高い効果を示した。病勢制御率(disease control rate:DCR)は97.3%、6ヵ月以上の臨床的有用率(clinical benefit rate:CBR)は76.1%であった。奏効期間の中央値は14.8ヵ月であり、3次治療以降としては非常に長い奏効期間を有した。65.8%がペルツズマブによる治療歴を有し、ペルツズマブ治療歴のない症例でより奏効率が高い傾向を示した。無増悪生存期間(progression-free survival:PFS)の中央値は16.4ヵ月、全生存期間(overall survival:OS)の中央値は未到達であった。有害事象(adverse event:AE)はGrade3以上の治療関連AEが57.1%(薬剤との因果関係ありが48.8%)、SAEが22.8%(同12.5%)、治療関連死は4.9%(同1.1%)であった。とくに注目されているAEである肺障害は全Gradeで13.6%と高頻度に発生していた。多くはGrade1または2であったが、2.2%がGrade5であり、やはり注意が必要なAEであるといえよう。総じて毒性が強く、とくに肺障害に注意が必要なものの、非常に高い奏効率と奏効期間を有する薬剤であるといえる。本試験の結果は同日New England Journal of Medicine(NEJM)誌オンライン版に掲載された。筆者は本薬剤の開発の初期段階から関わってきたが、実際に自分が使って感じている実感と本臨床試験の結果は合致している。

 米国食品医薬品局(FDA)は本試験の結果をもって、2019年12月20日にT-DXdを迅速承認した。国内でも2019年9月に承認申請がなされており、早期に承認されて日本の患者さんに本薬剤が早く届くことを期待している。

HER2陽性乳がんにおけるカペシタビン+トラスツズマブに対するtucatinib
もしくはプラセボの上乗せ効果を比較する第III相試験(HER2CLIMB試験)

 tucatinibは経口チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)でHER2のキナーゼドメインを阻害する。ラパチニブはEGFRも阻害するが、tucatinibはHER2特異性が高い。本試験は、トラスツズマブ、ペルツズマブおよびT-DM1による治療歴を有するHER2陽性転移乳がんを対象とした第III相試験でtucatinibまたはプラセボをカペシタビン+トラスツズマブ療法に併用した。ベースラインでの脳MRIが必須とされており、脳転移があっても治療後で落ち着いている、もしくは早急な局所治療を必要としない場合は登録可能とされた。2対1の割合で割り付けが行われ、tucatinib群に410例、プラセボ群に202例が登録された。

 主要評価項目は最初に登録された480例における独立中央判定委員会によるPFSで、RECIST v1.1を用いて評価された。副次評価項目としてOS、脳転移のある症例のPFS、測定可能病変を有する症例でのORRとされた。脳転移症例は両群で50%弱の割合であった。主要評価項目評価対象症例におけるPFS中央値は7.8ヵ月vs.5.6ヵ月(ハザード比:0.51、95%CI:0.42~0.71、p<0.00001)でありtucatinib群で有意に良好であった。全登録症例におけるOS中央値は21.9ヵ月vs.17.4ヵ月(ハザード比:0.66、95%CI:0.5~0.88、p=0.0048)であり、こちらもtucatinib群で有意に良好であった。脳転移症例におけるPFS中央値は7.6ヵ月vs.5.4ヵ月(ハザード比:0.48、95%CI:0.34~0.69、p<0.00001)であり、脳転移症例においても同様の有効性を示した。奏効率は41% vs.23%でこちらもtucatinib群で有意に良好であり、すべての副次評価項目でtucatinib群が良好な結果であった。Grade3以上のAEはtucatinib群で55%に対しプラセボ群で49%であり、両群間で大きな差は認められなかった。頻度の高いAEは下痢、手足症候群、悪心、倦怠感、嘔吐などであり、HER2-TKIやカペシタビンでよくみられるAEが多かった。本試験の結果は同日NEJM誌オンライン版に掲載された。

