海外研修留学便り 【米国留学記(藤井 健夫氏)】第2回

[ レポーター紹介 ]
藤井 健夫(ふじい たけお )

2007年     信州大学医学部卒業
2007-2008年 在沖縄米国海軍病院インターン
2008-2010年 聖路加国際病院初期研修
2010-2013年 聖路加国際病院内科後期研修、チーフレジデント、腫瘍内科専門研修
2013-2015年 MPH, University of Texas School of Public Health/Graduate Research Assistant, University of Texas MD Anderson Cancer Center, Department of Breast Medical Oncology
2015-2016年 Clinical Fellow, University of Texas MD Anderson Cancer Center, Department of Investigational Cancer Therapeutics (Phase I clinical trial department)
2016-2019年 Internal Medicine Resident, University of Hawaii/Research Fellow, University of Hawaii Cancer Center (Ramos Lab)
2019年-現在  Medical Oncology Fellow (Translational Research Track), Cold Spring Harbor Laboratory (Egeblad Lab)/Northwell Health Cancer Institute

 テキサス大学MDアンダーソンがんセンターとハワイ大学でのレジデント、フェロー等の経験を経て、現在はCold Spring Harbor Laboratoryで腫瘍内科のフェローとして勤務する藤井健夫氏に、留学後のキャリアプランニングの考え方や、教育プログラム・診療の日米間での違いについて4回にわたってレポートいただきます。第2回では米国での教育プログラムの特徴的な点についてお伺いしました。

 

第2回:教育プログラムは日米でどんな違いがあるのか

米国での臨床トレーニング、大きな特徴だと感じた点は2つ

 私は腫瘍内科ですので、内科のトレーニングを中心に米国での臨床トレーニングについてお話ししたいと思います。研修は大きく分けて内科全般の基本を学ぶレジデンシー(3年間)とその後に専門科を持ちたい人のためのフェローシップ(科によって1~4年程度)があります。外科の場合はレジデンシーが5年など、科によって年数は違います。最初の3年間で内科全般について学び内科専門医の試験資格が得られ、フェローシップに進まない場合はホスピタリスト(入院患者の主治医として働き例外を除き外来診療は行いません)もしくはプライマリケア医(かかりつけ医として外来診療を行い例外を除き入院診療は行いません)として働きます。

 フェローシップにも共通する私が感じた大きな特徴は2点あります。1点目は外来診療研修です。研修期間すべてを通じて、どのローテーションであっても週に半日は「Continuity clinic」で自分の患者さんの継続診療を行うことが専門医取得に必須となっています。2点目はトレイニー(研修医)とアテンディング(指導医)がはっきりと区別されていることです。研修医のカルテは指導医のCo-signがない限りは正式なカルテとして認められません。このプロセスの中で指導医が研修医のカルテを確認し、必要に応じて修正、教育的指導を継続して行うことで研修医のカルテの質が向上していくという流れです。その他の例としては、乳腺腫瘍内科の外来でContinuity Clinicを行っているのですが、化学療法は研修医がオーダーを指導医に送りサインをもらって初めて有効なものとなります。

臨床医として働くのか、研究者を目指すのか

 ここまでは一般的な話ですが、以下は腫瘍内科に関して将来像によってどのように研修が違ってくるのかということについて述べたいと思います。まず、腫瘍内科のトレーニングと書きましたが、Hematology/Oncologyのフェローシップといわれることがほとんどで、3年のフェローシップ終了後に「血液内科」と「腫瘍内科」の2つの専門医試験受験資格が得られることがほとんどです。血液内科は良/悪性の血液疾患を含み、腫瘍内科は血液を含めた悪性腫瘍全般となります。腫瘍内科は血液悪性疾患も含むのですが、イメージとしては固形がんと考えてもらって大きな間違いはないかと思います。私の場合は乳がんを専門にすることを決めているので、腫瘍内科のみを選択しましたが、多くのフェローは両方取得します。もう一つの違いは、フェローシップ終了後に臨床医として働くのかPhysician Scientistとして研究室を持つようなMDになるのかという違いです。

 臨床医として働く場合がほとんどで、この場合3年間のトレーニングは主に臨床に重点を置き、興味のあるフェローは臨床研究を行ったりもします。一方、将来研究室を持つことを目指すためのトレーニングは研究環境が整ったプログラムでのみ可能であり、1年程度の臨床のトレーニングの後、残りの2年はContinuity Clinic以外は基礎研究を行うことが多いです。基礎研究では2年は短すぎるため、1年間程度フェローを延長して基礎研究を行い、その間に研究者としてやっていくことに値するような論文を書くもしくは研究費をとって初めてJunior Facultyとしての仕事にありつけます。Junior Facultyとして継続して研究費を取る能力を持つことで初めて独立して自分の研究室が持てます。一方で、この期間中に研究費がとれない、あるいは研究費につながるような論文が出ない場合は、独立した研究者としての道はあきらめないといけないということにもなります。


臨床上の疑問とリサーチ・クエスチョン【「実践的」臨床研究入門】第1回

提供元:CareNet.com

本連載は、臨床研究のノウハウを身につけたいけれど、メンター不在の臨床現場で悩める医療者のための、「実践的」臨床研究入門講座です。臨床研究の実践や論文執筆に必要な臨床疫学や生物統計の基本について、架空の臨床シナリオに基づいた仮想データ・セットや、実際に英語論文化した臨床研究の実例を用いて、解説していきます。

 

学会抄録締切前に良くある? 風景

指導医A:
そろそろ〇〇学会の抄録締切だね。
外来の慢性腎臓病患者さんに対する食事療法のデータも集まってきたし、何か演題出せないかな。

専攻医B:
データ・セットはもうあるのですか?

