海外研修留学便り【米国留学記(矢崎 秀氏)】第2回

[レポーター紹介]
矢崎 秀(やざき しゅう)

2012年  3月 日本大学医学部 卒業
2012年  4月    聖路加国際病院 初期研修医
2014年  4月    聖路加国際病院 内科専門研修医
2015年  4月    聖路加国際病院 内科チーフレジデント
2016年  4月    聖路加国際病院 腫瘍内科フェロー                
2019年  4月    国立がん研究センター中央病院 腫瘍内科・先端医療科 がん専門修練医
2021年  4月    国立がん研究センター中央病院 国際開発部門・腫瘍内科 研究員
2023年  6月    Memorial Sloan Kettering Cancer Center,
                       Department of Radiation Oncology, Research Fellow

Memorial Sloan Kettering Cancer Centerとは

 Memorial Sloan Kettering Cancer Center(MSKCC)は米国を代表するがんセンターの1つであり、マンハッタンのアッパーイーストに位置しています。周囲は治安も良く立地にも恵まれており、セントラルパークも徒歩圏内です。病院と隣接して基礎研究棟があり、外来施設などのその他多くの施設がマンハッタン内に存在します。近隣にはWeill Cornell MedicineやThe Rockefeller Universityなどの優れた研究機関があり、人材の交流も盛んに行われています。

Computational Genomicsを得意とした研究室に所属

 私の所属している研究室はComputational Genomicsを得意としており、7割がDry、3割がWetベースで研究を進めています。DNA修復経路を標的とした個別化治療の開発を目指して研究を行っています。PIはPhysican-Scientistであり、放射線治療医として臨床を行いながら研究室の運営をしており、医師主導治験の付随研究なども行っています。メンバーは私含めて4人のポスドクと1人のテクニシャンと比較的小さな研究室です。

現在の研究テーマと日々の研究生活のやりがい

 私はBRCA1/2機能欠損などの相同組み換え修復異常が免疫治療の効果に与える影響の解明をメインテーマに研究を行っています。相同組み換え修復異常の頻度が高い乳がんや卵巣がん患者さんに成果を還元することをモチベーションに研究に励んでいます。

 遺伝子パネル検査であるMSK-IMPACTのシークエンスデータや公共データを用いて仮説を設定し、その背景メカニズムを深堀りする作業を行っています。他にも医師主導治験の患者検体を用いた付随研究など、2~3個のプロジェクトを並行して行っています。毎週のミーティングでPIと解析データを確認し、解釈や方向性を確認しながら研究を進めています。 

 私は実験を(ほぼ)行っていないため、マウスの腫瘍が縮小した! というような日々の喜びは少ないです。Dry解析は地味でPCやデータとのにらみ合いの日々です。しかし、いろいろな解析プログラムを回し、その結果の妥当性を評価したり、得られた結果を解釈し、仮説の検証や次の解析を考えるステップは楽しく充実した研究生活を送っています。


バックナンバー

4 海外研修留学便り【米国留学記(矢崎 秀氏)】第4回

3 海外研修留学便り【米国留学記(矢崎 秀氏)】第3回

2 海外研修留学便り【米国留学記(矢崎 秀氏)】第2回

1 海外研修留学便り【米国留学記(矢崎 秀氏)】第1回

いよいよ多変量解析 その2【「実践的」臨床研究入門】第49回

提供元:CareNet.com

本連載は、臨床研究のノウハウを身につけたいけれど、メンター不在の臨床現場で悩める医療者のための、「実践的」臨床研究入門講座です。臨床研究の実践や論文執筆に必要な臨床疫学や生物統計の基本について、架空の臨床シナリオに基づいた仮想データ・セットや、実際に英語論文化した臨床研究の実例を用いて、解説していきます。

多変量解析手法の選択と留意点

 臨床研究における多変量解析の主な目的の1つは交絡因子の調整です(連載第40回参照)。交絡因子は、Research Question(RQ)のE(要因)とC(対照)との「理想的な」比較を歪める因子、と説明しました(連載第45回参照)。これまでブラッシュアップしてきたわれわれのRQ(簡略版)を下記に再掲します(連載第40回参照)。

P(対象):慢性腎臓病(CKD)患者
E(要因):推定たんぱく質摂取量 0.5g/kg標準体重/日未満
C(対照):推定たんぱく質摂取量 0.5g/kg標準体重/日以上
O(アウトカム):1)末期腎不全 2)糸球体濾過量(GFR)低下速度

