海外研修留学便り 【米国留学記(藤井 健夫氏)】第1回

[ レポーター紹介 ]
藤井 健夫(ふじい たけお )

2007年     信州大学医学部卒業
2007-2008年 在沖縄米国海軍病院インターン
2008-2010年 聖路加国際病院初期研修
2010-2013年 聖路加国際病院内科後期研修、チーフレジデント、腫瘍内科専門研修
2013-2015年 MPH, University of Texas School of Public Health/Graduate Research Assistant, University of Texas MD Anderson Cancer Center, Department of Breast Medical Oncology
2015-2016年 Clinical Fellow, University of Texas MD Anderson Cancer Center, Department of Investigational Cancer Therapeutics (Phase I clinical trial department)
2016-2019年 Internal Medicine Resident, University of Hawaii/Research Fellow, University of Hawaii Cancer Center (Ramos Lab)
2019年-現在  Medical Oncology Fellow (Translational Research Track), Cold Spring Harbor Laboratory (Egeblad Lab)/Northwell Health Cancer Institute

  テキサス大学MDアンダーソンがんセンターとハワイ大学でのレジデント、フェロー等の経験を経て、現在はCold Spring Harbor Laboratoryで腫瘍内科のフェローとして勤務する藤井健夫氏に、留学後のキャリアプランニングの考え方や、教育プログラム・診療の日米間での違いについて4回にわたってレポートいただきます。第1回ではご自身が留学を決めた経緯から、留学後のキャリアプランと選択肢についてお伺いしました。

 

第1回:留学をプロセスの1つと考えたとき、その後にはどんな選択肢があるのか?

 ニューヨークにあるCold Spring Harbor Laboratory/Northwell Health Cancer Instituteのプログラムで、腫瘍内科のフェローを行っている藤井健夫と申します。Translational Research Track Programのフェローであり、今年の6月に専門医取得に必要な1年間の臨床研修期間を終え、現在は週に半日の外来以外はCold Spring Harbor Laboratoryで乳がんの転移とTumor Microenvironmentに関する基礎研究を行っています。今回は米国での臨床留学を志した経緯や理由、その準備についてまとめるとともに、留学というプロセスの後にどのような進路があるのかなどキャリアプランニングについて、私の経験を基にお話ししたいと思います。

なぜ、米国での臨床留学を目指したか

 そもそも私が臨床留学を目指したきっかけは(恥ずかしながら)非常にシンプルでありました。医学生の頃より漠然とがんの化学療法に興味はあったもののはっきりとしたビジョンはなく、医学部4年生の時に基礎教室に配属されるカリキュラムを利用してフィラデルフィアに7週間滞在した際、偶然にも当時内科のインターンをしていた日本人の先生と出会い、「日本人が米国で臨床をする」ということと「腫瘍内科」というがん種を問わずに全身治療を学ぶトレーニングがあることを知りました。その後、当時聖路加国際病院のブレストセンター長であった中村清吾先生のご紹介で米国の腫瘍内科を実際に見学する機会も頂き、当時の日本では腫瘍内科という概念はいまほど根付いていなかった状況の中で、これこそが自分のやりたいことであると確信したのでした。この時点では臨床医としての腫瘍内科医のイメージしかないのですが、自分の目指すものはその後大きく変化してきたことは後述したいと思います。

 その後、私自身が行った臨床留学の準備については失敗も含めて書ききれないほどあるのですが、語学や資格試験の準備の他には、「留学のノウハウを知っている人とのつながりを広げる」ということを積極的に行いました。この時に出会った方々のアドバイスや助けがなければ、今の自分はなかったと思います。

日本に帰るか米国に残るか、考えられる選択肢は

 多くの先生方にとって留学はあくまでプロセスであり、渡米の時点では日本に帰ることを想定していると思います。その場合の目的は、日本では体系的に学ぶ機会が少ないものを学ぶこと、アクティビティの高い研究室で研究、技術、論文作成の手法を学び実際に論文を書くことなどが多いかと思います。帰国後のプランも比較的見えやすいかと思います。一方で、(私を含めて)帰国することを想定していない留学もあるかと思います(この場合はもう留学とは呼べないのかもしれませんが…)。研究留学で米国に来た場合も、そこで認められ成果が出たりグラント取得などができればそのままリサーチファカルティとして米国に残るという道もあるかもしれません。米国の製薬会社の研究職に就職するという話も耳にしたことがあります(当然VISAの問題は大きく関わってくるのですがここでは字数の関係で割愛させていただきます)。