指導医A:
うん、このUSBに途中までは入力してあるから、足りないところは補って統計解析してみてよ。

専攻医B:
ところで、何について統計解析すれば良いのですか?

指導医A:
そうだなぁ。あまりよく考えてないけれど、“食事療法と患者予後”みたいな感じでどうかな。
それで、どうにか有意差出してみてよ。よろしくね!

専攻医B:
わかりました、やってみます…(病棟業務で忙しいのに…泣)

 学会抄録締切直前になると、日本全国の病棟や医局でこのような風景がよくみられるのではないでしょうか。 この架空のシナリオに登場した指導医A先生の発言には、丸投げ感満載の若干パワハラ(アカハラ?)チックな面は置いておくとしても、キチンとした臨床研究を実践するうえで、いくつかの問題点があります。

 

クリニカル・クエスチョンとリサーチ・クエスチョン

 クリニカル・クエスチョン(CQ)とは臨床現場で日々生じる「漠然とした臨床上の疑問」です。指導医A先生は「“食事療法と患者予後”みたいな感じ」と言っているので、“食事療法と患者予後”について何かCQを持っているのかもしれません。たとえば、「食事療法を遵守すると慢性腎臓病患者の腎予後は本当に改善するのだろうか」というような。

 リサーチ・クエスチョン(RQ)はこの「漠然とした臨床上の疑問」であるCQを「具体的で明確な研究課題」に落とし込んだものです。別の言い方をすれば、RQとは「臨床研究で明らかにしたい臨床上の疑問を、具体的かつ明確に示した短い文」です。典型的なRQは「ある疾患を有する患者にAという治療を行った場合と、行わなかった場合を比較して生命予後に違いがあるだろうか?」というような疑問文の形をとることが多いです。

 また、RQは以下の4つの要素によって構成されることが一般的です。

Patients(対象)
Exposure(曝露要因)もしくはIntervention(介入)
Comparison(比較対照)
Outcome(アウトカム)

 これらの4つの要素は頭文字を並べてPECOまたはPICOと呼ばれます。このPE(I)COは「漠然とした臨床上の疑問」であるCQを「具体的で明確な研究課題」であるRQに「流し込む」際の、代表的な「鋳型」になります。また、この「鋳型」は臨床研究立案だけでなく臨床研究論文を読み解く際にも有用なツールとなりますので、PE(I)COの要素を意識しながら論文を読んでいただくと良いと思います。

 

臨床上の疑問の定式化:PE(I)CO

 指導医A先生の「“食事療法と患者予後”みたいな感じ」のままでは箸にも棒にもかかりません。この発言を忖度して、前述のとおり推察して考えた仮のCQを「食事療法を遵守すると慢性腎臓病患者の腎予後は改善するのだろうか」、としたとします。このCQをもとに、丸投げされてかわいそうな専攻医B先生の身になって、まずはざっくりとRQの典型的な「鋳型」であるPE(I)COへ「流し込む」ことを考えてみましょう。この手順を「臨床上の疑問の定式化」とも言います。

CQ:食事療法を遵守すると慢性腎臓病患者の腎予後は改善するのだろうか

P:慢性腎臓病患者
E:食事療法の遵守
C:食事療法の非遵守
O:腎予後

 このように、ざっくりとしたRQ(PECO)を立てたあとは、PECOそれぞれの要素を具体的かつ明確なカタチに磨き上げる必要があります。次回は、RQをブラッシュアップする過程について解説します。

 


【 参考文献 】

1)福原俊一. 臨床研究の道標 第2版. 健康医療評価研究機構;2017.
2)木原雅子ほか訳. 医学的研究のデザイン 第4版. メディカル・サイエンス・インターナショナル;2014.
3)矢野 栄二ほか訳. ロスマンの疫学 第2版. 篠原出版新社;2013.
4)中村 好一. 基礎から学ぶ楽しい疫学 第4版. 医学書院;2020.