 また、これまでの先行研究の知見や医学的観点から、下記の因子をわれわれのRQの交絡因子として挙げてデータを収集し(連載第45回参照)、その仮想データ・セットを用いた記述統計の結果を、論文の表1としてEZR(Eazy R)で作成しました(連載第46回第47回参照)。

年齢、性別、糖尿病の有無、血圧、eGFR、蛋白尿定量、血清アルブミン値、ヘモグロビン値

 臨床研究では、多変量解析の代表的な手法として種々の回帰分析が行われます。回帰分析は、アウトカム指標を表す1つの変数(目的変数)と1つ以上の説明変数(交絡因子)との関係をいろいろな数式で表現し、モデル化します。どのような回帰分析モデルを選択するかはアウトカム指標の種類、すなわち目的変数の型で決まります。

 アウトカム指標の種類、目的変数の型は生存時間(連載第42回参照)および連続変数とカテゴリ変数に大別されるのでした(連載第46回参照)。前述したわれわれのRQ(簡略版)のOで挙げられている末期腎不全(の発症までの時間)は生存時間であり、GFR低下速度は連続変数となります。末期腎不全というアウトカムの発症までの時間は考慮せず、発症の有無のみで扱う場合はカテゴリ(2値)変数となります。生存時間は「打ち切り」も考慮したカテゴリ(2値)変数という捉え方もできます(連載第37回第41回第42回参照)。

 アウトカム指標(目的変数)の型の違いによって、それぞれ対応する回帰分析モデルは下記のようになります。

・連続変数:線形回帰(重回帰)
・カテゴリ(2値)変数:ロジスティック回帰
・生存時間:Cox比例ハザード回帰

 交絡因子の調整を多変量解析で行う際、サンプルサイズに比してあまり多くの説明変数(交絡因子)を回帰分析モデルに投入すると、モデルが不安定となります。そのため、回帰分析モデルごとに、投入可能な説明変数(目的変数)の数の目安が下記のように示されています。

・線形回帰(重回帰):説明変数(交絡因子)1つにつき、サンプルサイズ15例
・ロジスティック回帰:説明変数(交絡因子)1つにつき、アウトカム指標(目的変数)の少ない方のカテゴリ10例
・Cox比例ハザード回帰:説明変数(交絡因子)1つにつき、イベント数10例

 それでは、計画している交絡因子の調整が、われわれの仮想データ・セットで可能かどうか確認してみましょう。説明変数(交絡因子)の数は前述したように計8変数となります。

 まず、Oの1)末期腎不全(の発症までの時間)は生存時間ですので、Cox比例ハザード回帰分析を用います。説明変数(交絡因子)1つにつき、イベント数10例、すなわち8×10=80例が必要ですが、仮想データ・セットから計算した総イベント数は185例ですので(連載第41回参照)、充分です。

 Oの2)GFR低下速度は連続変数であり、線形回帰(重回帰)分析で必要なサンプルサイズの目安は8×15=120例です。作成した表1をみると、仮想データ・セットのサンプル数の総計は638例ですので(連載第47回参照)、こちらも大丈夫そうです。

 次回からは、それぞれの回帰分析モデルを用いた多変量解析の実際について、仮想データ・セットを使用したEZRの操作方法を交えて解説していきます。


講師紹介

harasense

長谷川 毅 ( はせがわ たけし ) 氏
昭和大学臨床疫学研究所 所長・教授
昭和大学大学院医学研究科 衛生学・公衆衛生学分野/腎臓内科学分野 兼担教授
福島県立医科大学臨床研究イノベーションセンター 特任教授

[略歴]
1996年昭和大学医学部卒業。
2007年京都大学大学院医学研究科臨床情報疫学分野(臨床研究者養成コース)修了。
都市型および地方型の地域中核病院で一般内科から腎臓内科専門診療、三次救急から亜急性期リハビリテーション診療まで臨床経験を積む。その臨床経験の中で生じた「臨床上の疑問」を科学的に可視化したいという思いが募り、京都の公衆衛生大学院で臨床疫学を学び、米国留学を経て現在に至る。