 本試験はペルツズマブ、T-DM1既治療例を対象として行われた初めてのHER2-TKIの試験である。本試験ではPFSのみならずOSにおいても有意に良好であった。また、脳転移に特化したエンドポイントでも有効性を示しており、HER2陽性乳がんで多い脳転移症例に対しても期待される薬剤である。ただ、残念ながら日本からは本試験には参加していない。

アロマターゼ阻害薬で進行したホルモン受容体陽性HER2陰性転移乳がんに対する
パルボシクリブ+内分泌療法vs.カペシタビンの第III相試験(PEARL試験)

 2019年のASCOで韓国のグループより閉経前ホルモン受容体陽性HER2陰性転移乳がんに対するエキセメスタン+パルボシクリブ+LHRHa vs.カペシタビンの第II相試験結果(KCSG-BR 15-10)が発表されたことは記憶に新しい。PEARL試験は閉経後ホルモン受容体陽性HER2陰性転移乳がんの2次治療としてホルモン療法+パルボシクリブをカペシタビンと比較した第III相試験である。ホルモン療法としてはエキセメスタンとフルベストラントが選択され、それぞれ別のコホートとして試験が行われた。コホート1(エキセメスタン)、コホート2(フルベストラント)でそれぞれ300例が1対1の割合でホルモン療法+パルボシクリブもしくはカペシタビンに割り付けられた。主要評価項目はコホート2におけるフルベストラント+パルボシクリブのカペシタビンに対するPFSの優越性(ESR1の変異の有無によらない)、およびESR1変異のない症例におけるホルモン療法(エキセメスタン/フルベストラント)+パルボシクリブのカペシタビンに対するPFSの優越性の2つであった。

 1つ目の主要評価項目であるフルベストラント+パルボシクリブの優越性については、PFS中央値が7.5ヵ月vs.10ヵ月(ハザード比:1.09、95%CI:0.83~1.44、p=0.537)であり、優越性は示されなかった。2つ目の主要評価項目であるESR1変異のない症例におけるホルモン療法+パルボシクリブの優越性についても、PFS中央値が8.0ヵ月vs.10.6ヵ月(ハザード比:1.08、95%CI:0.85~1.36、p=0.526)であり、優越性は示されなかった。

 KCSG-BR 15-10試験ではエキセメスタン+パルボシクリブ+LHRHaはカペシタビンに対して良好なPFSを示した。KCSG-BR 15-10試験は第II相試験であるため単純に比較することはできないが、本試験が閉経後かつアロマターゼ阻害薬で進行した症例を対象にしているのに対し、KCSG-BR 15-10試験ではTAMの治療歴がある症例しか含まれておらずホルモン感受性が異なっていると考えられること、1次治療と2次治療の違い、などが結果の違いの原因となっていると考察できる。

転移乳がんに対するデュルバルマブvs.化学療法のランダム化第II相試験
(SAFIR02-IMMUNO試験)

 デュルバルマブは免疫チェックポイント阻害薬の1つで、PD-L1を阻害する。局所進行肺がんの化学放射線治療後の維持療法として使用されている。抗PD-L1抗体ではアテゾリズマブがアルブミン結合パクリタキセルとの併用において、PD-L1発現のあるトリプルネガティブ乳がん(TNBC)の初回治療としての有効性を示し標準治療となっている。本試験ではHER2陰性転移乳がんを対象として化学療法に対する維持療法としてのデュルバルマブの有効性を検討した第II相試験である。3コース目の化学療法前に腫瘍検体を採取し、その後CR/PR/SDを達成した症例が対象となった。腫瘍検体で標的分子が検出されている際には分子標的治療の臨床試験に参加し、検出されなかった症例が本試験の対象となった。主要評価項目はPFSであった。デュルバルマブ維持療法へスイッチする群と、治療を変更せずに化学療法を行う群に199例が2対1の割合で割り付けられた。PD-L1発現についてSP142抗体を用いて評価され、TNBCでは52.4%、ホルモン受容体陽性では14.9%が陽性であった。

