提供元:CareNet.com

本連載は、臨床研究のノウハウを身につけたいけれど、メンター不在の臨床現場で悩める医療者のための、「実践的」臨床研究入門講座です。臨床研究の実践や論文執筆に必要な臨床疫学や生物統計の基本について、架空の臨床シナリオに基づいた仮想データ・セットや、実際に英語論文化した臨床研究の実例を用いて、解説していきます。
診療ガイドラインの解説を読み込んでみる
下記は、本連載でこれまでに少しずつブラッシュアップしてきた架空の臨床シナリオに基づいたCQとRQ(PECO)です 。
CQ:食事療法(低タンパク食)を遵守すると慢性腎臓病患者の腎予後は改善するのだろうか
↓
P:慢性腎臓病(CKD)患者
E:食事療法(低タンパク食)の遵守
C:食事療法(低タンパク食)の非遵守
O:腎予後
前回、このCQに関連した診療ガイドラインを検索したところ、「エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2018」1)がヒットしました。この診療ガイドラインの目次をパラパラと眺めてみると、われわれのCQにかなり似通ったCQの記載が見つかります(下記)。
CQ:CKD の進行を抑制するためにたんぱく質摂取量を制限することは推奨されるか?
このCQの該当ページの冒頭には下記の推奨が述べられています。
推奨:CKDの進行を抑制するためにたんぱく質摂取量を制限することを推奨する。ただし、画一的な指導は不適切であり、個々の患者の病態やリスク、アドヒアランスなどを総合的に判断し、腎臓専門医と管理栄養士を含む医療チームの管理の下で行うことが望ましい (推奨グレード B1)。
今回は、この回答(推奨)の根拠となる本文の解説を読み込んでみました。すると、このガイドラインにおける、CKD患者に対する食事療法(低たんぱく食)に関するエビデンスの概要は以下のようにまとめられました(筆者による抜粋、一部改変)。
・過剰なたんぱく質摂取は糸球体過剰ろ過を促進して腎機能に影響を与え、腎機能低下時にはたんぱく質の代謝産物が尿毒症物質として蓄積する。
・たんぱく質制限の目安として、この診療ガイドラインの編者である日本腎臓学会は「慢性腎臓病に対する食事療法基準2014年版」2)で、CKDステージ1)別のたんぱく質摂取量の基準を提示している(ステージG3a:0.8~1.0g/kg標準体重/日、G3b以降:0.6~0.8g/kg標準体重/日)。
・CKD患者におけるたんぱく質制限による腎保護効果は、これまで多くのランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)3-13)や、それらを統合(メタ解析)した、いくつかのシステマティック・レビュー14-20)で検討されている。
・CKD患者(特に糖尿病非合併例)に対するたんぱく質制限は、腎機能低下抑制に有効な可能性がある。
・これらのエビデンスはほとんどが適格基準が厳しいRCTで示されたものである。また、腎臓専門医ならびに管理栄養士の指導の遵守率が高い状態の研究結果でもあり、CKD診療一般にあてはめることは難しい可能性がある。
・特に高齢CKD患者において、たんぱく質制限による低栄養、QOL悪化、生命予後悪化などの懸念があるが、これらの可能性を明らかに示した研究結果はこれまでに認められていない。
新たなエビデンスを積み上げる余地(ニッチ)はあるか
たんぱく質摂取量は、腎機能障害の程度であるCKDステージ1)別に示されてはいますが、0.6g/kg標準体重/日を下限として0.8g/kg標準体重/日前後が推奨されているようです。これまで検討している架空の臨床シナリオに基づいたCQは、単施設での臨床データを用いることを想定しています(連載第1回冒頭のダイアローグ参照)。実は、この施設は非常に厳格なたんぱく質制限(低たんぱく食0.5g/kg標準体重/日)を指導することで有名であったとします。すると、このRQ(PECO)のEは以下のように、より具体的なカタチで定義することが出来ます。
P:慢性腎臓病(CKD)患者
E:食事療法(低たんぱく食 0.5g/kg標準体重/日)の遵守
C:食事療法(低たんぱく食 0.5g/kg標準体重/日)の非遵守
O:腎予後
エビデンスの隙間(ニッチ)を埋めるひとつの方策として、PECOの各要素のうちE/Cの変更・修正を工夫することが挙げられます。その結果、新規性のあるRQを考案することができるのです。このガイドラインの解説には、非常に厳格なたんぱく質制限の臨床的なメリットとデメリットに関する記述は見当たりません。したがって、われわれが行う臨床研究でエビデンスの隙間(ニッチ)を埋められるかもしれません。次回は、引き続き診療ガイドラインの解説を読み込んで、新たなエビデンスを積み上げる余地(ニッチ)について更に検討していきます。
【 引用文献 】
- 1)日本腎臓学会編集.エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2018, 東京医学社.