講師紹介

harasense

長谷川 毅 ( はせがわ たけし ) 氏
昭和大学統括研究推進センター研究推進部門 教授
昭和大学医学部内科学講座腎臓内科学部門/衛生学公衆衛生学講座 兼担教授
福島県立医科大学臨床研究イノベーションセンター 特任教授

[略歴]
1996年昭和大学医学部卒業。
2007年京都大学大学院医学研究科臨床情報疫学分野(臨床研究者養成コース)修了。
都市型および地方型の地域中核病院で一般内科から腎臓内科専門診療、三次救急から亜急性期リハビリテーション診療まで臨床経験を積む。その臨床経験の中で生じた「臨床上の疑問」を科学的に可視化したいという思いが募り、京都の公衆衛生大学院で臨床疫学を学び、米国留学を経て現在に至る。


バックナンバー

59. 生存時間分析 その5

58. 生存時間分析 その4

57. 生存時間分析 その3

56. 生存時間分析 その2

55. 生存時間分析 その1

54. 線形回帰(重回帰)分析 その5

53. 線形回帰(重回帰)分析 その4

52. 線形回帰(重回帰)分析 その3

51. 線形回帰(重回帰)分析 その2

50. 線形回帰(重回帰)分析 その1

49. いよいよ多変量解析 その2

48. いよいよ多変量解析 その1

47. 何はさておき記述統計 その8

46. 何はさておき記述統計 その7

45. 何はさておき記述統計 その6

44. 何はさておき記述統計 その5

43. 何はさておき記述統計 その4

42. 何はさておき記述統計 その3

41. 何はさておき記述統計 その2

40. 何はさておき記述統計 その1

39. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップ‐E(要因)およびC(比較対照)設定の要点と実際 その2

38. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップ‐E(要因)およびC(比較対照)設定の要点と実際 その1

37. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップ‐O(アウトカム)設定の要点と実際 その2

36. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップ‐O(アウトカム)設定の要点と実際 その1

35. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップーP(対象)設定の要点と実際 その2

34. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップーP(対象)設定の要点と実際 その1

33. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その8

32. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その7

31. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その6

30. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その5

29. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その4

28. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その3

27. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その2

26. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その1

25. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その5

24. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その4

23. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その3

22. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その2

21. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その1

20. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 学術誌、論文、著者の影響力の指標 その3

19. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 学術誌、論文、著者の影響力の指標 その2

18. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 学術誌、論文、著者の影響力の指標 その1

17. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー CONNECTED PAPERSの活用 その3

16.リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー CONNECTED PAPERSの活用 その2

15. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー CONNECTED PAPERSの活用 その1

14. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー コクラン・ライブラリーの活用 その3

13. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー コクラン・ライブラリーの活用 その2

12. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー コクラン・ライブラリーの活用その1

11. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー UpToDateの活用その2

10. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー UpToDateの活用その1

9. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 文献管理その3

8. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 文献管理その2

7. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 文献管理その1

6. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 診療ガイドラインの活用その3

5. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 診療ガイドラインの活用その2

4. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 診療ガイドラインの活用その1

3. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビューその2

2. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー その1

1. 臨床上の疑問とリサーチ・クエスチョン

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第28回日本乳癌学会学術総会 会長インタビュー

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出演:愛知県がんセンター副院長兼乳腺科部長 岩田 広治氏

2020年10月9日より、第28回日本乳癌学会学術総会がバーチャル開催される。総会の主題は「We Can Do ~making better future~」である。 会長の愛知県がんセンター副院長兼乳腺科部長 岩田 広治氏に総会の趣旨と見どころについて聞いた。

 

総会概要

 

会長特別企画、緊急特別企画etc

 

MeetTheExpert、ポスターツアーetc

 

オフィシャルプログラム、おもてなし企画etc

 

レポーター紹介

岩田 広治 ( いわた ひろじ ) 氏
愛知県がんセンター病院 副院長・乳腺科部長


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ESMO2020速報 乳がん

harasense

|企画・制作|ケアネット

2020年9 月18 ~21日に開催されたESMO Virtual Congress2020の乳がんトピックを、がん研究会有明病院 原 文堅氏が速報レビュー。


レポーター紹介

harasense

原 文堅 ( はら ふみかた ) 氏
がん研究会有明病院 乳腺センター


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海外研修留学便り EORTC留学記(高橋 侑子氏)[第5回]

[ レポーター紹介 ]
高橋 侑子(たかはし ゆうこ)

2010年03月 岡山大学 医学部医学科卒業
2010年04月 亀田総合病院 ジュニアレジデント
2012年04月 聖路加国際病院 乳腺外科 シニアレジデント
2015年04月 聖路加国際病院 乳腺外科 フェロー
2016年05月 岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科 呼吸器・乳腺内分泌外科学
2018年10月 国立がん研究センター中央病院 JCOG運営事務局 レジデント
2019年08月 European Organisation for Research and Treatment of Cancer (EORTC) フェロー

 ヨーロッパ最大の多施設共同臨床研究グループEORTC(European Organisation for Research and Treatment of Cancer)に留学中の高橋 侑子氏に、fellowとしての研修の日々、大規模臨床試験を推進する現場からのリアルな情報をレポートいただきます。

 