 PFS中央値は2.7ヵ月vs.4.6ヵ月(ハザード比:1.40、95%CI:1.00~1.96、p=0.047)であり、化学療法群で良好な傾向であった。また、サブグループ解析ではホルモン受容体陽性で化学療法群が良好であった。OS期間においては21.7ヵ月vs.17.9ヵ月(ハザード比:0.84、95%CI:0.54~1.29、p=0.42)であり両群間に差を認めなかった。一方、サブグループ解析ではTNBCで21ヵ月 vs.14ヵ月、PD-L1陽性で26ヵ月vs.12ヵ月と、デュルバルマブで良好な傾向を認めた。

 乳がんに対しても活発に免疫チェックポイント阻害薬の開発が行われており、本試験もその1つである。All comerで行われた試験であったが、今後の開発はホルモン受容体ステータスやPD-L1の発現など、バイオマーカーでの絞り込みが必須と考えられる。また、ホルモン受容体陽性乳がんではこれまで免疫チェックポイント阻害薬の開発は成功しておらず、その生物学的背景の解明も重要である。

ホルモン受容体陽性HER2陰性乳がんの術後ホルモン療法に対する
S-1の追加効果を検証した第III相試験(POTENT試験)

 2017年のSABCSで日本と韓国のグループから術前化学療法で残存腫瘍があった症例に対するカペシタビンの上乗せ効果が示され(CREATE-X試験)、日本の研究者にとって大きな自信につながったことは記憶に新しい。POTENT試験はホルモン受容体陽性HER2陰性乳がんを対象として、低リスク症例を除いた症例群に対してS-1の上乗せ効果をみた第III相試験である。本試験ではStageIからIIIBを対象とし、リンパ節転移陽性もしくはリンパ節転移陰性かつ中間リスクもしくは高リスクの症例を対象とした。1,959例がホルモン療法+S-1群とホルモン療法単独群に1対1の割合で割り付けられた。主要評価項目は無浸潤疾患生存(invasive disease-free survival:IDFS)とされた。5年IDFSにおいて、S-1群で86.9%に対し、ホルモン療法単独群では81.6%(ハザード比:0.63、95%CI:0.49~0.81、p<0.001)であり、S-1群で良好な結果であった。本試験は中間解析で有効性の閾値を超えたため、早期有効中止となっている。AEについては、S-1群で増加傾向にあり、Grade3以上のものとしては好中球減少(7.5%)や下痢(1.9%)に注意が必要であるが、総じてコントロールは可能と考えられた。本試験は先進医療Bとして行われており、今後は保険承認の手続きを目指していくと思われる。

 2017年にはCREATE-X試験、2018年にはAERAS試験、そして本試験と、ここのところSABCSでは毎年日本から口演が発表されている。日本の研究者として大変誇らしいとともに、少しでも日本からのエビデンス発信に貢献していきたい。

APHINITY試験全生存期間の中間解析

  APHINITY試験はHER2陽性乳がんの術後化学療法におけるトラスツズマブ療法へのペルツズマブの上乗せを検証した第III相試験である。4,805例のHER2陽性乳がん患者が登録され、ペルツズマブ群(2,400例)とプラセボ群(2,405例)に1対1の割合で割り付けられた。主要評価項目はIDFSであり、OSは副次評価項目に含められた。4年IDFSは92.3% vs.90.6%(ハザード比:0.81、95%CI:0.66~1.00、p=0.045)であり、絶対リスク減少は2%に満たないもののペルツズマブ群で良好であった。また、本試験は当初リンパ節転移のない症例も登録されていたが、イベントが少ないことから途中でプロトコールが改訂され、リンパ節転移陽性症例のみが適格となった。