- 2)日本腎臓学会編集.慢性腎臓病に対する食事療法基準2014年版, 東京医学社.
- 3)Ihle BU et al. N Engl J Med 1989;321:1773-7.
- 4)Brouhard BH et al. Am J Med 1990;89:427-31.
- 5)Zeller K et al. N Engl J Med 1991;324:78-84.
- 6)Williams PS et al. Q J Med 1991;81:837-55.
- 7)Klahr S et al. N Engl J Med 1994;330:877-84.
- 8)Hansen HP et al. Kidney Int 2002;62:220-8.
- 9)Pijls LT et al. Eur J Clin Nutr 2002;56:1200-7.
- 10)Meloni C et al. J Ren Nutr 2004;14:208-13.
- 11)Koya D et al. Diabetologia 2009;52:2037-45.
- 12)Cianciaruso B et al. Am J Kidney Dis 2009;54:1052-61.
- 13)Garneata L et al. J Am Soc Nephrol 2016;27:2164-76.
- 14)Kasiske BL et al. Am J Kidney Dis 1998;31:954-61.
- 15)Pan Y et al. Am J Clin Nutr 2008;88:660-6.
- 16)Fouque D et al. Cochrane Database Syst Rev 2009:CD001892.
- 17)Robertson L et al. Cochrane Database Syst Rev 2007:CD002181.
- 18)Nezu U et al. BMJ Open 2013;3:e002934.
- 19)Rughooputh MS et al. PLoS One 2015;10:e0145505.
- 20)Jiang Z et al. Int Urol Nephrol 2016;48:409-18.
【 参考文献 】
- 1)福原俊一. 臨床研究の道標 第2版. 健康医療評価研究機構;2017.
- 2)木原雅子ほか訳. 医学的研究のデザイン 第4版. メディカル・サイエンス・インターナショナル;2014.
- 3)矢野 栄二ほか訳. ロスマンの疫学 第2版. 篠原出版新社;2013.
- 4)中村 好一. 基礎から学ぶ楽しい疫学 第4版. 医学書院;2020.
- 5)片岡 裕貴. 日常診療で臨床疑問に出会ったときに何をすべきかがわかる本 第1版.中外医学社;2019.
講師紹介

長谷川 毅 ( はせがわ たけし ) 氏
昭和大学統括研究推進センター研究推進部門 教授
昭和大学医学部内科学講座腎臓内科学部門/衛生学公衆衛生学講座 兼担教授
福島県立医科大学臨床研究イノベーションセンター 特任教授
[略歴]
1996年昭和大学医学部卒業。
2007年京都大学大学院医学研究科臨床情報疫学分野(臨床研究者養成コース)修了。
都市型および地方型の地域中核病院で一般内科から腎臓内科専門診療、三次救急から亜急性期リハビリテーション診療まで臨床経験を積む。その臨床経験の中で生じた「臨床上の疑問」を科学的に可視化したいという思いが募り、京都の公衆衛生大学院で臨床疫学を学び、米国留学を経て現在に至る。
バックナンバー
39. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップ‐E(要因)およびC(比較対照)設定の要点と実際 その2
38. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップ‐E(要因)およびC(比較対照)設定の要点と実際 その1
37. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップ‐O(アウトカム)設定の要点と実際 その2
36. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップ‐O(アウトカム)設定の要点と実際 その1
35. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップーP(対象)設定の要点と実際 その2
34. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップーP(対象)設定の要点と実際 その1
33. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その8
32. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その7
31. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その6
30. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その5
29. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その4
28. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その3
27. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その2
26. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その1
25. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その5
24. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その4
23. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その3
22. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その2
21. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その1
20. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 学術誌、論文、著者の影響力の指標 その3
19. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 学術誌、論文、著者の影響力の指標 その2
18. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 学術誌、論文、著者の影響力の指標 その1
17. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー CONNECTED PAPERSの活用 その3
16.リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー CONNECTED PAPERSの活用 その2
15. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー CONNECTED PAPERSの活用 その1
14. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー コクラン・ライブラリーの活用 その3
13. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー コクラン・ライブラリーの活用 その2
12. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー コクラン・ライブラリーの活用その1
11. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー UpToDateの活用その2
10. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー UpToDateの活用その1
9. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 文献管理その3
8. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 文献管理その2
7. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 文献管理その1
6. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 診療ガイドラインの活用その3
5. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 診療ガイドラインの活用その2
4. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 診療ガイドラインの活用その1
3. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビューその2