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レポーター:下村 昭彦氏 (国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院 乳腺・腫瘍内科)
2022年6月3日から7日まで5日間にわたり、2022 ASCO Annual Meetingが今年はハイブリッドで実施された。日本からの現地参加者はそれほど多くなかったようであるが(筆者調べでは、乳がん関係者は10人未満の参加)、プレナリーのトップバッターを務められた国立がん研究センター東病院の吉野先生をはじめ、オーラルやポスターで発表された方々の中には現地参加された方も多かったようである。私は昨年と同じくバーチャルでの参加となったが、やはり日常診療をしながら深夜に学会に参加するのは負担が大きく、また会場の特別な空気感の中でほかの研究者と直接意見交換する機会を持てないのは寂しいものである。来年は現地で参加できることを願ってやまない。
さて、2022年のテーマは“Advancing Equitable Cancer Care Through Innovation”であった。乳がん領域では昨年に引き続きプレナリーで日常臨床を変える結果が発表され、ほかにも抗体医薬複合体(antibody drug conjugates:ADCs)の演題が多く、さまざまな概念が変わった年であったといえるであろう。
乳がんの演題について、プレナリーセッションの1題、Metastaticから2題、Local/Adjuvantから1題を紹介する。
HER2低発現の切除不能・転移乳がんに対するトラスツズマブ デルクステカンと主治医選択治療を比較した第III相臨床試験(DESTINY-Breast04試験, LBA2)
まず1つ目に、これまで10年以上にわたって私たちがよりどころとしてきたサブタイプの概念を変えることとなったプレナリーの演題を紹介する。
トラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)は抗HER2抗体にトポイソメラーゼ阻害剤を結合したADCsであり、単群第II相試験であるDESTINY-Breast01試験の結果をもって日本を含めた各国で承認され、HER2陽性乳がんに対して使用されている薬剤である。DESTINY-Breast03試験では圧倒的な差でT-DM1よりも優れており、2次治療における標準治療と位置付けられている。本薬剤の第I相試験ではHER2低発現(HER2 IHC 1+もしくは2+かつISH陰性)に対しても有効性が認められたことから、本試験が計画された。HER2低発現は転移乳がん(MBC)の約50%を占める。
DESTINY-Breast04試験は、HER2低発現の切除不能・転移乳がんに対して、2~3次治療としてT-DXdと主治医選択治療(treatment of physician’s choice:TPC、カペシタビン、エリブリン、ゲムシタビン、パクリタキセル、アルブミン結合パクリタキセルから選択)を、ホルモン受容体(hormone receptor:HR)陽性患者における無増悪生存期間(progression free survival:PFS)を主要評価項目として検証した第III相試験である。
373例(うちHR陽性331例)がT-DXd群に、184例(うちHR陽性163例)がTPC群に割り付けられた。主要評価項目のHR陽性集団におけるPFSにおいて、10.1 vs.5.4ヵ月(HR:0.51、95%CI:0.40~0.64、p<0.0001)とT-DXd群において有意に良好であった。また、全患者においても9.9 vs.5.1ヵ月とHR陽性集団と同傾向であった。さらに副次評価項目の全生存期間(overall survival:OS)において、HR陽性集団では23.9 vs.17.5ヵ月(HR:0.64、95%CI:0.48~0.64、p=0.0028)と統計学的有意にT-DXd群で良好であり、全患者においても23.4 vs.16.8ヵ月とHR陽性集団と同様であった。探索的解析ではHR陰性(すなわち、これまでトリプルネガティブ乳がんと呼んでいたサブタイプ)においても、PFSで8.5 vs.2.9ヵ月、OSで18.2 vs.8.3ヵ月とHR陽性と同様にT-DXd群で良い傾向であった。サブグループ解析でも、あらゆるサブグループにおいてT-DXdの有効性が示された結果であった。腫瘍縮小においてもHR陽性で52.6 vs.16.3%、HR陰性で50.0 vs.16.7%であり、T-DXd群で高い奏効が得られた。
一方、T-DXdは注意すべき有害事象の多い薬剤である。G3以上の有害事象はT-DXd群で53%、TPC群で67%であり、むしろT-DXd群で少ない傾向にあった。T-DXdでとくに注意すべき有害事象は12.1%であり、これまでの試験と大きな差は認めなかった。しかし、G5が0.8%で認められている。これはDESTINY-Breast03試験では認められなかった事象である。比較的治療歴の濃厚な症例が含まれていたことが一因かもしれないが、より詳細な検討が必要だと思われる。心毒性の頻度は低く許容範囲内であろう。
本試験は、乳がんに「HER2低発現」という新たなサブタイプを築いた。今後われわれはこれまでのサブタイプの概念を捨てて、さまざまなバイオマーカーを複合的に判断しながら治療戦略を考えていく必要がある。
HR陽性HER2陰性乳がんに対するsacituzumab govitecan(SG)と主TPCを比較した二重盲検無作為化第III相試験(TROPiCS-02試験, LBA1001)
ADCsの試験をもうひとつ紹介する。SGはTROP-2という細胞表面タンパクを標的としたADCsであり、2020年のESMOでは、MBCに対する治療歴のあるトリプルネガティブ乳がん(triple negative breast cancer:TNBC)を対象として行われたASCENT試験で、PFS、OSのいずれも改善したことが示された薬剤である。国内ではまだ開発の途上であるが、米国などでは承認され標準治療の1つとなっている。こちらも、先行して行われた第I相試験でHR陽性HER2陰性集団に対しても有効性が期待されており、本試験が計画された。