  今回のOS期間の2回目の中間解析では、6年生存率は94.8% vs.93.9%(ハザード比:0.85、95%CI:0.67~1.07、p=1.07)であり、両群間に差を認めなかった。IDFSのフォローアップデータは、6年IDFSで90.6% vs.87.8%(ハザード比:0.76、95%CI:0.64~0.91)とペルツズマブ群で良好であったが、リンパ節転移の有無(すなわちベースラインリスクの違い)でサブグループ解析を行うと、リンパ節転移陽性では6年IDFSで87.9% vs.83.4%(ハザード比:0.72、95%CI:0.59~0.87)とペルツズマブの上乗せ効果を認めたのに対し、リンパ節転移陰性では95.0% vs.94.9%(ハザード比:1.02、95%CI:0.69~1.53)と上乗せ効果は認めなかった。ホルモン受容体ステータスによらずペルツズマブの上乗せ効果が認められた。

 トラスツズマブの登場によりHER2陽性乳がんの予後は劇的に改善しており、術後ペルツズマブの追加によりリンパ節転移陽性例に対してはIDFSの改善が期待される。ただし、中間解析時点ではOSの上乗せ効果は認めないため、最終解析の結果が待たれる。リンパ節転移陰性例に対しては原則として術後ペルツズマブの上乗せは不要であろう。


掲載内容はケアネットの見解を述べるものではございません。
(すべての写真・図表等の無断転載を禁じます。)

本コンテンツに関する下記情報は掲載当時のものです。
[データ、掲載内容、出演/監修者等の所属先や肩書、提供先の企業/団体名やリンクなど]

海外研修留学便り EORTC留学記(高橋 侑子氏)[第1回]

[ レポーター紹介 ]
高橋 侑子(たかはし ゆうこ)

2010年03月 岡山大学 医学部医学科卒業
2010年04月 亀田総合病院 ジュニアレジデント
2012年04月 聖路加国際病院 乳腺外科 シニアレジデント
2015年04月 聖路加国際病院 乳腺外科 フェロー
2016年05月 岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科 呼吸器・乳腺内分泌外科学
2018年10月 国立がん研究センター中央病院 JCOG運営事務局 レジデント
2019年08月 European Organisation for Research and Treatment of Cancer (EORTC) フェロー

 ヨーロッパ最大の多施設共同臨床研究グループEORTC(European Organisation for Research and Treatment of Cancer)に留学中の高橋 侑子氏に、fellowとしての研修の日々、大規模臨床試験を推進する現場からのリアルな情報をレポートいただきます。

 

 私は現在、ベルギー・ブリュッセルのEORTCでfellowとして研修しています。この連載では、留学に至った経緯や、留学までに準備したこと、実際の研修内容やベルギーでの生活のことなどをお伝えさせていただきたいと思っています。とくに、ヨーロッパへの留学を考えていらっしゃる方へ、また、EORTCは病院や大学とは異なる研究機関なので、実際にどのような施設なのかイメージが掴めない方へ向けて、具体的な情報をお伝えできればと思っています。

そもそもEORTCとは?

 EORTCは、1962年設立の、ヨーロッパを中心としたさまざまな国、組織からの研究資金により運営される37ヵ国、640 以上の参加施設からなるヨーロッパで最大の多施設共同臨床研究グループです。 14の疾患別グループおよび3つの基礎研究・トランスレーショナル研究グループが、研究者主導の臨床研究と、企業からの受託研究の両者を実施しており、現在51試験が登録中であり、他213試験が登録終了後の追跡期間中です。北米、南米、アジア、オーストラリアの臨床試験グループとの国際共同研究も行っています。ブリュッセルのHeadquarterには210名以上のさまざまな分野のスタッフが勤務しています。

なぜ、EORTCへの留学を目指したのか

 私は2010年に岡山大学を卒業し、亀田総合病院での初期研修、聖路加国際病院乳腺外科での専門研修を経て、2016年に母校の大学院へ入学しました。大学院生としてトランスレーショナルリサーチに携わる一方、国際共同臨床試験へ分担医師として関わったり、2015年頃よりJCOG (Japan Clinical Oncology Group)乳がんグループの班会議や新規試験立案小委員会に参加させていただいたりしました。これを契機に、日々の診療で生じたクリニカルクエスチョンを解決し、患者さんに還元するために臨床試験を行い、新たなエビデンスを構築していく意義を強く感じておりました。大学院での研究に目処がつき始めた2018年春頃より、教授や指導教官の勧めで漠然と留学したいと思うようになりました。留学先を模索していたところ、JCOG班会議でEORTCフェロー募集の情報を知りました。

留学前に求められた研修とは?

