[ レポーター紹介 ]
大場 崇旦(おおば たかあき )
2009年3月 信州大学医学部医学科卒業
2009年4月 JA長野厚生連長野松代総合病院初期臨床研修
2011年4月 信州大学医学部外科学教室医員
2013年4月 信州大学医学部外科学教室乳腺内分泌外科学分野医員
2017年3月 信州大学大学院医学系研究科修了 博士号(医学)取得
2018年8月 Roswell Park Comprehensive Cancer Center, Center for immunotherapy, Postdoctoral fellow
2020年8月 信州大学医学部外科学教室乳腺内分泌外科学分野診療助教
外科医としてキャリアをスタート後、米国Roswell Park Comprehensive Cancer Centerに基礎研究留学され、現在は帰国して信州大学外科学教室で乳腺内分泌外科学分野の診療助教として勤務する大場 崇旦氏に、日米の研究環境の違い、帰国後のキャリアプランニングなどについてレポートいただきます。第3回では米国の基礎研究の研究環境と、日米の研究者の生活の違いについてお伺いしました 。
病院併設の研究センターならではの強みとは
留学先であるRoswell Park Comprehensive Cancer Centerは1898年に創設された歴史ある国立のがん研究センターです。細胞培養の経験のある人ならご存じのはずのRPMI培地はRoswell Park Memorial Institute mediumの略でその名の通り、Roswell Parkで開発されたもののようです。恥ずかしながら、渡米するまでそのことを知らなかったのですが、Roswell ParkでRPMI培地を使うたびになんだか歴史の重さを感じたものです。
話は逸れましたが、Roswell Parkには研究所だけでなく病院も併設されており、こちらは2019年の米国内の最高のがん病院のリストで14位にランクインされておりました。病院も併設されていることからtranslational researchが盛んで、基礎研究で得られた知見を基にすぐに臨床試験に進んだり、もしくは動物実験で得られたdataをすぐに臨床検体で解析する、などといったことに対するアクセスが非常によかったと思います。実際に、我々もマウスモデルで得られたdataを、肺がん患者の血液サンプルを用いて解析したことで、肺がんにおける免疫チェックポイント阻害剤の効果予測バイオマーカーを同定することができました(Nat Commun. 2021;12(1):1402)。
常にオープンなBossの部屋の扉、多様なメンバーと交流可能なラボのデザイン
研究スペースはオープンラボシステムであり、だだっ広いスペースにいくつものラボのポスドクが共生するようにデザインされており、おかげで他のラボのメンバーとの交流もできたし、試薬などが足りなくなってしまった時はお互いに助け合ったりすることができました。また、週に1回ラボ全体のミーティングがあり、毎回2人が研究の進捗状況を報告する機会があり、だいたい2ヵ月に1回くらい、出番が回ってきました。時には炎上することもありましたが、これが英語でプレゼンテーションするよい勉強の機会になったように思います。幸い、Bossの部屋の扉はいつもオープンになっており、部屋におられることが多かったので、ささいなことでも困ったことがあればすぐに直接相談できる環境にあったことも大変恵まれていた環境であったのだな、と感じています。
オンオフのはっきりとした研究生活で、なおかつ結果も出すすごさ
日米の研究者の生活の大きな違いは、やはり何といっても休日に対する考え方の違いでしょうか。米国では土日は完全にOffということが当たり前で、土日のラボ内に人をみかけることがほぼありませんでした。金曜の昼頃からなんとなく皆、浮足立ってきて、夕方には ‘Have a good weekend’ という感じです。土日にもラボに顔を出しているのは、自分も含め、中国、韓国、インドなどからのアジア系の研究者だけだったように記憶しています。
2年間という限られた留学生活の中で結果を出すためには、やむなくといった感じで休日、平日、昼夜問わずといった研究生活を送ってしまいましたが、オンオフのはっきりとした研究生活で、なおかつ結果も出し、世界をけん引していく米国の研究者達と日本人の違いはどこにあるのだろうか、そんなことを考えながら過ごした2年間でした。また、研究生活以外でも、米国民の休日の本気度にはびっくりしました。日本の感覚だと、いくら休日とはいえ、スーパーマーケットや飲食店などはやっているだろう、とたかをくくっていましたが、サンクスギビング、クリスマスなどの休日はこれらも完全にすべて閉店。休日の前日までにあらかじめ食品などを買っておかねばならないことを知らず、留学初年のクリスマスは当日にいくら探しても見つからず、クリスマスケーキなしで過ごすはめとなりました。