日本と欧州、試験推進の実務で感じる違い

 私の場合は、留学前に事前にJCOGで臨床試験の基本的な運用について研修させて頂いていたこともあり、実務については日本での臨床試験の運用と大きなギャップを感じることは少ないです。立案から試験開始までの準備段階は日本の試験と違いはほとんどないように思います。しかしながら、EORTCでは立案されたコンセプトの科学的妥当性に関して複数回外部からの審査があります。この点も日本のJCOGなどの臨床試験グループと同様ではありますが、EORTCの方が内部審査、外部審査合わせてステップが多いように感じています。欧州は日本と異なり、薬事承認申請の有無に関わらず、すべての臨床試験がICH-GCPに準拠して行われています。
 また、試験準備から実際に患者登録が開始されるまでには、前回の記事で記載したように、国際共同試験であることから、各国の臨床試験に対する規制等により、患者登録までの期間は日本より長期間を要します。実際に、試験によっては、試験開始し1例目が登録されてからすべての国の施設が登録開始できる状況になるまで年単位でかかることもあります。この点は、国際共同試験の利点である一方、欠点でもあると感じています。

COVID- 19による変化にはプラスの側面も

 今年はCOVID- 19の影響で、EORTCの勤務体制も大幅に変わってしまいました。ほとんどのスタッフは2019年3月から完全在宅勤務になりました。しかしながら、EORTCが国際組織であることから、以前よりオンライン上での会議が多く、IT環境が元々大変充実していたので、完全在宅勤務でも、3月以前と仕事上はほとんど大きく変わらずスタッフ皆業務を継続できています。世界情勢が落ち着くまではしばらくこの状況が続くものと思われます。
 EORTCはスタッフが世界中から集まる国際組織であり、また、EUだけでなく、米国、カナダや日本、韓国などとの共同試験も多数実施されています。現在、物理的に国際的に人が行き来することが難しい状況ですが、コミュニケーション上の利点も多くあると思います。実際にほぼすべてのEORTCが主催していた国際会議がオンライン会議に切り替わったことから、日本の研究者がEORTCの会議に参加する機会も増えました。

臨床研究組織への留学の魅力とは?

 私自身はEORTCの研修が現時点で約1年経過し、日々の業務の中で国際共同試験を実施する難しさを実感するとともに、国際的な環境に身を置くことでEUや米国での考え方の違い、また、日本を含めアジアの臨床試験に対して客観的に考えるようになりました。新規試験立案時などは、「国際的な観点ではこの試験案はどうだろう?」と常に考えるようになりました。これは、EORTCへ留学しなければ得られなかった視点だと思っています。また、EORTCはICH-GCPをすべてのスタッフが遵守するよう半年以上のトレーニングを全職員に課します。この系統的な臨床研究に関する教育を受けられたことは私にとっては大変勉強になりました。
 EORTCなど臨床研究組織への留学は比較的珍しいと思うのですが、日本では学べない国際的視点を養うという点で、今後臨床試験を実施し日本から新たなエビデンスを発信することに興味のある先生方に特に留学をお勧めしたいと思っています。


海外研修留学便り EORTC留学記(高橋 侑子氏)のその他の記事はこちら

海外研修留学便り EORTC留学記(高橋 侑子氏)[第4回]

海外研修留学便り EORTC留学記(高橋 侑子氏)[第3回]

海外研修留学便り EORTC留学記(高橋 侑子氏)[第2回]

海外研修留学便り EORTC留学記(高橋 侑子氏)[第1回]

 


海外研修留学便り 【米国留学記(藤井 健夫氏)】第1回

[ レポーター紹介 ]
藤井 健夫(ふじい たけお )

2007年     信州大学医学部卒業
2007-2008年 在沖縄米国海軍病院インターン
2008-2010年 聖路加国際病院初期研修
2010-2013年 聖路加国際病院内科後期研修、チーフレジデント、腫瘍内科専門研修
2013-2015年 MPH, University of Texas School of Public Health/Graduate Research Assistant, University of Texas MD Anderson Cancer Center, Department of Breast Medical Oncology
2015-2016年 Clinical Fellow, University of Texas MD Anderson Cancer Center, Department of Investigational Cancer Therapeutics (Phase I clinical trial department)
2016-2019年 Internal Medicine Resident, University of Hawaii/Research Fellow, University of Hawaii Cancer Center (Ramos Lab)
2019年-現在  Medical Oncology Fellow (Translational Research Track), Cold Spring Harbor Laboratory (Egeblad Lab)/Northwell Health Cancer Institute

  テキサス大学MDアンダーソンがんセンターとハワイ大学でのレジデント、フェロー等の経験を経て、現在はCold Spring Harbor Laboratoryで腫瘍内科のフェローとして勤務する藤井健夫氏に、留学後のキャリアプランニングの考え方や、教育プログラム・診療の日米間での違いについて4回にわたってレポートいただきます。第1回ではご自身が留学を決めた経緯から、留学後のキャリアプランと選択肢についてお伺いしました。

 

第1回:留学をプロセスの1つと考えたとき、その後にはどんな選択肢があるのか?