 班会議での募集要件では、約1年間の国立がん研究センター中央病院JCOG運営事務局での事前研修が必須とのことでした。そのため、班会議後すぐにJCOG運営事務局へ行って相談し、EORTCへの留学を目指して研修を開始させていただくことになりました。この時点では、実際にEORTCへ留学可能かどうかについてまったく白紙の状態でした。急な展開の中、「留学につながる可能性があるのであれば、ぜひ頑張ってきなさい」と研修を許可し、送り出してくださった大学の先生方には心より感謝しております。

 JCOG運営事務局では、多施設共同臨床試験の方法論を学びました。主に新規試験案の検討、プロトコール作成、モニタリング作業などに関わらせていただきました。EORTCに来てから、改めてこのJCOG運営事務局の研修で学んだことの重要性を強く感じています。私の個人的な見解ですが、この事前研修を経なければ、EORTCでの研修内容を理解するのはかなり難しかったのではないかと考えています。また、日本からのfellowの役割として、JCOG・EORTCの共同研究に関わりますので、JCOGについて理解を深める上でも、事前研修は重要だったと感じています。


患者からのストーリー(後半) BCネットワーク代表 山本 眞基子氏

[ レポーター紹介 ]
山本 眞基子
1997年30代で乳がんを発症。
NPO法人BCネットワーク(Young Japanese Breast Cancer Network)を設立 。

 米国在住の1997年に、30代で乳がんを発症。仕事や子育てなど多忙な年代で、海外生活の中乳がんになった自身の経験、そして日本国内だけでなく米国在住の日本人女性においても乳がん患者が年々増加傾向にあることから、日本語での乳がんの情報発信を目的としたNPO法人、BCネットワーク(Young Japanese Breast Cancer Network)を設立した山本 眞基子さんに、米国の乳がん診療の状況を患者目線からご紹介いただきます。後編では、米国では20年以上前から行われているという遺伝子検査や、食事・運動療法の実際などについてお聞きしました。


Q 告知や治療方法の説明、セカンドオピニオンの利用状況について教えてください

 お話しできるのはニューヨークの病院での経験ですが、告知は当然、治療方法説明も当然という状況です。ただしその告知の仕方が、医師の人気度を決定していると私は感じています。セカンドオピニオンは20年前から当然、かつ初めの病院のスクリーンなどもセカンドオピニオンの病院に持参可能です。むしろ、時間がある場合は、医師のほうから受診を勧められます。セカンドオピニオンを嫌がる医師はニューヨーク近辺では聞いたことがありません。セカンドオピニオンには、保険も適用されます。また、高度な病院ほど自己病院の検査を好む傾向があり、再度検査が必要なことも多いですが、ほとんど保険適用されます。

Q 日米で受けることができる治療法に差はあるでしょうか? 遺伝子検査の普及の実際は?

 治療法については、すでに米国で承認されているほとんどの治療法が、日本でも導入されていると思います。一方、遺伝子検査については、米国ではかなり前から普及している印象です。私自身が初めて早期乳がんになった22年前には、乳がんに罹患した患者は全員、本人の承認を得て、BRCA1/2の遺伝子検査(が保険適応で行われていました。BRCA1/2遺伝子についてはこれまで長く、ある1つの企業の製品だけが使える状況でしたが、5年ほど前に、他の企業も検査を提供できるように枠組が広げられました。また、10年ほど前から、米国では保険適用となった遺伝子検査(オンコタイプDX)などが、早期乳がんの腫瘍進行度を調べることを目的に、保険適用にて検査が可能となった州が多いと思います(ちなみに米国は、日本と違い、州により検査の普及がかなり違います。その理由は、州により健康保険、私的保険の適用の治療、検査などの枠組みが違うので、国が検査を承認しても、保険適用にならない場合もあります)。

Q 食事や運動療法など、手術・薬物療法以外の治療法についてはどのような状況でしょうか?