 一方、臨床留学で来た場合は、トレーニングを終えた後に臨床医として残るという選択肢と、研究者(ここでは自分の研究室を持ちリサーチをメインにしているMDを想定しています)として残る道があります。また、帰国する際は、国が違うのでシステムも随分違い、こちらでの臨床医としての役割や求められるものが日本と異なる部分も多くあります。そのあたりの違いに関連した苦労話は耳にすることもあります。私自身の現在の研究と臨床のバランスや将来像に関しては、次回以降で述べたいと思います。


海外研修留学便り MDアンダーソン留学記 (喜多 久美子氏)[第4回]

[レポーター紹介 ]
喜多 久美子(きだ くみこ)

[ 主な経歴 ]
横須賀共済病院 初期臨床研修修了
横須賀共済病院 外科後期研修修了
北里大学病院 形成外科
横浜市立大学附属市民総合医療センター 乳腺・甲状腺外科
横浜市立大学大学院医学研究科博士課程修了
聖路加国際病院乳腺外科クリニカルフェロー
テキサス大学MDアンダーソンがんセンター Breast Medical Oncology Postdoctoral Fellow  

 テキサス大学MDアンダーソンがんセンター乳腺腫瘍科に研究留学した喜多久美子氏に、留学までの経緯や現地での研究内容、日米の臨床や研究体制の違いなどについて4回にわたってレポートいただきます。 最終回となる第4回では、研究留学生の生活、米国での医療者の働き方、テキサスでの生活、留学を志す方へのアドバイスについてお伺いしました。

第4回:テキサスでの生活、米国での医師の働き方

 


海外研修留学便り MDアンダーソン留学記 (喜多久美子氏)のその他の記事はこちら

海外研修留学便り「喜多久美子 氏 (MDアンダーソン <テキサス>)」[第3回]

海外研修留学便り「喜多久美子 氏 (MDアンダーソン <テキサス>)」[第2回]

海外研修留学便り「喜多久美子 氏 (MDアンダーソン <テキサス>)」[第1回]

 


乳がん診療における人工知能の活用について(中村清吾氏 / 高野敦司氏 )

 乳がん診療における人工知能の活用について、昭和大学病院 乳腺外科教授/昭和大学病院ブレストセンター長の中村清吾氏と、日本アイ・ビー・エム株式会社グローバル・ビジネス・サービス事業 ヘルスケア・ライフサイエンス事業部の高野敦司氏にご対談いただきます。

 ワトソンはどの様な人工知能か?人工知能の乳がん診療における役割、活用方法とは?
活用・未活用が与える臨床現場への影響など、乳がん診療と人工知能のこれからについてを伺い知れる内容になっております。

 

乳がん診療における人工知能の活用

 

[演者紹介]

中村 清吾(なかむら せいご)

[所属・役職]
昭和大学病院 乳腺外科教授/昭和大学病院ブレストセンター長

[学会・役職]
日本乳癌学会理事長
日本外科学会理事
NPO法人日本乳腺甲状腺超音波医学会(JABTS)監事
NPO法人日本HBOCコンソーシアム理事長
NPO法人日本乳がん情報ネットワーク代表理事
日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会副理事長
日本癌治療学会代議員
日本医学会評議員
Breast Surgery International (BSI)カウンシルメンバー


高野 敦司 (たかの あつし)

[所属]

日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業
ヘルスケア・ライフサイエンス事業部

アソシエイツパートナー

 


 

バックナンバー

4 デジタルパソロジーの現在と今後の展望「飯塚 統 氏 / 中村 清吾 氏」【後編】

3 デジタルパソロジーの現在と今後の展望「飯塚 統 氏 / 中村 清吾 氏」【前編】

2 臨床応用近づく 乳房超音波診断へのAIの導入~展望と課題「林田 哲 氏 / 中村 清吾 氏」

1 乳がん診療における人工知能の活用について「中村 清吾 氏 / 高野 敦司 氏」

海外研修留学便り MDアンダーソン留学記 (喜多久美子氏)[第3回]