バックナンバー

55. 生存時間分析 その1

54. 線形回帰(重回帰)分析 その5

53. 線形回帰(重回帰)分析 その4

52. 線形回帰(重回帰)分析 その3

51. 線形回帰(重回帰)分析 その2

50. 線形回帰(重回帰)分析 その1

49. いよいよ多変量解析 その2

48. いよいよ多変量解析 その1

47. 何はさておき記述統計 その8

46. 何はさておき記述統計 その7

45. 何はさておき記述統計 その6

44. 何はさておき記述統計 その5

43. 何はさておき記述統計 その4

42. 何はさておき記述統計 その3

41. 何はさておき記述統計 その2

40. 何はさておき記述統計 その1

39. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップ‐E(要因)およびC(比較対照)設定の要点と実際 その2

38. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップ‐E(要因)およびC(比較対照)設定の要点と実際 その1

37. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップ‐O(アウトカム)設定の要点と実際 その2

36. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップ‐O(アウトカム)設定の要点と実際 その1

35. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップーP(対象)設定の要点と実際 その2

34. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップーP(対象)設定の要点と実際 その1

33. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その8

32. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その7

31. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その6

30. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その5

29. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その4

28. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その3

27. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その2

26. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 実際にPubMed検索式を作ってみる その1

25. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その5

24. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その4

23. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その3

22. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その2

21. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その1

20. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 学術誌、論文、著者の影響力の指標 その3

19. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 学術誌、論文、著者の影響力の指標 その2

18. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 学術誌、論文、著者の影響力の指標 その1

17. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー CONNECTED PAPERSの活用 その3

16.リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー CONNECTED PAPERSの活用 その2

15. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー CONNECTED PAPERSの活用 その1

14. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー コクラン・ライブラリーの活用 その3

13. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー コクラン・ライブラリーの活用 その2

12. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー コクラン・ライブラリーの活用その1

11. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー UpToDateの活用その2

10. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー UpToDateの活用その1

9. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 文献管理その3

8. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 文献管理その2

7. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 文献管理その1

6. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 診療ガイドラインの活用その3

5. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 診療ガイドラインの活用その2

4. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 診療ガイドラインの活用その1

3. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビューその2

2. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー その1

1. 臨床上の疑問とリサーチ・クエスチョン

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海外研修留学便り【米国留学記(矢崎 秀氏)】第1回

[レポーター紹介]
矢崎 秀(やざき しゅう)

2012年  3月 日本大学医学部 卒業
2012年  4月    聖路加国際病院 初期研修医
2014年  4月    聖路加国際病院 内科専門研修医
2015年  4月    聖路加国際病院 内科チーフレジデント
2016年  4月    聖路加国際病院 腫瘍内科フェロー                
2019年  4月    国立がん研究センター中央病院 腫瘍内科・先端医療科 がん専門修練医
2021年  4月    国立がん研究センター中央病院 国際開発部門・腫瘍内科 研究員
2023年  6月    Memorial Sloan Kettering Cancer Center,
                       Department of Radiation Oncology, Research Fellow

 皆さま、はじめまして。私は2023年6月よりMemorial Sloan Kettering Cancer Center放射線治療科部門のNadeem Riazラボでリサーチフェローをしております。

市中病院でのキャリア開始から研究留学を決意するまで

 私は大学卒業後、市中病院でキャリアを開始しました。そのため臨床業務が中心であり、基礎研究には縁がない生活を送っていました。では、なぜ私が基礎研究やTR(トランスレーショナルリサーチ)で留学を決意するに至ったのでしょうか?

 腫瘍内科医として日々の診療を行う中で、同じがん種であっても個々の患者さんによってがん薬物療法の治療効果は大きく異なることを実感しました。乳がんではホルモン受容体やHER2発現を基にした個別化治療により治療成績は改善していますが、依然として十分ではありません。さらなる治療成績向上には、より個別化した治療の開発が重要になります。そのためには、なぜ個々の患者さんで治療効果が異なるのか、背景にあるがんのbiologyを理解する必要があり、基礎研究やTR研究に興味を持つようになりました。

 一般腫瘍内科研修を終え、異動した国立がん研究センターで病理診断部門や研究所に出入りし、患者さんの検体を用いたオミクス情報解析を学びました。オミクス情報とがんの病態や治療効果を結び付ける作業はとても面白く、技術も日々進歩していることからさらなるトレーニングを積みたいと思いました。海外留学には漠然とした憧れがあり、学位、専門医の取得後のキャリアを考えた際に、留学するなら今しかない、と思い研究留学を決意しました。