 これもニューヨークでの状況ではありますが、大学病院では、すべてと言ってもよいほど多くの病院で、20年ほど前から、食事・運動療法を奨励し、ほとんどの場合は、病院のホームページでその方法を紹介したり、病院内に栄養士のクリニック、運動療法(乳がん系ではヨガ、ストレッチ、瞑想、鍼などが主体です)の専門家が揃っています。保険のタイプによっては、そういったクリニックでの施術や指導に保険が適用されることもあります。

Q 最後に、乳がん診療に携わる医師に伝えたいことはありますか

 日本以外の乳がん罹患率の高い国々の治療法などにも興味を示していただき、ぜひ世界中の医師と患者とのつながりを意識して治療をしていただきたいと思います。また、患者が医師に対等に質問や意見をできる環境ができるとよいなと考えます(ニューヨークの大病院では、患者と医師のディスカッションが大いに可能です)。

ESMO2019レポート現地速報 乳がん

提供元:CareNet.com

2019年9月27日から10月1日まで開催のESMO2019の乳がんトピックを愛知県がんセンター病院 岩田 広治氏が現地バルセロナからオンサイトレビュー。

レポーター紹介

岩田 広治 ( いわた ひろじ ) 氏
愛知県がんセンター病院 副院長・乳腺科部長

CoBrCa2019 レポート

[ レポーター紹介 ]

松柳 美咲 (まつやなぎ みさき) 氏
昭和大学病院 乳腺外科 助教

 2019年9月4~6日の3日間にわたり、米国・サンフランシスコで5th World Congress on Controversies in Breast Cancer (CoBrCa)が開催されました。CoBrCaは通常の学会とは形式が異なり、多くの臨床医が診療上で遭遇する疑問点に対し、それぞれの分野のエキスパートが登壇して“Yes”、“No”それぞれの立場に分かれてエビデンスに基づいたディベートを行います。扱うトピックは、外科治療、薬物治療、放射線治療、画像診断、病理診断、乳房再建といった広範囲にわたっています。
 これまで、1回目はスペイン、2回目はオーストラリア、3回目は日本、4回目はオーストラリアで開催されてきました。今年で5回目の開催となり、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)主催の下、メインテーマは“When is Less More?”でした。患者のリスク因子を層別化し、de-escalationとescalationをどのように行っていくかというセッションが多くみられました。

19の課題について賛成・反対を議論

 3日間で19のセッションがあり、各セッション4~6人のdiscussantが活発な議論を行いました。どのテーマも、エキスパートの中でも意見が分かれるであろうものが多く、最新のエビデンスや今後の課題などが挙げられました。

 “ほとんどのDCISは精査の対象とすべきではないのか”、“ACOSOG Z0011(Z11)とAMAROS試験の結果によらず、センチネルリンパ節生検陽性で腋窩リンパ節郭清を行うべき症例はあるのか”、“免疫チェックポイント阻害薬は転移のあるトリプルネガティブ乳がんのstandardとなるのか”、 “CDK4/6阻害薬は転移のあるホルモン陽性乳がんの1st line治療とすべきか”、 “RCTのみが日常臨床を変える方法となるのか”など、大変興味深いテーマが多くありました。最終セッションは、“Vision for breast cancer 2025”で締めくくられました。
 本稿では、ゲノム医療とHER2陽性乳がんについて、それぞれのセッションでの議論をご紹介します。


