リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー コクラン・ライブラリーの活用 その2【「実践的」臨床研究入門】第13回

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本連載は、臨床研究のノウハウを身につけたいけれど、メンター不在の臨床現場で悩める医療者のための、「実践的」臨床研究入門講座です。臨床研究の実践や論文執筆に必要な臨床疫学や生物統計の基本について、架空の臨床シナリオに基づいた仮想データ・セットや、実際に英語論文化した臨床研究の実例を用いて、解説していきます。

 

コクラン・ライブラリー―該当フル・レビュー論文を読み込んでみる

CQ:食事療法を遵守すると非ネフローゼ症候群の慢性腎臓病患者の腎予後は改善するのだろうか

P:非ネフローゼ症候群の慢性腎臓病(CKD)患者
E:食事療法(低たんぱく食 0.5g/kg標準体重/日)の遵守
C:食事療法(低たんぱく食 0.5g/kg標準体重/日)の非遵守
O:腎予後

 上記は、これまでブラッシュアップしてきた、われわれのCQとRQ(PECO)です。前回、コクラン・ライブラリーで”low protein diet”をキーワードに関連先行研究を検索したところ、読み込むべきフル・レビュー論文(Cochrane Reviews)として、下記の2編が挙げられました。

・Low protein diets for non‐diabetic adults with chronic kidney disease(慢性腎臓病を有する非糖尿病成人のための低たんぱく食)1)

・Protein restriction for diabetic renal disease(糖尿病性腎疾患に対するたんぱく摂取制限)2)

 文献1)の書誌情報を確認してみると、連載第11回でUpToDate®の活用法を解説した際に引用した文献3)と論文タイトルが若干異なり、また筆頭著者名が変更され、出版年も2009から2020に変わっています。しかし、コクラン・ライブラリー収載フル・レビュー論文の固有IDであるCD番号(CD001892)は同一であり、文献1)は文献3)の「アップデート論文」であることに気が付きます。コクランでは新しいエビデンスを取り入れるために、定期的なフル・レビュー論文のアップデートを著者に求めています。コクラン・ライブラリーのホームページでこの最新のフル・レビュー論文1)を見ると、タイトル、著者名の直下に、

Version published: 29 October 2020 Version history

 との記載があります。また、“Version history”には更新履歴のリンクが貼られており、クリックすると2000年11月出版の初版から、2006年4月、2009年7月3)、2018年10月、そして2020年10月の最新版まで計5回にわたってアップデートされていることがわかります。

 連載第11回執筆時点(2021年8月)では UpToDate®では2018年10月および2020年10月のアップデート論文1)はカバーされていないようでしたので、最新版1)のフル・レビュー論文の内容をチェックしてみましょう。UpToDate®で引用されたバージョン3)と比較すると、システマティック・レビュー(SR:systematic review)に組み込まれたランダム化比較試験(RCT:randomized controlled trial)は10編(解析対象患者数2,000名)から17編(解析対象患者数2,996名)に増えていました。また、UpToDate®で引用されたバージョン3)では行われていなかった、低たんぱく食(0.5~0.6g/kg/標準体重/日)と超低たんぱく食(0.3~0.4g/kg/標準体重/日)の比較もなされています。その結果は下記の様に記述されています。

・超低たんぱく食は低たんぱく食と比較して末期腎不全(透析導入)に到るリスクは35%減少する(リスク比[RR]: 0.65、95%信頼区間[CI]:0.49~0.85)が、推定糸球体濾過量(eGFR)の変化に影響を及ぼすかは不明であり、死亡のリスク(RR:1.26、95%CI:0.62~2.54)にはおそらく差はなかった(筆者による意訳)。

  われわれのリサーチ・クエスチョン(RQ) は0.5g/kg/標準体重/日未満という厳格な低たんぱく食の効果を検証しようとするものです。このRQにより役立つ先行研究からの知見が、UpToDate®では網羅されてない最新のフル・レビュー論文(Cochrane Reviews)で言及されていることに気が付きます。これまで述べてきたように、診療ガイドライン、UpToDate®、コクラン・ライブラリー、などの質の高い2次情報源を補完的に活用することにより、効率的で網羅的な関連先行研究のレビューを行うことができるのです。

 