難航した留学先探し、頼りになったサイトとは

 最初は、過去に留学経験のある先生方に相談し、その人脈を頼り留学先の検討を始めました。複数のPIをご紹介いただき面談も行いましたが、研究テーマやオファー条件が決定打に欠け、なかなか進展しませんでした。そのほか、ツテはないものの興味のある研究室にメールで打診を行ったりしましたが、返事がないことも多く、留学先探しは難航していました。そんな中、偶然見たNature Careersで興味があった研究室からのポスドク募集を発見し(締め切り前日でした)、急いで応募したところ面談に進みオファーをいただきました。こうして現在の研究室に行くことが決まりました。

 留学先を探している方はNatureやScienceに出ている求人情報を一度はチェックすることをお勧めします。ポスドクの募集が出ているということは、その研究室がポストと研究費を確保しているタイミングであるためチャンスです(しかし、ビックラボから募集が出ることは少なく、頻繁に公募が出ているラボには注意する必要があります)。また、日本人としては複数の研究室に同時にアプローチすることに躊躇しがちですが、並行して進めるほうが効率的です。私は当初、1つずつ交渉していたため、時間を浪費してしまいました。 

注意したい「5 point letter」の発行と語学の準備

 留学までの準備に関して、私からはJ1ビザの注意点とよく聞かれる英語についてお伝えします。

・ビザ

 研究留学の場合はJ1ビザを所得することが一般的ですが、MDが研究留学する際には、臨床業務を行わないことを明記した「5 point letter」が必要となります。DS-2019に加えて、「5 point letter」の発行も依頼しましょう。受け入れ施設もこの書類の必要性を把握していないこともあるので、注意してください。

・英語

 私はとくに資格試験の結果などを求められることはありませんでした。しかし、渡米直後はまったく会話が聞き取れずとても苦労しました(今も大変ですが、少しマシになりました。東海岸はとくに英語が早いという噂もあります…)。英語力がないことで留学をあきらめる必要はないと思いますが、資格試験などを目安に英語のトレーニングをしておくことをお勧めします。

 私は上記の「5 point letter」が不足していたため初回の申請でビザが下りませんでした。受け入れ施設に書類の作成を依頼しましたが前例がなく対応に時間がかかり、出国予定日を過ぎても書類は届きませんでした。待てども書類は届かず、最終的には自分でひな形を作成し、書類を作成してもらいました。ビザ取得までの約1ヵ月間は、住居も引き払っていたため、義理の兄弟の家に家族で泊めていただきました(大感謝です)。留学前から波乱に巻き込まれましたが、何とか無事にアメリカに入国し留学生活を開始しました。


バックナンバー

4 海外研修留学便り【米国留学記(矢崎 秀氏)】第4回

3 海外研修留学便り【米国留学記(矢崎 秀氏)】第3回

2 海外研修留学便り【米国留学記(矢崎 秀氏)】第2回

1 海外研修留学便り【米国留学記(矢崎 秀氏)】第1回

ESMO2024 レポート 乳がん

提供元:CareNet.com

レポーター: 下村 昭彦氏
(国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院 乳腺・腫瘍内科/がん総合内科)

 2024年9月13日から17日まで5日間にわたり、欧州臨床腫瘍学会(ESMO Congress 2024)がハイブリッド形式で開催された。COVID-19の流行以降、多くの国際学会がハイブリッド形式を維持しており、日本にいながら最新情報を得られるようになったのは非常に喜ばしい。その一方で、参加費は年々上がる一方で、今回はバーチャル参加のみの会員価格で1,160ユーロ(なんと日本円では18万円超え)。日本から参加された多くの先生方がいらっしゃったが、渡航費含めると相当の金額がかかったと思われる…。

 それはさておき、今年のESMOは「ガイドラインが書き換わる発表です」と前置きされる発表など、臨床に大きなインパクトを与えるものが多かった。日本からもオーラル、そしてAnnals of Oncology(ESMO/JSMOの機関誌)に同時掲載の演題があるなど、非常に充実していた。本稿では、日本からの演題も含めて5題を概説する。

KEYNOTE-522試験

 本試験は、トリプルネガティブ乳がん(TNBC)を対象とした術前化学療法にペムブロリズマブを上乗せすることの効果を見た二重盲検化プラセボ対照第III相試験である。カルボプラチン+パクリタキセル4コースのち、ACまたはEC 4コースが行われ、ペムブロリズマブもしくはプラセボが併用された。病理学的完全奏効(pCR)と無イベント生存(EFS)でペムブロリズマブ群が有意に優れ、すでに標準治療となっている。今回は全生存(OS)の結果が発表された。