TROPiCS-02試験は、内分泌療法1レジメン、CDK4/6阻害剤1レジメン、タキサン含む化学療法2~4レジメンの治療歴があるHR陽性HER2陰性MBCを対象として行われた。
SGとTPC(カペシタビン、エリブリン、ビノレルビン、ゲムシタビンから選択)に、それぞれ272例、271例が割り付けられた。いずれの群においても95%が内臓転移を有していた。主要評価項目のPFSにおいて5.5 vs.4.0ヵ月(HR:0.66、95%CI:0.53~0.83、p=0.0003)と、統計学的有意にSG群で良好であった。サブグループ解析では、いずれのサブグループにおいてもSG群で良好な結果であった。副次評価項目のOSについては中間解析が実施され有意差は認められなかったが、ややSG群で良好な傾向を認めた。奏効率についてはSG群で21%、TPC群で14%であった。G3以上の有害事象はSG群で74%、TPC群で60%であり、SGの特徴である血球減少や消化器毒性が報告された。
DESTINY-Breast04試験と比べるとやや心もとない結果ではあるものの、TROPiCS-02試験のほうが治療歴はずっと濃厚であること、内臓転移のある症例がほとんどであること、全例がタキサン治療歴を有するなど、予後不良集団がエンリッチされていることが原因と考えられる。これら2試験の結果から、HR陽性HER2陰性乳がんにおいても複数のADCsが今後治療選択の中に入ってくることになるであろう。
HER3を標的としたADCsであるpatritumab deruxtecanの第I/II相試験の結果(#1002)
もうひとつ新しいバイオマーカーを対象とした試験を紹介しておきたい。patritumab deruxtecan(HER3-DXd)は、抗HER3抗体であるpatritumabにT-DXdと同じ殺細胞性薬剤であるデルクステカンを結合した新しいADCである。乳がんを対象として第I/II相試験が実施されていたが、その有効性の結果が発表された。なお、用量漸増パートでは最大耐用量に到達せず、最終的に6.4mg/kgが推奨用量となった。用量漸増パート、用量設定パートでは全サブタイプを対象として実施され、その後HR陽性HER2陰性またはTNBCかつHER3-highと、HR陽性HER2陰性かつHER3-lowを対象として拡大パートが実施された。
全パートを統合して解析した奏効率は、HR陽性HER2陰性HER3-high and lowで30.1%(95%CI:21.8~39.4)、TNBC HER3-highで22.6%(95%CI:12.3~36.2)、HER2陽性HER3-highで42.9%(95%CI:17.7~71.1)と高い奏効を認めた。PFSはそれぞれ7.4ヵ月(4.7~8.4)、5.5ヵ月(3.9~8.4)、11.0ヵ月(4.4~16.4)であり、こちらも濃厚な治療歴のある症例を対象とした第I/II相試験としては十分良好な結果であった。
毒性についてはG3以上が4.8mg/kgコホートで64.6%、6.4mg/kgコホートでは81.6%であった。とくに頻度が高い有害事象としては好中球減少、血小板減少、白血球減少、貧血などの血液毒性が多く、悪心、食欲低下、嘔吐、下痢などの消化器毒性や粘膜障害、倦怠感、脱毛などが見られていた。
HER3という新たなバイオマーカーを対象としたADC出現によって、今後さらにサブタイプの概念が変わっていく可能性が高い。多くの治療選択肢からどのようにして最適な治療を選択していくか、より深い議論が必要となるであろう。
乳房温存手術を受けたT1N0 Luminal A乳がんに対する放射線治療省略(LUMINA試験, LBA501)
日本国内では乳房再建術が保険適用となってから乳房全切除術が増加しているものの、約半数には乳房温存手術(breast conserving surgery:BCS)が実施されている。温存乳房に対する放射線治療(radiation therapy:RT)は標準治療であり、RTによって局所再発を67%減らすことが可能である。一方、(寡分割照射の実施が増えているにせよ)毎日の照射は患者にとって負担であるし、皮膚の変化や放射線肺臓炎など、有害事象も少なくない。そこで、再発低リスクのLumina Aタイプの患者を対象として、術後RTの省略を試みた試験が本試験である。Luminal AタイプのBCS+RT後の5年局所再発率は2.8%と報告されている。
LUMINA試験では低リスクのLuminal Aタイプの患者の定義として、55歳以上、T1N0、G1~2、ER≧1%、PgR>20%、HER2陰性かつKi67≦13.25%と定義した。前向き単群試験として、閾値5年局所再発率を5%未満と定義した。Ki67は中央判定で評価し、必要サンプル数は500と設定された。また試験参加者は少なくとも5年間のホルモン療法(アロマターゼ阻害剤またはタモキシフェン)を実施された。500例の患者が登録され、55~64歳が40%、65~74歳が48%、75歳以上が12%であった。主要評価項目の5年局所再発率は2.3%(95%CI:1.3~3.8)であった。局所再発は試験登録から2.5年たったところから徐々に増加していた。副次評価項目である対側乳がんの発症は1.9%(95%CI:1.1~3.2)、すべての再発は2.7%(95%CI:1.6~4.1)、5年無病生存は89.9%(95%CI:87.5~92.2%、半数が乳がん以外の2次がん)、5年OSは97.2%(95%CI:95.9~98.4%、乳がん死は1例のみ)と非常に良好な成績であった。
この結果から55歳以上で増殖能が低く、また早期のLuminal Aタイプ乳がんではRT省略についても検討の余地が出てくると考えられる。
レポーター紹介
下村 昭彦 ( しもむら あきひこ ) 氏 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院 乳腺・腫瘍内科