【 引用文献 】

講師紹介

harasense

長谷川 毅 ( はせがわ たけし ) 氏
昭和大学統括研究推進センター研究推進部門 教授
昭和大学医学部内科学講座腎臓内科学部門/衛生学公衆衛生学講座 兼担教授
福島県立医科大学臨床研究イノベーションセンター 特任教授

[略歴]
1996年昭和大学医学部卒業。
2007年京都大学大学院医学研究科臨床情報疫学分野(臨床研究者養成コース)修了。
都市型および地方型の地域中核病院で一般内科から腎臓内科専門診療、三次救急から亜急性期リハビリテーション診療まで臨床経験を積む。その臨床経験の中で生じた「臨床上の疑問」を科学的に可視化したいという思いが募り、京都の公衆衛生大学院で臨床疫学を学び、米国留学を経て現在に至る。


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海外研修留学便り 【米国留学記(山下 奈真氏)】第3回

[ レポーター紹介 ]
山下 奈真やました なみ

2002年3月 東北大学医学部卒業
2002年4月 麻生飯塚病院(初期研修医、外科系後期研修医、外科医員)
2008年4月 済生会福岡総合病院 外科
2009年4月 九州大学大学院医学系研究科外科系専攻博士課程
2013年4月 九州大学大学院 消化器・総合外科 乳腺グループ
2015年4月 九州大学大学院 九州連携臨床腫瘍学
2017年4月 九州大学大学院 消化器・総合外科 乳腺グループ
2019年6月 Dana-Farber Cancer Institute(DFCI), Medical Oncology, Postdoctoral fellow

 一般外科・乳腺外科での臨床医としての経験、大学院進学を経て、米国Dana-Farber Cancer Instituteに留学中の山下 奈真氏に、米国での研究環境、キャリア構築、ボストンでの生活などについてレポートいただきます。第3回ではCOVID-19の流行によって大きな影響を受けた留学生活、その中で生まれた新たな活動についてお伺いしました。

 

留学中にまさかのCOVID-19

 COVID-19で世界中が未曽有の事態に陥った2020年。ボストンでは2020年3月23日から本格的なquarantineが開始されました。およそ3ヵ月は生活必需品の購入、運動目的の外出以外はできず、一日言葉を発することなく終わる日もたびたびありました。実験室も物品管理目的の入室しか許可されず、インキュベーターのCO2供給も停止され、完全に実験ができない状況に陥りました。このような異常事態の中、研究をしに渡米したにもかかわらず、実験もできず、日本にいるときのように診療することもできず、自分の社会的存在意義が揺らぐ感覚を多くのポスドクが感じたことは確かです。

 

何かできることはないか、という想いからBC Tube誕生

 ただ、悪いことばかりではありませんでした。同僚の乳腺外科医の発案で、少しでも社会の役に立つことはできないかと皆で考え、多くの人に1)分かりやすさ、2)正確さ、3)アクセスしやすさを兼ね揃えたブレストアウェアネス・乳がんの医療情報を届けるという目的で「一般社団法人BC Tube」としてYouTubeチャンネル「乳がん大事典【BC Tube編集部】」で情報発信を開始しました。本取組の中心となる動画の制作は、複数名の乳がん専門医(コアメンバー)で十分に議論を行った上で行い、さらにコアメンバーとは独立した複数乳腺科医によるピアレビュー制を導入し、科学的妥当性を担保しています。

 市民・患者さんからなる後援会の事前視聴も加え、内容の理解しやすさにも配慮した上で最終的に動画のアップロードを行いました。これはまさにPPI(Patient and Public Involvement):患者・市民参画の実践により医療の受け手、いわば当事者である患者や市民の声を医学研究や臨床試験の分野に取り入れることで、より良い医学・医療を実現しようという試みです。

 また各種SNSを用いて動画拡散、乳がん啓発活動も行っています。現在計36本の動画をアップロードし、チャンネル登録者数も3,000人を超えるまでになりました。その他ボストンにはさまざまな分野のエキスパートである留学生が集いますので、歯科医、整形外科医、放射線科医等と次々コラボ動画も実現しました。COVID-19による閉塞感が漂う中、本活動を通じて、多くの方々と繋がり、高い熱量で仕事をすることができたことは何物にも代え難い経験となりました。

 昨日までの普通を突如失い、今何ができて、今何をしなければいけないのか? COVID-19とボストン留学がなければ考えもしなかったことでしょう。今日できることを一つづつ丁寧に積み上げていきたいと思います。

  


【参考】