
[ レポーター紹介 ]
山下 奈真(やました なみ )

2002年3月 東北大学医学部卒業
2002年4月 麻生飯塚病院(初期研修医、外科系後期研修医、外科医員)
2008年4月 済生会福岡総合病院 外科
2009年4月 九州大学大学院医学系研究科外科系専攻博士課程
2013年4月 九州大学大学院 消化器・総合外科 乳腺グループ
2015年4月 九州大学大学院 九州連携臨床腫瘍学
2017年4月 九州大学大学院 消化器・総合外科 乳腺グループ
2019年6月 Dana-Farber Cancer Institute(DFCI), Medical Oncology, Postdoctoral fellow
一般外科・乳腺外科での臨床医としての経験、大学院進学を経て、米国Dana-Farber Cancer Instituteに留学中の山下 奈真氏に、米国での研究環境、キャリア構築、ボストンでの生活などについてレポートいただきます。第4回では米国での研究を取り巻く状況についてお伺いしました。
給料はどこから?米国のラボ運営事情
2022年1月初旬現在、COVID-19オミクロン株が猛威を振るい、毎日マサチューセッツ州だけで新規に2万人が感染している状況です。まだまだCOVID-19との戦いは終わりそうにありません。
今回は米国での研究を取り巻くエコシステムに焦点を当てたいと思います。まず米国と日本で最も異なるのは、米国ではラボで雇用されている人の給料がグラントで賄われている点です。現在所属している、ハーバード大学および関連施設では100%、PI(principal investigator)の持つグラントより私達の給料が支給されています。大学によっては70%前後、教育目的という名目で大学が支給する場合もあるようです。つまり、グラント更新が続かなければ、雇用されているポスドクに加え、PI自体にも給料が払えなくなり、ラボが存続できないシステムとなっています。通常PIは複数の単独PIグラントに加え、co-PIグラント(複数のPIが共同で獲得するグラント)を並走させ、ラボを運営しています。グラントを循環させるには、もちろん仮説・新規性も重要ですが、計画実現性がかなり重視されており、獲得したグラントで次の更新までには論文発表の目処が立っていないと更新は厳しくなります。
ポスドクの立ち位置とその後の進路
ポスドクはというと、博士課程を終えた者が、次は独立してラボを持つための修練期間と捉えられています。PIのラボ運営を学びながら、自分では業績をあげ、かつPIの力を借りて人脈を築き上げる期間とも言えます。世界各国から一旗揚げようという研究者が切磋琢磨する、非常に新陳代謝の激しい環境となっています。確かにアカデミアで自分のラボを持ち、オリジナルの研究をすることはやりがいがありますし、とても魅力的です。一方、日本と同様にアメリカでもアカデミアのファカルティポジションは非常に狭き門であり、「普通」ではありません。

現実はかなり厳しく、ポスドクのうち、ファカルティポジションにつける研究者はCell, Nature, Science(CNS)のfirst authorで10%、そうでなければ2%と言われています(Nature 584, 315, 2020)。また普段の研究では、グラントが自分たちの雇用に直結しますので、グラントシーズンに合わせて、効率的に基礎データを取りに行く瞬発力もトレーニングされていきます。このような厳しいエコシステムのなか、一緒に働いているポスドクとは戦友のような絆が育まれています。
日本人を含む外国人研究者を取り巻く状況は?
さて日本人ポスドクはというと、日本も研究費獲得は難しいですが、米国留学した外国人が米国でグラント獲得をするとなると、すでにハンデがある状況であるということを認識しておかなければなりません。日本人を含め、アメリカ永住権を持っていない外国人ポスドクは申請できるグラントが限られます。例えば、将来性のあるポスドクが獲得できるNIH F32 Postdoctoral Fellowshipは“U.S. citizen or permanent resident, with research or clinical doctoral degree.“と記載がされており、アメリカ国籍もしくは永住権を持っている学位取得者に限られています。
臨床と研究の両立
医師が研究するという点では、米国はPhysician-scientistsというポジションがあります。研究をするために臨床のeffortを半分にして残り半分を研究に費やす(年間を6ヵ月ずつにするか、一日を午前・午後に分けるかさまざまな方法があります)というものです。研究を続行するにはエネルギーと時間が必要であり、このようなポジションは医療の発展という意味でも肝要なのではないかと思っております。医師が日頃の臨床から得た疑問をbenchに落とし込み、それを検証し、臨床に還元するシステム作りが今後ますます重要になってくるのではないでしょうか。