 アップデートされたEFSは、両群ともに中央値には到達せず、ハザード比(HR):0.75、95%信頼区間(CI):0.51~0.83、5年目のEFSがペムブロリズマブ群で81.2%、プラセボ群で72.2%であり、これまでの結果と変わりなかった。OSも中央値には到達せず、HR:0.66(95%CI:0.50~0.87、p=0.00150)、5年OSが86.6% vs.81.7%と、ペムブロリズマブ群で有意に良好であった(有意水準α=0.00503)。また、pCRの有無によるOSもこれまでに発表されたEFSと同様であり、non-pCRであってもペムブロリズマブ群で良好な結果であった。

 この結果から、StageII以上のTNBCに対してはペムブロリズマブを併用した術前化学療法を行うことが強固たるものとなった。

DESTINY-Breast12試験

 本試験は脳転移を有する/有さないHER2陽性転移乳がん患者に対するトラスツズマブ・デルクステカン(T-DXd)の有効性を確認した第IIIb/IV相試験である。脳転移を有するアームと脳転移を有さないアームが独立して収集され、主に脳転移を有する症例におけるT-DXdの有効性の結果が発表された。脳転移アームには263例の患者が登録され、うち157例が安定した脳転移、106例が活動性の脳転移を有した。活動性の脳転移のうち治療歴のない患者が39例、治療歴があり増悪した患者が67例であった。主要評価項目は無増悪生存期間(PFS)、その他の評価項目として脳転移のPFS(CNS PFS)などが含まれた。脳転移を有する症例のPFS中央値は17.3ヵ月(95%CI:13.7~22.1)、12ヵ月PFSは61.6%と非常に良好な成績であり、これまでの臨床試験と遜色なかった。活動性の脳転移を有するサブグループでも同等の成績であったが、治療歴のないグループでは12ヵ月PFSが47.0%とやや劣る可能性が示唆された。12ヵ月時点のCNS PFSは58.9%(95%CI:51.9~65.3)とこちらも良好な結果であった。安定した脳転移/活動性の脳転移の間で差は見られなかった。

 測定可能病変を有する症例における奏効率は64.1%(95%CI:57.5~70.8)、測定可能な脳転移を有する症例における奏効率は71.7%(95%CI:64.2~79.3)であった。OSは脳転移のある症例とない症例で差を認めなかった。

 この結果からT-DXdの脳転移に対する有効性は確立したものと言ってよいであろう。これまで(とくに活動性の)脳転移に対する治療は手術/放射線の局所治療が基本であったが、今後はT-DXdによる全身薬物療法が積極的な選択肢になりうる。

CAPItello-290試験

 カピバセルチブは、すでにPI3K-AKT経路の遺伝子変化を有するホルモン受容体陽性(HR+)/HER2陰性(HER2-)転移乳がんに対して、フルベストラントとの併用において有効性が示され、実臨床下で使用されている。本試験は転移TNBCを対象として、1次治療としてパクリタキセルにカピバセルチブを併用することの有効性を検証した二重盲検化プラセボ対照第III相試験である。818例の患者が登録され、主要評価項目は全体集団におけるOSならびにPIK3CA/AKT1/PTEN変異のある集団におけるOSであった。結果はそれぞれ17.7ヵ月(カピバセルチブ群)vs. 18.0ヵ月(プラセボ群)(HR:0.92、95%CI:0.78~1.08、p=0.3239)、20.4ヵ月vs. 20.4ヵ月(HR:1.05、95%CI:0.77~1.43、p=0.7602)であった。PFSはそれぞれ5.6ヵ月vs. 5.1ヵ月(HR:0.72、95%CI:0.61~0.84)、7.5ヵ月vs. 5.6ヵ月(HR:0.70、95%CI:0.52~0.95)と、カピバセルチブ群で良好な傾向を認めた。奏効率もカピバセルチブ群で10%程度良好であった。しかしながら、主要評価項目を達成できなかったことで、IPATunity130試験(ipatasertibのTNBC1次治療における上乗せ効果を見た試験で、PFSを達成できなかった)と同様の結果となり、TNBCにおけるAKT阻害薬の開発は困難であることが再確認された。

