
[ レポーター紹介 ]
久保田 祐太郎(くぼた ゆうたろう )

2003年 3月 昭和大学医学部医学科卒業
2003年 4月 昭和大学病院 内科学講座消化器内科学部門 員外助教
2009年 7月 国立がん研究センター東病院 消化管内科 研修医
2010年 7月 昭和大学病院 内科学講座消化器内科学部門 助教
2014年 1月 昭和大学病院 内科学講座腫瘍内科学部門 助教
2016年 4月 昭和大学病院 内科学講座腫瘍内科学部門 講師
2021年 10月 University of California San Diego, Department of Surgery, Visiting Scholar
所属する研究室について
私の所属する研究室は、University of California San Diego(UCSD)の外科学部門に所属していますが、同時にAntiCancer Inc.というマウスを用いた受託研究を行う会社という側面もあります。教授のRobert M. Hoffman先生の専門は、がんにおけるメチオニン代謝異常、GFP(Green fluorescent protein)などの蛍光タンパクを用いた生体内イメージング、患者由来組織同所移植(Patient derived orthotopic xenograft: PDOX)モデル、独自の遺伝子改変サルモネラ菌を用いた細菌療法など多岐にわたり、いずれの分野でも数多くの論文を発表しています。1984年から続く歴史のある研究室で、毎年20~30本の論文を出していてとても活気があります。
現在、私はがんにおけるメチオニン代謝異常を基とした治療の研究を進めているので、まず簡単に説明します。
がんにおけるメチオニン代謝異常
がんのグルコース依存はWarburg効果として有名ですが、メチオニン依存については知らない方も多いと思います。私は腫瘍内科医ですが、正直なところ、こちらに来るまでまったく知りませんでした。メチオニンをコードするmRNA配列はAUGで、これは開始コドンとして機能するため、基本的に生体内でのタンパク合成はメチオニンから始まります。また、メチオニンはメチオニンアデノシルトランスフェラーゼ2A(MAT2A)という酵素でs-アデノシルメチオニン(SAM)に代謝されますが、このSAMは体内における唯一のメチル基供与体です。すなわちDNA、RNA、ヒストンのメチル化にメチオニンは必須であり、さまざまな遺伝子発現の調節に関わっています。
このようにメチオニンはわれわれの体内においてとても重要な役割を果たしており、必須アミノ酸に分類されていますが、体内でホモシステインから合成が可能なアミノ酸です。正常細胞はメチオニンが不足しても、この合成経路からの補充によって生存が可能ですが、メチオニンおよびメチル基の消費量の多いがん細胞は、この内因性のメチオニン合成では供給が追いつかず、アポトーシスを起こします。このため、がんは外因性のメチオニン供給に依存しています。この性質は身近なところだと、脳腫瘍や脳転移の評価に用いるメチオニンPET(保険未収載)で利用されています。実際、メチオニン制限のがんに対する有効性はin vitro、in vivoともに数多く報告されていて、近年徐々に注目されてきています。
実際の研究内容
メチオニンは多くの動物性、植物性タンパクに含まれているため、食事のみによる制限が難しいという問題点があります。このため、Hoffman教授は、メチオニン分解酵素(recombinant methioninase)を開発し、この酵素と食事によるメチオニン制限とを組み合わせた治療を提案しています。しかし、現状ではまだ課題も多く、実用化には至っていません。
この主な理由として、前述のとおりメチオニン制限は正常細胞への影響が少ないものの、やはり極度のメチオニン制限を長期間続けると体内でのタンパク合成に支障が出ることや、メチオニンが枯渇するとがんを攻撃するCD8陽性T細胞の活性も低下してしまうことなどが挙げられます。
このため、私はがんの局所でのみメチオニンを枯渇させることができないかと考え、細菌療法やメチオニン分解酵素の投与方法の工夫などで、その実現を目指した研究を進めています。またその他にも、メチオニン制限と抗がん剤の併用による相乗効果や、メチオニン制限が具体的にヒストンやDNAのメチル化にどのような影響を及ぼすのかについても調べています。
米国で研究することの利点
最後に、アメリカで研究することの利点についてです。第1の利点は、やはり臨床の仕事がない分、研究に没頭できることです。一部の最先端の研究所は別として、アメリカだからといって研究の内容や質が日本と大きく異なるわけではありません。与えられたテーマについて自分で科学的に考えて、実験を組み、結果を出す。当然、毎回思いどおりの結果が得られるわけではなく、その結果をもとに実験を再考する。その過程で私の研究室のHoffman教授と議論し、助言をもらうこともできます。研究者としては当たり前のことですが、この過程こそが臨床の合間ではなかなかできなかったことなので、毎日とても楽しく充実しています。
また、論文を執筆する際に、米国人の教授から直接指導を受けられるのも、利点の1つです。とくにHoffman教授は、論文数約1,900本を誇る百戦錬磨の研究者で、われわれ研究員が書いた論文に対して一つひとつ丁寧に指導してくれます。論文を作成して提出すると、早いと数時間、遅くとも翌日には内容が修正されて戻ってきます。その後、直接内容について話し合うのですが、その際に私の書いた論文の良い点と悪い点を指摘したうえで、どのように改善するべきかを細かく指導してくれます。悪い点としてとくによく指摘されるのは、最も大切な論文の題名にインパクトがないということと、考察で余分なことを書き過ぎていて逆にわかり難くなっているということです。これはわれわれ日本人の論文に一般的に言える特徴だと思います。
また、当然ですが、英文校正を同時にしてもらえるのもありがたいです。内容が意図していたものと変わってしまうことはないですし、私の書いた英文を生かしながらよりよい表現に直してくれます。日本では英語論文の書き方についてしっかりとした指導を受けたことがなかったので、大変貴重な経験になっています。
次回は留学中の米国での生活について紹介します。

















