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本連載は、臨床研究のノウハウを身につけたいけれど、メンター不在の臨床現場で悩める医療者のための、「実践的」臨床研究入門講座です。臨床研究の実践や論文執筆に必要な臨床疫学や生物統計の基本について、架空の臨床シナリオに基づいた仮想データ・セットや、実際に英語論文化した臨床研究の実例を用いて、解説していきます。
構造化抄録を英文化する
前回まで、これまでの連載で取り扱ってきた架空の臨床シナリオに基づく研究を、構造化抄録のかたちにまとめました(連載第63回、64回、65回参照)。ここまで日本語の構造化抄録ができれば、次はいよいよ英文抄録を作成し、国際学会での発表に挑戦してみたいところです。英文抄録を作成する際は、粗々でもよいので、まず自分で英文案を作成できるのが望ましいです。しかし、「英作文のトレーニングなんて大学受験以来やっていない」という方もおられるでしょう。そこで今回は、ChatGPTなどの生成AIや機械翻訳・校正ツール(DeepLやGrammarlyなど)を活用して、日本語で作成した構造化抄録を英文抄録にするためのコツを解説します。
英語は、原則として「誰が(主語)」「どうしたか(述語)」を明確に示すことを文法的に要求する言語です。一方、日本語ではこれらの要素が文脈に委ねられることが多く、主語が省略されたり、修飾関係が曖昧なまま読者の解釈に依存したりします。
したがって、英訳の第一歩は、日本語原稿を「英訳しやすい日本語」に書き直すことです。具体的には、主語を明示すること、曖昧な表現を避けること、一文を短くすることです。たとえば、日本語で作成した構造化抄録の【背景】(連載第63回参照)を書き直してみます。
【背景】たんぱく質摂取制限は慢性腎臓病(CKD)進行抑制に推奨されているが、厳格な低たんぱく食(low-protein diet:LPD)の遵守と腎予後との関連については十分に検討されていない。
日本語としてはとくに不自然ではありません。しかし、英訳の下準備として、あえて少し説明的な日本語に分解してみます。ChatGPTなどの生成AIに、以下のようなプロンプト(指示文)を入力して書き換えてみました。
「主語を明示する、曖昧な表現を避ける、一文を短くする、という点を意識して書き直してください。【背景】たんぱく質摂取制限は、慢性腎臓病(chronic kidney disease:CKD)の進行抑制を目的として推奨されている。一方で、厳格な低たんぱく食(low-protein diet:LPD)の遵守がCKD患者の腎予後と関連するかは、十分に検討されていない。」
※生成AIや機械翻訳・校正ツールは、同じプロンプトや文章を入力しても同じ回答を生成するとは限らず、出力にはばらつきが生じる点にご留意ください。
続いて、以下のようなプロンプトでひとまず英訳してみます。
「英語ネイティブが執筆したような自然な医学論文英語に書き直してください。」
すると、下記のような英文が示されました。
Background:Dietary protein restriction is recommended to slow the progression of chronic kidney disease(CKD). However, whether adherence to a strict low-protein diet(LPD)is associated with kidney outcomes in patients with CKD has not been adequately investigated.
次の段階として、DeepLを用いて逆翻訳してみます。逆翻訳とは、作成した英文を再び日本語に翻訳し、元の日本語原稿との間に意味のずれがないかを確認する方法です。
【背景】慢性腎臓病(CKD)の進行を遅らせるため、食事中のたんぱく質摂取制限が推奨されている。しかし、CKD患者において、厳格な低たんぱく質食(LPD)の遵守が腎機能の転帰と関連しているかどうかについては、十分に調査されていない。
ここで確認するのは、逆翻訳された文章が読みやすい日本語かどうかではありません。主語、肯定・否定、比較、因果関係など文意が変わっていないかを確認します。この例では、原文の「腎予後」が逆翻訳では「腎機能の転帰」に変わっています。日本語の「腎機能の転帰」では腎機能の変化だけを指すように読めてしまいますが、英語のkidney outcomesは末期腎不全への進展(透析導入)までを含む広い言葉ですのでそのまま採用します。このように逆翻訳を行うと、訳語の意味する範囲が原文とずれていないかを確認できます。
AIを活用した文章支援ツールであるDeepL Writeを使えば、ひとまず作成した英文について、別の表現を検討することもできます。いくつか示された書き換え候補を吟味し、2文目について下記のようにより簡潔に書き換えてみました。
However, it remains unclear whether adherence to a strict low-protein diet (LPD) is associated with kidney outcomes in patients with CKD.
筆者(1年弱の米国留学経験はありますが、自認は純ジャパです)は、長いwhether節を文末に置いた後者のほうが座りがよいと感じました。生成AIにも「どちらの英文が医学学術英語としてより洗練されているか」と尋ねてみたところ、後者を推奨するとの回答でした。
この時点ですでにかなりブラッシュアップされた英文になっていますが、筆者は英文ドラフトの文法やスタイルのチェックにGrammarlyを活用しています。Grammarlyは無料版でも基本的な文法エラーやスペルミスを検出してくれます。また、WordのアドインやWebブラウザ拡張機能も提供されており、使い勝手が良いです。
筆者がおすすめする英文化のためのAIツールの実践的な使い分けのフローを整理すると、以下のようになります。
1.生成AIで英訳のための下準備・下訳
2.DeepL(およびDeepL Write)で逆翻訳・推敲
3.Grammarlyで文法チェック
ここまで示した範囲の生成AIや機械翻訳・校正ツールの利用は無料版で十分可能ですので、ぜひご自身の文例で試してみてください。ただし、未公表データや患者情報など、機密性の高い情報の入力は避ける必要があります。また、デフォルト設定では入力内容がAIの学習やサービスの改善に利用される場合もあるため、利用前に各サービスの設定を確認し、入力内容をモデルの改善に利用しない設定(オプトアウト)にしておくと良いです。なお、英文論文の投稿にあたって生成AIを利用した場合には、Acknowledgementsなどでその旨を明示する必要がある点にも留意してください。
英文化は、あなたの研究の国際的な可視性を高めるための最終工程です。まず日本語原稿の論理を磨き、次にAIツールを目的に応じて使い分け、最後は必ず自身の目で内容を確認します。この3段階のプロセスによって、英文作成に不慣れな研究者でも効率的に質の高い英文抄録を作成できるでしょう。
講師紹介

長谷川 毅 ( はせがわ たけし ) 氏
昭和医科大学臨床疫学研究所 所長・教授
昭和医科大学大学院医学研究科 衛生学・公衆衛生学分野/腎臓内科学分野 兼担教授
福島県立医科大学臨床研究イノベーションセンター 特任教授
[略歴]
1996年昭和大学(現昭和医科大学)医学部卒業。
2007年京都大学大学院医学研究科臨床情報疫学分野(臨床研究者養成コース)修了。
都市型および地方型の地域中核病院で一般内科から腎臓内科専門診療、三次救急から亜急性期リハビリテーション診療まで臨床経験を積む。その臨床経験の中で生じた「臨床上の疑問」を科学的に可視化したいという思いが募り、京都の公衆衛生大学院で臨床疫学を学び、米国留学を経て現在に至る。
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