 ニューヨークにあるCold Spring Harbor Laboratory/Northwell Health Cancer Instituteのプログラムで、腫瘍内科のフェローを行っている藤井健夫と申します。Translational Research Track Programのフェローであり、今年の6月に専門医取得に必要な1年間の臨床研修期間を終え、現在は週に半日の外来以外はCold Spring Harbor Laboratoryで乳がんの転移とTumor Microenvironmentに関する基礎研究を行っています。今回は米国での臨床留学を志した経緯や理由、その準備についてまとめるとともに、留学というプロセスの後にどのような進路があるのかなどキャリアプランニングについて、私の経験を基にお話ししたいと思います。

なぜ、米国での臨床留学を目指したか

 そもそも私が臨床留学を目指したきっかけは(恥ずかしながら)非常にシンプルでありました。医学生の頃より漠然とがんの化学療法に興味はあったもののはっきりとしたビジョンはなく、医学部4年生の時に基礎教室に配属されるカリキュラムを利用してフィラデルフィアに7週間滞在した際、偶然にも当時内科のインターンをしていた日本人の先生と出会い、「日本人が米国で臨床をする」ということと「腫瘍内科」というがん種を問わずに全身治療を学ぶトレーニングがあることを知りました。その後、当時聖路加国際病院のブレストセンター長であった中村清吾先生のご紹介で米国の腫瘍内科を実際に見学する機会も頂き、当時の日本では腫瘍内科という概念はいまほど根付いていなかった状況の中で、これこそが自分のやりたいことであると確信したのでした。この時点では臨床医としての腫瘍内科医のイメージしかないのですが、自分の目指すものはその後大きく変化してきたことは後述したいと思います。

 その後、私自身が行った臨床留学の準備については失敗も含めて書ききれないほどあるのですが、語学や資格試験の準備の他には、「留学のノウハウを知っている人とのつながりを広げる」ということを積極的に行いました。この時に出会った方々のアドバイスや助けがなければ、今の自分はなかったと思います。

日本に帰るか米国に残るか、考えられる選択肢は

 多くの先生方にとって留学はあくまでプロセスであり、渡米の時点では日本に帰ることを想定していると思います。その場合の目的は、日本では体系的に学ぶ機会が少ないものを学ぶこと、アクティビティの高い研究室で研究、技術、論文作成の手法を学び実際に論文を書くことなどが多いかと思います。帰国後のプランも比較的見えやすいかと思います。一方で、(私を含めて)帰国することを想定していない留学もあるかと思います(この場合はもう留学とは呼べないのかもしれませんが…)。研究留学で米国に来た場合も、そこで認められ成果が出たりグラント取得などができればそのままリサーチファカルティとして米国に残るという道もあるかもしれません。米国の製薬会社の研究職に就職するという話も耳にしたことがあります(当然VISAの問題は大きく関わってくるのですがここでは字数の関係で割愛させていただきます)。

 一方、臨床留学で来た場合は、トレーニングを終えた後に臨床医として残るという選択肢と、研究者(ここでは自分の研究室を持ちリサーチをメインにしているMDを想定しています)として残る道があります。また、帰国する際は、国が違うのでシステムも随分違い、こちらでの臨床医としての役割や求められるものが日本と異なる部分も多くあります。そのあたりの違いに関連した苦労話は耳にすることもあります。私自身の現在の研究と臨床のバランスや将来像に関しては、次回以降で述べたいと思います。


海外研修留学便り MDアンダーソン留学記 (喜多 久美子氏)[第4回]

[レポーター紹介 ]
喜多 久美子(きだ くみこ)

[ 主な経歴 ]
横須賀共済病院 初期臨床研修修了
横須賀共済病院 外科後期研修修了
北里大学病院 形成外科
横浜市立大学附属市民総合医療センター 乳腺・甲状腺外科
横浜市立大学大学院医学研究科博士課程修了
聖路加国際病院乳腺外科クリニカルフェロー
テキサス大学MDアンダーソンがんセンター Breast Medical Oncology Postdoctoral Fellow  

 テキサス大学MDアンダーソンがんセンター乳腺腫瘍科に研究留学した喜多久美子氏に、留学までの経緯や現地での研究内容、日米の臨床や研究体制の違いなどについて4回にわたってレポートいただきます。 最終回となる第4回では、研究留学生の生活、米国での医療者の働き方、テキサスでの生活、留学を志す方へのアドバイスについてお伺いしました。

第4回:テキサスでの生活、米国での医師の働き方

 


海外研修留学便り MDアンダーソン留学記 (喜多久美子氏)のその他の記事はこちら

海外研修留学便り「喜多久美子 氏 (MDアンダーソン <テキサス>)」[第3回]

海外研修留学便り「喜多久美子 氏 (MDアンダーソン <テキサス>)」[第2回]

海外研修留学便り「喜多久美子 氏 (MDアンダーソン <テキサス>)」[第1回]

 


乳がん診療における人工知能の活用について(中村清吾氏 / 高野敦司氏 )

 乳がん診療における人工知能の活用について、昭和大学病院 乳腺外科教授/昭和大学病院ブレストセンター長の中村清吾氏と、日本アイ・ビー・エム株式会社グローバル・ビジネス・サービス事業 ヘルスケア・ライフサイエンス事業部の高野敦司氏にご対談いただきます。