1 ゲノム医療

パネル検査は多くの患者に必要? それとも意義なし?
[テーマ:That most patients with breast cancer should be panel tested]
 Yesでプレゼンテーションを行ったのは、「MammaPrint」の開発に携わったUCSFのvan’t Veer博士で、乳がんの罹患リスク上昇に関わる遺伝子異常の相対リスクや頻度についての報告を行いました。遺伝子検査の目的としては、2nd cancer riskを考慮した術式選択の決定、術前化学療法の効果予測、サーベイランスを行ううえでの再発リスク評価を挙げたうえで、「今の時代は患者個人が自分の遺伝子について当然知るべきである」と発言しました。

 Noの立場からは、パネル検査は病的意義を持たないvariant of uncertain significance(VUS)が多く、pathogenic variant(PV)は比較的稀であることが挙げられました。また、近年VUS/PVの誤った解釈が、とくに術式選択の場面で行われている現状について報告が挙げられています。KurianらによるアメリカSEERデータベースを使用した乳がん症例(全例で遺伝子検査を施行)の報告では、BRCA1/2の遺伝子異常のある患者で両側乳房切除が行われた患者は57.5%であったが、遺伝子異常がない患者でも23.6%、ATMCHEK2PALB2などの乳がん発症において中等度の発症リスクとなる遺伝子のPVでも34.0%の患者で両側乳房切除が行われており、over surgeryとなっている現状があります。さらにこの研究ではホルモン陽性、21遺伝子アッセイでRS<18の再発低リスクとされる患者で、36.5%と高率に化学療法が行われていたことについても報告されています(遺伝子異常がない患者では23.0%に化学療法が行われていた)。

遺伝子異常の有無によって予防的切除を判断すべきか
[テーマ:That all gene carries with early breast cancer should have a bilateral mastectomy]

  Yesの立場からは、BRCA1/2遺伝子異常を持つ患者の場合、2nd cancer riskの発症が高率である点(20年間の追跡の結果、対側の乳がん発症率はBRCA1異常で28~40%、BRCA2遺伝子異常で16~26%と報告されている)、また、費用対効果の面からMRIサーベイランスより予防的切除のほうが優れるとする報告がある点から、両側乳房切除を推奨すべきと意見されていました。
 Noの立場からは、乳房切除による患者の心理的負担を考慮したうえでMRIによる1年ごとのサーベイランスを行えば、予防切除を行った患者と比較し10年間のOSに差はないという報告が挙げられていました。

2.HER2陽性乳がん

抗HER2補助療法の併用は必要か? 逆にde-escalationできるケースとは?
[テーマ:All high risk adjuvant HER2 patients receive dual antibody therapy]

 Yesの立場からは、HER2陽性乳がんを対象とした術後補助療法において、化学療法+トラツズマブにペルツズマブを上乗せするペルツズマブ群とプラセボ群の無作為割り付け比較を行ったAPHINITY試験について言及されていました。3年の時点でのIDFSはペルツズマブ群92.0%に対し、プラセボ群では90.2%という結果でした(ハザード比:0.77、95%信頼区間:0.62~0.96、p=0.02)。サブグループ解析の結果からは、リンパ節転移陽性、ホルモン陰性、閉経後、65歳以上で有意差がみられました。
 Noの立場からは、パクリタキセル+トラツズマブ併用療法について検討したAPT試験の結果が挙げられていました。低リスクのHER2陽性乳がん(pT1、N0)を対象とし、7年のOSは95.0%(95%信頼区間:0.95~0.99)と良好であったことが報告されており、de-escalatingすべきと発言しています。

 もう1つのセッションでは、HER2陽性乳がんにおける抗HER2補助療法の短縮化についてディベートされました。2019年6月Lancet誌で報告されたPHARE試験の結果では、7.5年時点の解析における、トラツズマブ12ヵ月群に対するトラツズマブ6ヵ月群のDFSは、ハザード比:1.08(95%信頼区間:0.93~1.25、p=0.39)で非劣性が証明されました。試験の対象者は90%がアントラサイクリンベースの化学療法を施行され、55%はリンパ節転移陰性であり、そのような患者にはトラツズマブを6ヵ月へ短縮化してもよいのではないか、と結論付けられていました。 


