CoBrCa2019 レポート

[ レポーター紹介 ]

松柳 美咲 (まつやなぎ みさき) 氏
昭和大学病院 乳腺外科 助教

 2019年9月4~6日の3日間にわたり、米国・サンフランシスコで5th World Congress on Controversies in Breast Cancer (CoBrCa)が開催されました。CoBrCaは通常の学会とは形式が異なり、多くの臨床医が診療上で遭遇する疑問点に対し、それぞれの分野のエキスパートが登壇して“Yes”、“No”それぞれの立場に分かれてエビデンスに基づいたディベートを行います。扱うトピックは、外科治療、薬物治療、放射線治療、画像診断、病理診断、乳房再建といった広範囲にわたっています。
 これまで、1回目はスペイン、2回目はオーストラリア、3回目は日本、4回目はオーストラリアで開催されてきました。今年で5回目の開催となり、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)主催の下、メインテーマは“When is Less More?”でした。患者のリスク因子を層別化し、de-escalationとescalationをどのように行っていくかというセッションが多くみられました。

19の課題について賛成・反対を議論

 3日間で19のセッションがあり、各セッション4~6人のdiscussantが活発な議論を行いました。どのテーマも、エキスパートの中でも意見が分かれるであろうものが多く、最新のエビデンスや今後の課題などが挙げられました。

 “ほとんどのDCISは精査の対象とすべきではないのか”、“ACOSOG Z0011(Z11)とAMAROS試験の結果によらず、センチネルリンパ節生検陽性で腋窩リンパ節郭清を行うべき症例はあるのか”、“免疫チェックポイント阻害薬は転移のあるトリプルネガティブ乳がんのstandardとなるのか”、 “CDK4/6阻害薬は転移のあるホルモン陽性乳がんの1st line治療とすべきか”、 “RCTのみが日常臨床を変える方法となるのか”など、大変興味深いテーマが多くありました。最終セッションは、“Vision for breast cancer 2025”で締めくくられました。
 本稿では、ゲノム医療とHER2陽性乳がんについて、それぞれのセッションでの議論をご紹介します。


1 ゲノム医療

パネル検査は多くの患者に必要? それとも意義なし?
[テーマ:That most patients with breast cancer should be panel tested]
 Yesでプレゼンテーションを行ったのは、「MammaPrint」の開発に携わったUCSFのvan’t Veer博士で、乳がんの罹患リスク上昇に関わる遺伝子異常の相対リスクや頻度についての報告を行いました。遺伝子検査の目的としては、2nd cancer riskを考慮した術式選択の決定、術前化学療法の効果予測、サーベイランスを行ううえでの再発リスク評価を挙げたうえで、「今の時代は患者個人が自分の遺伝子について当然知るべきである」と発言しました。

 Noの立場からは、パネル検査は病的意義を持たないvariant of uncertain significance(VUS)が多く、pathogenic variant(PV)は比較的稀であることが挙げられました。また、近年VUS/PVの誤った解釈が、とくに術式選択の場面で行われている現状について報告が挙げられています。KurianらによるアメリカSEERデータベースを使用した乳がん症例(全例で遺伝子検査を施行)の報告では、BRCA1/2の遺伝子異常のある患者で両側乳房切除が行われた患者は57.5%であったが、遺伝子異常がない患者でも23.6%、ATMCHEK2PALB2などの乳がん発症において中等度の発症リスクとなる遺伝子のPVでも34.0%の患者で両側乳房切除が行われており、over surgeryとなっている現状があります。さらにこの研究ではホルモン陽性、21遺伝子アッセイでRS<18の再発低リスクとされる患者で、36.5%と高率に化学療法が行われていたことについても報告されています(遺伝子異常がない患者では23.0%に化学療法が行われていた)。

遺伝子異常の有無によって予防的切除を判断すべきか
[テーマ:That all gene carries with early breast cancer should have a bilateral mastectomy]

  Yesの立場からは、BRCA1/2遺伝子異常を持つ患者の場合、2nd cancer riskの発症が高率である点(20年間の追跡の結果、対側の乳がん発症率はBRCA1異常で28~40%、BRCA2遺伝子異常で16~26%と報告されている)、また、費用対効果の面からMRIサーベイランスより予防的切除のほうが優れるとする報告がある点から、両側乳房切除を推奨すべきと意見されていました。
 Noの立場からは、乳房切除による患者の心理的負担を考慮したうえでMRIによる1年ごとのサーベイランスを行えば、予防切除を行った患者と比較し10年間のOSに差はないという報告が挙げられていました。

2.HER2陽性乳がん

抗HER2補助療法の併用は必要か? 逆にde-escalationできるケースとは?
[テーマ:All high risk adjuvant HER2 patients receive dual antibody therapy]