 ワトソンはどの様な人工知能か?人工知能の乳がん診療における役割、活用方法とは?
活用・未活用が与える臨床現場への影響など、乳がん診療と人工知能のこれからについてを伺い知れる内容になっております。

 

乳がん診療における人工知能の活用

 

[演者紹介]

中村 清吾(なかむら せいご)

[所属・役職]
昭和大学病院 乳腺外科教授/昭和大学病院ブレストセンター長

[学会・役職]
日本乳癌学会理事長
日本外科学会理事
NPO法人日本乳腺甲状腺超音波医学会(JABTS)監事
NPO法人日本HBOCコンソーシアム理事長
NPO法人日本乳がん情報ネットワーク代表理事
日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会副理事長
日本癌治療学会代議員
日本医学会評議員
Breast Surgery International (BSI)カウンシルメンバー


高野 敦司 (たかの あつし)

[所属]

日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業
ヘルスケア・ライフサイエンス事業部

アソシエイツパートナー

 


 

バックナンバー

4 デジタルパソロジーの現在と今後の展望「飯塚 統 氏 / 中村 清吾 氏」【後編】

3 デジタルパソロジーの現在と今後の展望「飯塚 統 氏 / 中村 清吾 氏」【前編】

2 臨床応用近づく 乳房超音波診断へのAIの導入~展望と課題「林田 哲 氏 / 中村 清吾 氏」

1 乳がん診療における人工知能の活用について「中村 清吾 氏 / 高野 敦司 氏」

海外研修留学便り MDアンダーソン留学記 (喜多久美子氏)[第3回]

[レポーター紹介 ]
喜多 久美子(きだ くみこ)

[ 主な経歴 ]
横須賀共済病院 初期臨床研修修了
横須賀共済病院 外科後期研修修了
北里大学病院 形成外科
横浜市立大学附属市民総合医療センター 乳腺・甲状腺外科
横浜市立大学大学院医学研究科博士課程修了
聖路加国際病院乳腺外科クリニカルフェロー
テキサス大学MDアンダーソンがんセンター Breast Medical Oncology Postdoctoral Fellow  

 テキサス大学MDアンダーソンがんセンター乳腺腫瘍科に研究留学した喜多久美子氏に、留学までの経緯や現地での研究内容、日米の臨床や研究体制の違いなどについて4回にわたってレポートいただきます。 第3回では、受診者の日米差異、医師・患者のディスカッション、電子カルテや自動音声入力の活用、スタッフ配置の効率化についてお伺いしました。

第3回:MDアンダーソンでの乳がん治療の最前線

 


ASCO2020レポート 乳がん

提供元:CareNet.com

レポーター:下村 昭彦氏(国立国際医療研究センター がん総合診療センター 乳腺・腫瘍内科)

 2020年5月29日から6月2日まで5日間にわたり、ASCO2020が例年どおりシカゴマコーミックプレイスで開催される予定であった。しかしながら、COVID-19の流行により、今年は初のVirtual Annual Meetingが行われた。5月29日より一般演題やポスターはオンデマンドで視聴できるようになり、ハイライトセッションおよびプレナリーセッションは、ライブ配信+オンデマンドで視聴できた。2020年のテーマは“Unite & Conquer: Accelerating Progress Together”であった。プレナリーセッションを中心に、標準治療が変わる演題が多数報告された。乳がんにおいてもプレナリーセッション1題、口演17演題が発表され、標準治療を変えるもの、標準治療を変えないものの長年の臨床的疑問に一定の答えを出すものが発表された。乳がんの演題について、プレナリーセッションの1題、Local/Adjuvant口演から1演題、Metastaticから2演題を紹介する。

初発IV期乳がんに対する原発巣切除の全生存期間に対する影響(E2108試験)

 日常臨床においては初発IV期乳がんに対して原発巣切除が行われている場合もある。後ろ向き研究では切除した場合に全生存期間が良好な傾向が示されているが、バイアスを含んでおり前向き試験が複数計画された。

 インドで行われた試験では、全身治療を行った後に手術群と非手術群にランダム化された。この試験では全生存期間(overall survival:OS)の差は認められなかった。さらに、トルコで行われた試験では全身治療前にランダム化され手術群で5年生存割合が良好な傾向を認めた。このように相反する結果であり、原発巣切除の意義については結論が出ていない状況であった。

 E2108試験は1次登録をした後に4〜8ヵ月の全身治療を行い、病勢進行が認められなかった症例を手術群と全身治療継続群に1対1にランダム化された。368例が登録され、258例がランダム化され、125例が手術群に、131例が全身治療継続群に割り付けられた。主要評価項目はOSで、53ヵ月の観察期間中央値で、生存期間中央値が54ヵ月、ハザード比1.09(90%CI:0.80~1.49、p=0.63)で両群間に有意差は認められなかった。副次評価項目の無増悪生存期間(progression-free survival:PFS)でも両群間の差は認められず、生存曲線もほぼ重なっている状態であった。サブタイプ別のサブグループ解析ではホルモン受容体陽性HER2陰性、HER2陽性では差を認めなかったが、トリプルネガティブ乳がん(triple negative breast cancer:TNBC)ではハザード比3.50(95%CI:1.16~10.57)で、手術群で有意に悪かった。これはおそらく進行の速いTNBCにおいては全身治療の継続が重要であるということを示唆しているのであろう。局所の病変進行については手術群で良好な傾向であった。QOLは両群で変化がなかった。