[レポーター紹介 ]
喜多 久美子(きだ くみこ)

[ 主な経歴 ]
横須賀共済病院 初期臨床研修修了
横須賀共済病院 外科後期研修修了
北里大学病院 形成外科
横浜市立大学附属市民総合医療センター 乳腺・甲状腺外科
横浜市立大学大学院医学研究科博士課程修了
聖路加国際病院乳腺外科クリニカルフェロー
テキサス大学MDアンダーソンがんセンター Breast Medical Oncology Postdoctoral Fellow  

 テキサス大学MDアンダーソンがんセンター乳腺腫瘍科に研究留学した喜多久美子氏に、留学までの経緯や現地での研究内容、日米の臨床や研究体制の違いなどについて4回にわたってレポートいただきます。 第3回では、受診者の日米差異、医師・患者のディスカッション、電子カルテや自動音声入力の活用、スタッフ配置の効率化についてお伺いしました。

第3回:MDアンダーソンでの乳がん治療の最前線

 


ASCO2020レポート 乳がん

提供元:CareNet.com

レポーター:下村 昭彦氏(国立国際医療研究センター がん総合診療センター 乳腺・腫瘍内科)

 2020年5月29日から6月2日まで5日間にわたり、ASCO2020が例年どおりシカゴマコーミックプレイスで開催される予定であった。しかしながら、COVID-19の流行により、今年は初のVirtual Annual Meetingが行われた。5月29日より一般演題やポスターはオンデマンドで視聴できるようになり、ハイライトセッションおよびプレナリーセッションは、ライブ配信+オンデマンドで視聴できた。2020年のテーマは“Unite & Conquer: Accelerating Progress Together”であった。プレナリーセッションを中心に、標準治療が変わる演題が多数報告された。乳がんにおいてもプレナリーセッション1題、口演17演題が発表され、標準治療を変えるもの、標準治療を変えないものの長年の臨床的疑問に一定の答えを出すものが発表された。乳がんの演題について、プレナリーセッションの1題、Local/Adjuvant口演から1演題、Metastaticから2演題を紹介する。

初発IV期乳がんに対する原発巣切除の全生存期間に対する影響(E2108試験)

 日常臨床においては初発IV期乳がんに対して原発巣切除が行われている場合もある。後ろ向き研究では切除した場合に全生存期間が良好な傾向が示されているが、バイアスを含んでおり前向き試験が複数計画された。

 インドで行われた試験では、全身治療を行った後に手術群と非手術群にランダム化された。この試験では全生存期間(overall survival:OS)の差は認められなかった。さらに、トルコで行われた試験では全身治療前にランダム化され手術群で5年生存割合が良好な傾向を認めた。このように相反する結果であり、原発巣切除の意義については結論が出ていない状況であった。

 E2108試験は1次登録をした後に4〜8ヵ月の全身治療を行い、病勢進行が認められなかった症例を手術群と全身治療継続群に1対1にランダム化された。368例が登録され、258例がランダム化され、125例が手術群に、131例が全身治療継続群に割り付けられた。主要評価項目はOSで、53ヵ月の観察期間中央値で、生存期間中央値が54ヵ月、ハザード比1.09(90%CI:0.80~1.49、p=0.63)で両群間に有意差は認められなかった。副次評価項目の無増悪生存期間(progression-free survival:PFS)でも両群間の差は認められず、生存曲線もほぼ重なっている状態であった。サブタイプ別のサブグループ解析ではホルモン受容体陽性HER2陰性、HER2陽性では差を認めなかったが、トリプルネガティブ乳がん(triple negative breast cancer:TNBC)ではハザード比3.50(95%CI:1.16~10.57)で、手術群で有意に悪かった。これはおそらく進行の速いTNBCにおいては全身治療の継続が重要であるということを示唆しているのであろう。局所の病変進行については手術群で良好な傾向であった。QOLは両群で変化がなかった。