患者からのストーリー(前半) BCネットワーク代表 山本 眞基子氏

[ レポーター紹介 ]
山本 眞基子
1997年30代で乳がんを発症。
NPO法人BCネットワーク(Young Japanese Breast Cancer Network)を設立 。

 米国在住の1997年に、30代で乳がんを発症。仕事や子育てなど多忙な年代で、海外生活の中乳がんになった自身の経験、そして日本国内だけでなく米国在住の日本人女性においても乳がん患者が年々増加傾向にあることから、日本語での乳がんの情報発信を目的としたNPO法人、BCネットワーク(Young Japanese Breast Cancer Network)を設立した山本 眞基子さんに、米国の乳がん診療の状況を患者目線からご紹介いただきます。前編では、保険制度や地域による格差、病院や治療法選択の実際についてお聞きしました。


Q 米国での乳がん検診の認知度、普及の状況について教えてください

  米国での乳がん検診受診率は、70~80%ほどと聞いていますが、一時期高くなり過ぎて、それ以降は下がっているという記事も見たことがあります。米国の場合は、社会的地位や保険の良し悪しにより検診受診率が高いグループと低いグループの差が大きい状況です。

Q 格差の問題をよく耳にしますが、地域による格差も大きいのでしょうか?

 米国在住37年になりますが、ニューヨーク近辺しか住んだことがないので、地域差を意見する立場にありません。しかしながら、病院数だけを見れば、米国中で最適な治療を受けることができる可能性が最も高いのは、ニューヨークだと考えます。何よりも医師、病院間の競争が激しいので、それが医師の治療への熱心度や、高度な治療につながるのではないでしょうか。患者も質の高い治療を求めているので、それに応えることのできる医師が残るのではないかと感じています。
 東海岸地方には、大小多くの病院があるので、選択肢は多くあります。米国は乳がん罹患率が高いので、友人で乳がんになった人がいない女性はいないでしょう。友人からの紹介、または近さや通いやすさで病院を選ぶ人が多いです。ニューヨーク市内では、有名・著名な医師も多くおられるので、それを求めて選択する人も多くいます。大病院では、何人もの乳腺外科医、乳腺腫瘍内科の医師を抱えていて、患者が医師を選択することが可能です。

Q 患者が治療法や治験などについて情報を得るにはどのような方法がありますか?

  米国の有名ながん病院はそれぞれホームページが素晴らしく、情報が充実しているので、実際に足を運ぶことなく、ホームページ上で各病院での治療の概要を知ることが可能です。治験薬については、自分の病院の医師から話を持ちかけられたり、病院内に張り紙がしてあることが多いです。また標準的治療法がなくなってきた患者さんには、医師から、どこどこの病院の治験に行ってはどうか、と教えてもらえることもあります。

Q 医療費(保険制度)の実際と、それを理由とする治療選択の現実などはいかがでしょうか

  米国の保険制度については、日本でも語られているとおり、私的保険が主体で費用や内容に大きな幅があり、一律には良いとも悪いとも言えません。しかし、65歳以降に国から保障される老人保険は、乳がんの標準治療については、かなり良くカバーされていると思います。標準治療については、保険会社が上限を設けているため、患者はそれ以上を支払う義務はありません(これもニューヨーク近辺での経験ですので、全国ではわかりません。それほど、州により保険の内容が異なります)。

    

ASCO2019現地速報 乳がん

|企画・制作|ケアネット

2019年5月31日から6月4日まで開催されたASCO2019の乳がんトピックを、昭和大学乳腺外科 中村 清吾氏が現地シカゴからオンサイトレビュー。


レポーター紹介

20190606_img

中村 清吾 ( なかむら せいご ) 氏
昭和大学医学部 乳腺外科 教授


掲載内容はケアネットの見解を述べるものではございません。
(すべての写真・図表等の無断転載を禁じます。)