 今回の試験はネガティブであったが、この結果をもって初発IV期乳がんに対する原発巣切除に意義がないと判断することはできない。E2108は開始後に進捗が悪く、プロトコール改訂が行われサンプルサイズが減らされた。JCOG1017(研究事務局:岡山大学 枝園 忠彦氏)は同様の試験であるが、570例が1次登録され、全身治療で進行しなかった407例がランダム化されている。また、ランダム化までの期間が日常臨床で効果判定を行うことの多い3ヵ月に設定されている。JCOG1017の試験結果が得られた後に、あらためてこれまでの試験を総括し、原発巣切除の意義について議論する必要があるだろう。

HER2陽性乳がんの術後化学療法におけるT-DM1+ペルツズマブとトラスツズマブ+ペルツズマブ+タキサンの比較第III相試験(KAITLIN試験)

 HER2陽性乳がんにおけるペルツズマブの術後化学療法における上乗せ効果はAPHINITY試験で示されており、リンパ節転移陽性であればペルツズマブを上乗せすることが現在の標準治療となっている。本試験は、トラスツズマブに微小管阻害薬であるエムタンシンを結合した抗体医薬複合体であるT-DM1の術後化学療法における有用性(トラスツズマブ+タキサンと置き換えることが可能であるか)を検証した第III相試験である。

 本試験ではHER2陽性でリンパ節転移陽性(N+)もしくはリンパ節転移陰性でホルモン受容体陰性かつT2以上の症例を対象として、1,846例が3~4サイクルのAC療法とトラスツズマブ+ペルツズマブ+タキサン(THP群)またはT-DM1+ペルツズマブ群(KP群)にランダム化された。主要評価項目はリンパ節転移陽性例およびITT集団における無浸潤疾患生存(invasive disease-free survival:IDFS)の2つとされた。

 918例がTHP群、928例がKP群に割り付けられた。約90%がN+であった。腫瘍経はT1が約30%、T2が約60%であった。ホルモン受容体は56%程度で陽性であった。1つ目の主要評価項目であるN+における3年IDFSはTHP群で94.1%、KP群で92.8%(HR:0.97、95%CI:0.71~1.32、p=0.8270)でありKP群の優越性は示せなかった。ITT集団でも同様の結果であった。PROではKP群で良好な傾向を認めたが、有害事象中止、グレード3/4の肝障害、神経障害はKP群で多かった。心毒性はTHP群で多かった。本試験は2014年の1月から2015年の6月まで登録されている。T-DM1とタキサン+トラスツズマブをHER2陽性転移乳がんの初回治療で検討したMARIANNE試験は2015年に最初の解析結果が発表されており、T-DM1のタキサン+トラスツズマブに対する優越性は示せていなかった。

 イベントの多く発生する転移乳がんにおいてネガティブであったことを考えると、よりハイリスクのN+が多く含まれるとはいえ、術後のセッティングで優越性を示すことは困難であったと予想される。また、APHINITY試験のときにも感じたことであるが、HER2陽性早期乳がんの予後はかなり良くなっているため、このセッティングにおける術後治療のエスカレーションは限界が来ていると考えても良いかも知れない。今後はKATHERINE試験やTNBCにおけるCREATE-X試験などのように、術前治療で治療感受性を判断し、治療効果が不十分な対象に対して別の治療アプローチを行うことがエスカレーションにおいては重要であろう。

TNBC1次治療における化学療法へのペムブロリズマブの上乗せ(KEYNOTE-355試験)

 2018年の欧州臨床腫瘍学会でTNBC1次治療におけるアルブミン結合パクリタキセル(nab-PTX)に対する抗PD-L1抗体であるアテゾリズマブの上乗せを検討したIMpassion130試験の結果が発表され、ITT集団とPD-L1陽性群においてPFSの延長を示し、PD-L1陽性群におけるOS延長の期待が示された。これを受けて、わが国においてもPD-L1陽性TNBCに対しアテゾリズマブが承認された。他がん種ではすでに広く使われるようになっていた免疫チェックポイント阻害薬が、乳がんの日常臨床に登場した。

 ペムブロリズマブは抗PD-1抗体であり、TNBC初回化学療法へのペムブロリズマブの有効性を検証した試験がKEYNOTE-355試験である。847例がランダム化され、566例がペムブロリズマブ群に、281例がプラセボ群に2対1に割り付けられた。化学療法として、タキサン(nab-PTXまたはパクリタキセル)およびゲムシタビン+カルボプラチンが許容され、それぞれ約45%と55%であった。割り付け調整因子にPD-L1陽性細胞割合(CPS)1%以上または未満が含まれた。主要評価項目はPD-L1陽性集団(CPS≧1%および10%)とITT集団におけるPFS、ならびに同OSとされた。両群において、CPS≧1%は約75%、CPS≧10%は40%弱であった。