 今回の試験はネガティブであったが、この結果をもって初発IV期乳がんに対する原発巣切除に意義がないと判断することはできない。E2108は開始後に進捗が悪く、プロトコール改訂が行われサンプルサイズが減らされた。JCOG1017(研究事務局:岡山大学 枝園 忠彦氏)は同様の試験であるが、570例が1次登録され、全身治療で進行しなかった407例がランダム化されている。また、ランダム化までの期間が日常臨床で効果判定を行うことの多い3ヵ月に設定されている。JCOG1017の試験結果が得られた後に、あらためてこれまでの試験を総括し、原発巣切除の意義について議論する必要があるだろう。

HER2陽性乳がんの術後化学療法におけるT-DM1+ペルツズマブとトラスツズマブ+ペルツズマブ+タキサンの比較第III相試験(KAITLIN試験)

 HER2陽性乳がんにおけるペルツズマブの術後化学療法における上乗せ効果はAPHINITY試験で示されており、リンパ節転移陽性であればペルツズマブを上乗せすることが現在の標準治療となっている。本試験は、トラスツズマブに微小管阻害薬であるエムタンシンを結合した抗体医薬複合体であるT-DM1の術後化学療法における有用性(トラスツズマブ+タキサンと置き換えることが可能であるか)を検証した第III相試験である。

 本試験ではHER2陽性でリンパ節転移陽性(N+)もしくはリンパ節転移陰性でホルモン受容体陰性かつT2以上の症例を対象として、1,846例が3~4サイクルのAC療法とトラスツズマブ+ペルツズマブ+タキサン(THP群)またはT-DM1+ペルツズマブ群(KP群)にランダム化された。主要評価項目はリンパ節転移陽性例およびITT集団における無浸潤疾患生存(invasive disease-free survival:IDFS)の2つとされた。

 918例がTHP群、928例がKP群に割り付けられた。約90%がN+であった。腫瘍経はT1が約30%、T2が約60%であった。ホルモン受容体は56%程度で陽性であった。1つ目の主要評価項目であるN+における3年IDFSはTHP群で94.1%、KP群で92.8%(HR:0.97、95%CI:0.71~1.32、p=0.8270)でありKP群の優越性は示せなかった。ITT集団でも同様の結果であった。PROではKP群で良好な傾向を認めたが、有害事象中止、グレード3/4の肝障害、神経障害はKP群で多かった。心毒性はTHP群で多かった。本試験は2014年の1月から2015年の6月まで登録されている。T-DM1とタキサン+トラスツズマブをHER2陽性転移乳がんの初回治療で検討したMARIANNE試験は2015年に最初の解析結果が発表されており、T-DM1のタキサン+トラスツズマブに対する優越性は示せていなかった。

 イベントの多く発生する転移乳がんにおいてネガティブであったことを考えると、よりハイリスクのN+が多く含まれるとはいえ、術後のセッティングで優越性を示すことは困難であったと予想される。また、APHINITY試験のときにも感じたことであるが、HER2陽性早期乳がんの予後はかなり良くなっているため、このセッティングにおける術後治療のエスカレーションは限界が来ていると考えても良いかも知れない。今後はKATHERINE試験やTNBCにおけるCREATE-X試験などのように、術前治療で治療感受性を判断し、治療効果が不十分な対象に対して別の治療アプローチを行うことがエスカレーションにおいては重要であろう。

TNBC1次治療における化学療法へのペムブロリズマブの上乗せ(KEYNOTE-355試験)

 2018年の欧州臨床腫瘍学会でTNBC1次治療におけるアルブミン結合パクリタキセル(nab-PTX)に対する抗PD-L1抗体であるアテゾリズマブの上乗せを検討したIMpassion130試験の結果が発表され、ITT集団とPD-L1陽性群においてPFSの延長を示し、PD-L1陽性群におけるOS延長の期待が示された。これを受けて、わが国においてもPD-L1陽性TNBCに対しアテゾリズマブが承認された。他がん種ではすでに広く使われるようになっていた免疫チェックポイント阻害薬が、乳がんの日常臨床に登場した。