ICARUS-BREAST01試験

 本試験は抗HER3抗体であるpatritumabにderuxtecanを結合した抗体医薬複合体(ADC)であるpatritumab deruxtecan(HER3-ADC)の有効性をHR+/HER2-転移乳がんを対象に検討した第II相試験である。本試験はCDK4/6阻害薬、1ラインの化学療法歴があり、T-DXdによる治療歴のないHR+/HER2-転移乳がんを対象として行われた単アームの試験であり、主治医判定の奏効率が主要評価項目とされた。99例の患者が登録され、HER2ステータスは約40%で0であった。HER3の発現が測定され、約50%の症例で75%以上の染色が認められた。主要評価項目の奏効率は53.5%(95%CI:43.2~63.6)であり、内訳はCR:2%(0.2~7.1)、PR:51.5%(41.3~61.7)、SD:37.4%(27.8~47.7)、PD:7.1%(2.9~14.0)であった。SDを含めた臨床的有用率は62.6%(52.3~72.1)と、高い有効性を認めた。

 有害事象は倦怠感、悪心、下痢、好中球減少が10%以上でG3となり、それなりの毒性を認めた。探索的な項目でHER3の発現との相関が検討されたが、HER3の発現とHER3-DXdの有効性の間に相関は認められなかった。肺がん、乳がんでの開発が進められており、目の離せない薬剤の1つである。

ERICA試験(WJOG14320B)

 最後に昭和大学先端がん治療研究所の酒井 瞳先生が発表した、T-DXdの悪心に対するオランザピンの有効性を証明した二重盲検化プラセボ対象第II相試験であるERICA試験を紹介する。T-DXdは悪心、嘔吐のコントロールに難渋することのある薬剤である(個人差が非常に大きいとは思うが…)。本試験では、5-HT3拮抗薬、デキサメタゾンをday1に投与し、オランザピン5mgまたはプラセボをday1から6まで投与するデザインとして、166例の患者が登録された。主要評価項目は遅発期(投与後24時間から120時間まで)におけるCR率(悪心・嘔吐ならびに制吐薬のレスキュー使用がない)とされた。両群で80%の症例が5-HT3拮抗薬としてパロノセトロンが使用され、残りはグラニセトロンが使用された。

 遅発期CR率はオランザピン70.0%、プラセボ56.1%で、その差は13.9%(95%CI:6.9~20.7、p=0.047)と、統計学的有意にオランザピン群で良好であった。有害事象として眠気、高血糖がオランザピン群で多かったが、G3以上は認めずコントロール可能と考えられる。

 制吐薬としてのオランザピンの使用はT-DXdの制吐療法における標準治療になったと言えるだろう。


レポーター紹介

下村 昭彦 ( しもむら あきひこ ) 氏
国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院 乳腺・腫瘍内科/がん総合内科

いよいよ多変量解析 その1【「実践的」臨床研究入門】第48回

提供元:CareNet.com

本連載は、臨床研究のノウハウを身につけたいけれど、メンター不在の臨床現場で悩める医療者のための、「実践的」臨床研究入門講座です。臨床研究の実践や論文執筆に必要な臨床疫学や生物統計の基本について、架空の臨床シナリオに基づいた仮想データ・セットや、実際に英語論文化した臨床研究の実例を用いて、解説していきます。

対数変換を行い、新たな変数を作成する

 前回まで、仮想データ・セットを用い、無料の統計解析ソフトであるEZR(Eazy R)の操作手順も交えて、変数の型とデータ・セット記述方法の使い分け(連載第46回参照)、表1(患者背景表)の作成方法(連載第47回参照)について解説しました。

 今回からは、いよいよ多変量解析の実践的な手法について、EZR(Eazy R)の操作手順を含めて解説していきたいと思います。

 これまでに、われわれのResearch Question(RQ)の交絡因子として下記の要因を挙げることにしました(連載第45回参照)。

・年齢、性別、糖尿病の有無、血圧、eGFR、蛋白尿定量、血清アルブミン値、ヘモグロビン値

 これらの要因のうち、蛋白尿定量(UP)は連続変数データですが、その分布は右に裾を引いたような歪んだ分布であることを、ヒストグラム(度数分布図)を描いて示しました(連載第46回参照)。このような分布が歪んだデータは、対数変換を行って正規分布に近似させることができます。多変量解析において、対数変換は重要な前準備の1つです。変数を必要に応じて対数変換することにより、外れ値の影響を減らし多変量解析モデルが安定化する、などの意義があります。