 CPS≧10%集団において、PFSは9.7ヵ月vs.5.6ヵ月(HR:0.65、95%CI:0.49~0.86、p=0.0012)と統計学的有意差をもってペムブロリズマブ群で良好であった。CPS≧1%集団においては7.6ヵ月vs.5.6ヵ月(HR:0.74、95%CI:0.61~0.90、p=0.0014※)と統計学的有意差は示せなかった。ITT集団においてもペムブロリズマブの上乗せを示すことはできなかった。有害事象のプロファイルは両群間で大きな差は認めなかったが、甲状腺機能障害や肺臓炎など、免疫関連有害事象と考えられるものについてはペムブロリズマブ群で多い傾向にあった。これは、これまでに他がん種でみられた、もしくはTNBCにおけるアテゾリズマブでみられたものと同様の傾向であった。本試験の結果を受けて、TNBC初回治療の際にはアテゾリズマブまたはペムブロリズマブを化学療法と併用することが選択肢として加わった。これら2剤はPD-L1の評価方法が異なっていることに注意が必要である。

 また、アテゾリズマブ、ペムブロリズマブいずれもTNBCに対する術前化学療法に併用することで病理学的完全奏効率を改善することが示されており、将来術前(および術後)に免疫チェックポイント阻害薬を使用した後に再発した場合、どのような治療戦略を取っていくかが今後の課題の一つとなる。

※p<0.00111で有意

ホルモン受容体陽性HER2陰性進行・再発乳がん1次治療におけるフルベストラント+パルボシクリブとレトロゾール+パルボシクリブを比較するランダム化第II相試験(PARSIFAL試験)

 ホルモン受容体陽性HER2陰性進行・再発乳がんの1次治療においては、アロマターゼ阻害薬(AI)とCDK4/6阻害薬(パルボシクリブ[Palbo]、アベマシクリブ、ribociclib)の併用がPFSを延長することが示されており、現在の標準治療となっている。また、内分泌療法で進行した場合、2次治療でフルベストラント(Ful)とCDK4/6阻害薬の併用が標準治療である。内分泌療法単剤では初発IV期乳がんを対象とした第III相試験であるFALCON試験においてFulとAI(アナストロゾール)が比較され、ITT集団でFulがAIと比較してPFSにおいて優っていることが示された。

 これらの試験結果から、1次治療においてCDK4/6阻害薬と併用すべきはAIか、それともFulであるか、という臨床疑問が生まれた。PARSIFAL試験はこの仮説の可能性を探ることを目的として計画されたランダム化第II相試験である。転移・再発乳がんに対する治療歴のない症例が対象となり、486例がFul+Palbo群243例とレトロゾール(LET)+Palbo群243例に1対1に割り付けられた。閉経前も登録可能で、卵巣機能抑制の併用が求められたが、割合としては7〜8%しか含まれなかった。PFSにおいてFul+Palbo群で9.3ヵ月の上乗せを仮定し、優越性を検証するデザインとされたが、優越性が検証できなかった場合には非劣性(非劣性マージン1.21)を検証するとされた。主要評価項目である研究者評価PFSにおいて、LET+Palbo群で32.8ヵ月、Ful+Palbo群で27.9ヵ月(HR:1.13、95%CI:0.89~1.45、p=0.321)であり、優越性はおろか、非劣性を示すこともできなかった(95%CIの上限が非劣性マージンである1.21を上回っている)。FALCON試験においてはサブグループ解析において臓器転移がある場合は有意差がなく、臓器転移がない場合に有意であったことから同様の解析が行われたが、いずれも差は認めず、臓器転移がある場合にはLET+Palboで良い傾向を認めた。再発と初発IV期のサブグループ解析でも両群間の差は認めなかった。副次評価項目である3年OSにおいて、LET+Palbo群で77.1%、Ful+Palbo群で79.4%(HR:1、95%CI:0.68~1.48、p=0.986)であり、こちらも両群間の差は認めなかった。有害事象も大きな差はみられなかった。Ful+CDK4/6阻害薬は初回治療として最強なのではないか、と期待して行われた第II相試験であるが、残念ながらその傾向を感じることすらできなかった。サブグループ解析では前治療(すなわち術後治療)としてAIが行われていた場合にFul+Palboが良い傾向を示したが(有意差なし)、これはAIに長期に曝露されることで約30%程度でESR1の変異を獲得するからと考えられる。

 AIによる治療歴がないとESR1の変異は数%でしか検出されない。エストロゲン受容体そのものの発現量を減らすというFulの作用機序は、ホルモン感受性が低下してから本領を発揮するのかもしれない。


レポーター紹介

下村 昭彦 ( しもむら あきひこ ) 氏
国立国際医療研究センター がん総合診療センター 乳腺・腫瘍内科