 ペムブロリズマブは抗PD-1抗体であり、TNBC初回化学療法へのペムブロリズマブの有効性を検証した試験がKEYNOTE-355試験である。847例がランダム化され、566例がペムブロリズマブ群に、281例がプラセボ群に2対1に割り付けられた。化学療法として、タキサン(nab-PTXまたはパクリタキセル)およびゲムシタビン+カルボプラチンが許容され、それぞれ約45%と55%であった。割り付け調整因子にPD-L1陽性細胞割合(CPS)1%以上または未満が含まれた。主要評価項目はPD-L1陽性集団(CPS≧1%および10%)とITT集団におけるPFS、ならびに同OSとされた。両群において、CPS≧1%は約75%、CPS≧10%は40%弱であった。

 CPS≧10%集団において、PFSは9.7ヵ月vs.5.6ヵ月(HR:0.65、95%CI:0.49~0.86、p=0.0012)と統計学的有意差をもってペムブロリズマブ群で良好であった。CPS≧1%集団においては7.6ヵ月vs.5.6ヵ月(HR:0.74、95%CI:0.61~0.90、p=0.0014※)と統計学的有意差は示せなかった。ITT集団においてもペムブロリズマブの上乗せを示すことはできなかった。有害事象のプロファイルは両群間で大きな差は認めなかったが、甲状腺機能障害や肺臓炎など、免疫関連有害事象と考えられるものについてはペムブロリズマブ群で多い傾向にあった。これは、これまでに他がん種でみられた、もしくはTNBCにおけるアテゾリズマブでみられたものと同様の傾向であった。本試験の結果を受けて、TNBC初回治療の際にはアテゾリズマブまたはペムブロリズマブを化学療法と併用することが選択肢として加わった。これら2剤はPD-L1の評価方法が異なっていることに注意が必要である。

 また、アテゾリズマブ、ペムブロリズマブいずれもTNBCに対する術前化学療法に併用することで病理学的完全奏効率を改善することが示されており、将来術前(および術後)に免疫チェックポイント阻害薬を使用した後に再発した場合、どのような治療戦略を取っていくかが今後の課題の一つとなる。

※p<0.00111で有意

ホルモン受容体陽性HER2陰性進行・再発乳がん1次治療におけるフルベストラント+パルボシクリブとレトロゾール+パルボシクリブを比較するランダム化第II相試験(PARSIFAL試験)

 ホルモン受容体陽性HER2陰性進行・再発乳がんの1次治療においては、アロマターゼ阻害薬(AI)とCDK4/6阻害薬(パルボシクリブ[Palbo]、アベマシクリブ、ribociclib)の併用がPFSを延長することが示されており、現在の標準治療となっている。また、内分泌療法で進行した場合、2次治療でフルベストラント(Ful)とCDK4/6阻害薬の併用が標準治療である。内分泌療法単剤では初発IV期乳がんを対象とした第III相試験であるFALCON試験においてFulとAI(アナストロゾール)が比較され、ITT集団でFulがAIと比較してPFSにおいて優っていることが示された。