 Yesの立場からは、HER2陽性乳がんを対象とした術後補助療法において、化学療法+トラツズマブにペルツズマブを上乗せするペルツズマブ群とプラセボ群の無作為割り付け比較を行ったAPHINITY試験について言及されていました。3年の時点でのIDFSはペルツズマブ群92.0%に対し、プラセボ群では90.2%という結果でした(ハザード比:0.77、95%信頼区間:0.62~0.96、p=0.02)。サブグループ解析の結果からは、リンパ節転移陽性、ホルモン陰性、閉経後、65歳以上で有意差がみられました。
 Noの立場からは、パクリタキセル+トラツズマブ併用療法について検討したAPT試験の結果が挙げられていました。低リスクのHER2陽性乳がん(pT1、N0)を対象とし、7年のOSは95.0%(95%信頼区間:0.95~0.99)と良好であったことが報告されており、de-escalatingすべきと発言しています。

 もう1つのセッションでは、HER2陽性乳がんにおける抗HER2補助療法の短縮化についてディベートされました。2019年6月Lancet誌で報告されたPHARE試験の結果では、7.5年時点の解析における、トラツズマブ12ヵ月群に対するトラツズマブ6ヵ月群のDFSは、ハザード比:1.08(95%信頼区間:0.93~1.25、p=0.39)で非劣性が証明されました。試験の対象者は90%がアントラサイクリンベースの化学療法を施行され、55%はリンパ節転移陰性であり、そのような患者にはトラツズマブを6ヵ月へ短縮化してもよいのではないか、と結論付けられていました。 


患者からのストーリー(前半) BCネットワーク代表 山本 眞基子氏

[ レポーター紹介 ]
山本 眞基子
1997年30代で乳がんを発症。
NPO法人BCネットワーク(Young Japanese Breast Cancer Network)を設立 。

 米国在住の1997年に、30代で乳がんを発症。仕事や子育てなど多忙な年代で、海外生活の中乳がんになった自身の経験、そして日本国内だけでなく米国在住の日本人女性においても乳がん患者が年々増加傾向にあることから、日本語での乳がんの情報発信を目的としたNPO法人、BCネットワーク(Young Japanese Breast Cancer Network)を設立した山本 眞基子さんに、米国の乳がん診療の状況を患者目線からご紹介いただきます。前編では、保険制度や地域による格差、病院や治療法選択の実際についてお聞きしました。


Q 米国での乳がん検診の認知度、普及の状況について教えてください

  米国での乳がん検診受診率は、70~80%ほどと聞いていますが、一時期高くなり過ぎて、それ以降は下がっているという記事も見たことがあります。米国の場合は、社会的地位や保険の良し悪しにより検診受診率が高いグループと低いグループの差が大きい状況です。

Q 格差の問題をよく耳にしますが、地域による格差も大きいのでしょうか?

 米国在住37年になりますが、ニューヨーク近辺しか住んだことがないので、地域差を意見する立場にありません。しかしながら、病院数だけを見れば、米国中で最適な治療を受けることができる可能性が最も高いのは、ニューヨークだと考えます。何よりも医師、病院間の競争が激しいので、それが医師の治療への熱心度や、高度な治療につながるのではないでしょうか。患者も質の高い治療を求めているので、それに応えることのできる医師が残るのではないかと感じています。
 東海岸地方には、大小多くの病院があるので、選択肢は多くあります。米国は乳がん罹患率が高いので、友人で乳がんになった人がいない女性はいないでしょう。友人からの紹介、または近さや通いやすさで病院を選ぶ人が多いです。ニューヨーク市内では、有名・著名な医師も多くおられるので、それを求めて選択する人も多くいます。大病院では、何人もの乳腺外科医、乳腺腫瘍内科の医師を抱えていて、患者が医師を選択することが可能です。

Q 患者が治療法や治験などについて情報を得るにはどのような方法がありますか?

  米国の有名ながん病院はそれぞれホームページが素晴らしく、情報が充実しているので、実際に足を運ぶことなく、ホームページ上で各病院での治療の概要を知ることが可能です。治験薬については、自分の病院の医師から話を持ちかけられたり、病院内に張り紙がしてあることが多いです。また標準的治療法がなくなってきた患者さんには、医師から、どこどこの病院の治験に行ってはどうか、と教えてもらえることもあります。

Q 医療費(保険制度)の実際と、それを理由とする治療選択の現実などはいかがでしょうか

  米国の保険制度については、日本でも語られているとおり、私的保険が主体で費用や内容に大きな幅があり、一律には良いとも悪いとも言えません。しかし、65歳以降に国から保障される老人保険は、乳がんの標準治療については、かなり良くカバーされていると思います。標準治療については、保険会社が上限を設けているため、患者はそれ以上を支払う義務はありません(これもニューヨーク近辺での経験ですので、全国ではわかりません。それほど、州により保険の内容が異なります)。

    

ASCO2019現地速報 乳がん

|企画・制作|ケアネット

2019年5月31日から6月4日まで開催されたASCO2019の乳がんトピックを、昭和大学乳腺外科 中村 清吾氏が現地シカゴからオンサイトレビュー。


レポーター紹介

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中村 清吾 ( なかむら せいご ) 氏
昭和大学医学部 乳腺外科 教授


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