 これらの試験結果から、1次治療においてCDK4/6阻害薬と併用すべきはAIか、それともFulであるか、という臨床疑問が生まれた。PARSIFAL試験はこの仮説の可能性を探ることを目的として計画されたランダム化第II相試験である。転移・再発乳がんに対する治療歴のない症例が対象となり、486例がFul+Palbo群243例とレトロゾール(LET)+Palbo群243例に1対1に割り付けられた。閉経前も登録可能で、卵巣機能抑制の併用が求められたが、割合としては7〜8%しか含まれなかった。PFSにおいてFul+Palbo群で9.3ヵ月の上乗せを仮定し、優越性を検証するデザインとされたが、優越性が検証できなかった場合には非劣性(非劣性マージン1.21)を検証するとされた。主要評価項目である研究者評価PFSにおいて、LET+Palbo群で32.8ヵ月、Ful+Palbo群で27.9ヵ月(HR:1.13、95%CI:0.89~1.45、p=0.321)であり、優越性はおろか、非劣性を示すこともできなかった(95%CIの上限が非劣性マージンである1.21を上回っている)。FALCON試験においてはサブグループ解析において臓器転移がある場合は有意差がなく、臓器転移がない場合に有意であったことから同様の解析が行われたが、いずれも差は認めず、臓器転移がある場合にはLET+Palboで良い傾向を認めた。再発と初発IV期のサブグループ解析でも両群間の差は認めなかった。副次評価項目である3年OSにおいて、LET+Palbo群で77.1%、Ful+Palbo群で79.4%(HR:1、95%CI:0.68~1.48、p=0.986)であり、こちらも両群間の差は認めなかった。有害事象も大きな差はみられなかった。Ful+CDK4/6阻害薬は初回治療として最強なのではないか、と期待して行われた第II相試験であるが、残念ながらその傾向を感じることすらできなかった。サブグループ解析では前治療(すなわち術後治療)としてAIが行われていた場合にFul+Palboが良い傾向を示したが(有意差なし)、これはAIに長期に曝露されることで約30%程度でESR1の変異を獲得するからと考えられる。

 AIによる治療歴がないとESR1の変異は数%でしか検出されない。エストロゲン受容体そのものの発現量を減らすというFulの作用機序は、ホルモン感受性が低下してから本領を発揮するのかもしれない。


レポーター紹介

下村 昭彦 ( しもむら あきひこ ) 氏
国立国際医療研究センター がん総合診療センター 乳腺・腫瘍内科

海外研修留学便り EORTC留学記(高橋 侑子氏)[第4回]

[ レポーター紹介 ]
高橋 侑子(たかはし ゆうこ)

2010年03月 岡山大学 医学部医学科卒業
2010年04月 亀田総合病院 ジュニアレジデント
2012年04月 聖路加国際病院 乳腺外科 シニアレジデント
2015年04月 聖路加国際病院 乳腺外科 フェロー
2016年05月 岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科 呼吸器・乳腺内分泌外科学
2018年10月 国立がん研究センター中央病院 JCOG運営事務局 レジデント
2019年08月 European Organisation for Research and Treatment of Cancer (EORTC) フェロー

 ヨーロッパ最大の多施設共同臨床研究グループEORTC(European Organisation for Research and Treatment of Cancer)に留学中の高橋 侑子氏に、fellowとしての研修の日々、大規模臨床試験を推進する現場からのリアルな情報をレポートいただきます。

 

研修中に実感、日本とEUで国際共同試験を行う難しさ

 EORTCはEU圏内の複数の国の施設が参加する国際共同試験を主に行っています。試験によっては、北米、南米、アジア、オセアニアの他の臨床試験グループとも共同試験を行っています。乳がんに関しては、EORTCは同じベルギーにheadquarterがあるBIG(Breast International Group)とも共同試験を行なっており、EORTCの試験をglobalで行う場合はEORTCからBIGへ提案し、BIGの枠組みでglobal試験を行うことが多いです。

 今回は、私がEORTCでの研修中に実感した「EUと日本で国際共同試験を行う場合の難しさ」について執筆したいと思います。

 一つ目は研究資金獲得の困難さです。臨床試験の運用にあたり、参加する施設の数、また国の数に応じて運用経費が高くなります。各国の臨床試験施行の制度に合わせた作業が必要になるからです。したがって、複数の国を含む多施設の試験での運用資金は、日本国内のみで行う場合より高額になります。また、世界各国では、各国内の研究に対しての給付金があり、それらに応募することができますが、各国内の研究給付金は国際共同試験での使用を認めていないことがあり、国際共同試験の運用にその獲得した研究費を使用することができない場合があります。したがって、EORTCの試験も多くは企業や財団からの資金提供を受けて行っているのが現状です。企業から研究資金を獲得するにも年々競争率が高くなっていることもあり、EUと日本とで共同試験を企画する場合、この資金獲得が最大の問題になることが多々あります。

標準治療が国によって異なることも。打開策はあるのか

 二つ目は標準治療が国により異なる場合があることです。標準治療が大きく異なることは稀ですが、なかには、国によって承認されている標準治療が異なる場合があります。ある程度のバリエーションを盛り込んだ試験を企画することも可能であり、実際にこの問題を、複数治療選択肢を作ることで解決している試験もあります。一方で、例えば、現在EUで行われている臨床試験Aの結果を見越した上で、その次の臨床試験Bを企画するといったことがよく行われますが、日本では臨床試験Aが実施されておらず、ベースとなる臨床試験Aの治療法が検証されていないといった場合、日本で臨床試験Bを共同企画することはできなくなります。また、新規治療法を今までの標準治療と比較する場合なども同様に国ごとに標準治療が異なる場合は、全体の治療法を揃えることが困難になります。

 三つ目は日本だけに限らない問題ですが、各国の臨床試験に対する法規制の違いとコミュニケーションの問題です。国際共同試験の場合、各国の臨床試験施行の制度に合わせた作業が必要になります。詳細には、プロトコール やIC文書等試験関連文書の母国語への翻訳や試験開始までにかかる各国の法規制に合わせた準備作業が国により異なります。また、各国とのやりとりでは、英語が必ずしも完全に通じるとは限らずコミュニケーションの問題も発生することがあります。

 これらの困難がありますが、やはり、EUやアジア、北南米など他の地域と協力して国際共同試験を行い、新規治療法や診断法を開発していくことの必要性は強く感じています。引き続き、EORTCでの研修の中で国際共同試験の企画や運用についてできる限り多くを吸収できるよう努めたいと思っています。


海外研修留学便り MDアンダーソン留学記 (喜多久美子氏)[第2回]

[レポーター紹介 ]
喜多 久美子(きだ くみこ)

[ 主な経歴 ]
横須賀共済病院 初期臨床研修修了
横須賀共済病院 外科後期研修修了
北里大学病院 形成外科
横浜市立大学附属市民総合医療センター 乳腺・甲状腺外科
横浜市立大学大学院医学研究科博士課程修了
聖路加国際病院乳腺外科クリニカルフェロー
テキサス大学MDアンダーソンがんセンター Breast Medical Oncology Postdoctoral Fellow  

 テキサス大学MDアンダーソンがんセンター乳腺腫瘍科に研究留学した喜多久美子氏に、留学までの経緯や現地での研究内容、日米の臨床や研究体制の違いなどについて4回にわたってレポートいただきます。 第2回では、現地での研究テーマ、免疫チェック阻害剤について、新研究の具体化プロセス、研究の支援環境についてお伺いしました。

第2回:現地での研究内容

 


ASCO2020速報 乳がん

harasense

|企画・制作|ケアネット

2020年5月29日から31日まで開催されたASCO20 Virtual Scientific Programの乳がんトピックを、がん研究会有明病院 原 文堅氏が速報レビュー。


レポーター紹介

harasense

原 文堅 ( はら ふみかた ) 氏
がん研究会有明病院 乳腺センター


掲載内容はケアネットの見解を述べるものではございません。
(すべての写真・図表等の無断転載を禁じます。)

海外研修留学便り MDアンダーソン留学記 (喜多久美子氏)[第1回]

[レポーター紹介 ]
喜多 久美子(きだ くみこ)

[ 主な経歴 ]
横須賀共済病院 初期臨床研修修了
横須賀共済病院 外科後期研修修了
北里大学病院 形成外科
横浜市立大学附属市民総合医療センター 乳腺・甲状腺外科
横浜市立大学大学院医学研究科博士課程修了
聖路加国際病院乳腺外科クリニカルフェロー
テキサス大学MDアンダーソンがんセンター Breast Medical Oncology Postdoctoral Fellow  

 テキサス大学MDアンダーソンがんセンター乳腺腫瘍科に研究留学した喜多久美子氏に、留学までの経緯や現地での研究内容、日米の臨床や研究体制の違いなどについて4回にわたってレポートいただきます。 第1回ではなぜ留学し、そしてなぜMDアンダーソンを選んだのかについてお伺いしました。

第1回:なぜ留学? そしてなぜMDアンダーソンに?

 


海外研修留学便り EORTC留学記(高橋 侑子氏)[第3回]

[ レポーター紹介 ]
高橋 侑子(たかはし ゆうこ)

2010年03月 岡山大学 医学部医学科卒業
2010年04月 亀田総合病院 ジュニアレジデント
2012年04月 聖路加国際病院 乳腺外科 シニアレジデント
2015年04月 聖路加国際病院 乳腺外科 フェロー
2016年05月 岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科 呼吸器・乳腺内分泌外科学
2018年10月 国立がん研究センター中央病院 JCOG運営事務局 レジデント
2019年08月 European Organisation for Research and Treatment of Cancer (EORTC) フェロー

 ヨーロッパ最大の多施設共同臨床研究グループEORTC(European Organisation for Research and Treatment of Cancer)に留学中の高橋 侑子氏に、fellowとしての研修の日々、大規模臨床試験を推進する現場からのリアルな情報をレポートいただきます。

時間外勤務が少ない理由はどこに?

 EORTCでは勤務時間管理が徹底されています。規定の勤務時間外で勤務することも可能ですが、多くのスタッフは17時~19時頃には帰宅します。自分がその日、フロアで最後に帰宅する場合、そのフロアのすべての部屋の確認、すべてのPCの電源、戸締りを確認し、フロアの出入り口のアラームを設定する義務があります。このシステムもあり、遅くまで残っているスタッフは少ないです。また、日々の勤務は、毎日細かく勤務内容を記録することが義務付けられています(たとえば、「XX日:XX時間XXの試験についてXXの役割で貢献した」などです)。勤務状況や同僚の疲労に関する配慮はヨーロッパの方が進んでいると思います。終了後はそれぞれ食事に行ったり帰宅したりしています。

 土日は施設全体にアラームが設定されており、アラームを解除しなければ建物内に入れないようになっています。週末は、ベルギーでは日曜日は多くの商店やスーパー、レストランが閉まっているので、公園や自宅で家族と過ごす人が多いです。したがって金曜夜や土曜日に色々と活動する人が多いです。

国際共同試験はどのようにして立案されているのか、学ぶ日々

 現在取り組んでいる業務内容は、主に3つあります。

  1) すでに開始しているEORTCの臨床試験の運用
  2) 新規試験の立案の議論への参加
  3) EORTCとJCOGの国際共同研究の推進

 EORTCでは各々の臨床試験ごとにプロジェクトチームが形成されています。チームメンバーは主に医師、統計学者、project manager、data manager、clinical scientist、clinical operation manager、fellowなど平均しておよそ10名程度で構成されています。現在すでに進行中、または追跡中の試験についてはこのチームメンバーの一員として、登録されたケースについてdata managerと話合うmedical reviewや、プロトコール 改訂作業などを中心に参加しています。

 定期的に開催されるチームミーティングでは、各国での臨床試験に関する法整備、施設開設へ向けての規制条件などが話し合われるので、この場で、国際共同試験を行う場合の各国の規制条件について学んでいます。

 また、立案段階の試験内容の議論について、fellowも一緒に参加することが多々あります。立案段階の試験では、研究責任医師、統計学者、資金提供元(製薬会社や企業など)が、計画中の試験の科学的な意義、統計解析方法、運営方法、研究資金の見積もりと獲得方法などについて議論します。

 私の留学の主な目的が、立案段階の議論に参加し、新規国際共同試験がどのようなことを考慮して立案されているのかを学ぶことでしたので、会議の準備など、この業務に今最も時間を割いています。EORTCで臨床試験を行うことが決定した場合、fellowは主に、試験開始にむけてプロトコール 関連文書を分担して作成します。

 一方、私に課せられた留学のもう一つの目的は、JCOGとの共同研究を継続して推進することです。私がYoung InvestigatorとしてJCOGやEORTCの臨床試験グループの先生方に相談させていただきながら、現在共同研究を計画中です。上に述べた1)や2)の業務に携わる中で学んだことを生かして、実践する場であると考えています。実際には立案の段階で、資金の獲得や、国際的に科学的価値のある試験内容をどのように立案していくかなど、さまざまな困難がありますが、このJCOGとEORTCの双方の間に立って立案計画する経験を通して、最も多くのことを学ばせていただいています。