 ここでは、EZRを用いて

1.対数変換を実行
2.新たな変数を作成
3.対数変換後のデータ分布を比較

する方法について説明します。

 はじめに、オリジナルの仮想データ・セットを以下の手順でEZRに取り込みます。

 仮想データ・セットをダウンロードする

※ダウンロードできない場合は、右クリックして「名前をつけてリンク先を保存」を選択してください。

・「ファイル」→「データのインポート」→「Excelのデータをインポート」

次に

・「アクティブデータセット」→「変数の操作」→「連続変数を対数変換する」を選択

そうすると下記のポップアップウィンドウが開きます。

 「変数(1つ以上選択)」では「UP」を選択します。「対数変換の底」は「自然対数(底はe)」を選んでください(詳細は省略しますが、生物統計学の領域では常用対数より自然対数を用いることが多いようです)。「新しい変数名または複数の変数に対する接頭文字列」には、たとえば「Loge_UP」と入力してみましょう。そして、「OK」ボタンをクリックすると、下図の出力ウィンドウで、新しい変数として「Loge_UP」が作成されたことが示されます。

 Rコマンダーの画面(下図)からデータセットの「表示」をクリックし、「Loge_UP」が追加されたことも確認してみてください。

 それでは、歪んだ分布であったUPを対数変換したLoge_UPのヒストグラムをEZRの以下の手順で比較してみましょう(連載第46回参照)。

・「グラフと表」→「ヒストグラム」を選択

 下記のポップアップウィンドウが開きますので、「変数(1つ選択)」はそれぞれ「UP」と「Loge_UP」を、「群別する変数(0~1つ選択)」は「treat」を指定してください。その他はデフォルト設定のままで「OK」をクリックしてみましょう。

 下のようなUP、Loge_UPのヒストグラム(比較群分けごと)が描けたでしょうか。右に裾を引いたような歪んだUPの分布が、対数変換(Loge_UP)することにより正規分布に近似したものとなりました。


講師紹介

harasense

長谷川 毅 ( はせがわ たけし ) 氏
昭和大学臨床疫学研究所 所長・教授
昭和大学大学院医学研究科 衛生学・公衆衛生学分野/腎臓内科学分野 兼担教授
福島県立医科大学臨床研究イノベーションセンター 特任教授

[略歴]
1996年昭和大学医学部卒業。
2007年京都大学大学院医学研究科臨床情報疫学分野(臨床研究者養成コース)修了。
都市型および地方型の地域中核病院で一般内科から腎臓内科専門診療、三次救急から亜急性期リハビリテーション診療まで臨床経験を積む。その臨床経験の中で生じた「臨床上の疑問」を科学的に可視化したいという思いが募り、京都の公衆衛生大学院で臨床疫学を学び、米国留学を経て現在に至る。


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54. 線形回帰(重回帰)分析 その5

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25. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 1次情報源の活用 PubMed検索 その5

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4. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 診療ガイドラインの活用その1

3. リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビューその2

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1. 臨床上の疑問とリサーチ・クエスチョン

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ESMO2024速報 乳がん

|企画・制作|ケアネット

2024年9月13~17日に開催されたESMO Congress2024の乳がんトピックを国立がん研究センター中央病院の下井 辰徳氏が速報レビュー。


レポーター紹介

下井 辰徳 ( しもい たつのり ) 氏
国立がん研究センター中央病院 腫瘍内科


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何はさておき記述統計 その8【「実践的」臨床研究入門】第47回

提供元:CareNet.com

本連載は、臨床研究のノウハウを身につけたいけれど、メンター不在の臨床現場で悩める医療者のための、「実践的」臨床研究入門講座です。臨床研究の実践や論文執筆に必要な臨床疫学や生物統計の基本について、架空の臨床シナリオに基づいた仮想データ・セットや、実際に英語論文化した臨床研究の実例を用いて、解説していきます。

仮想データ・セットを用いて論文の表1を作成してみる

 前回は仮想データ・セットを用い、無料の統計解析ソフトであるEZR(Eazy R)の操作手順も交えて、変数の型とデータ・セット記述方法の使い分けについて解説しました(連載第46回参照)。今回は、前回同様に仮想データ・セットからEZRを操作して、表1(患者背景表)を実際に作成してみます。

 まず、下記の手順で仮想データ・セットをEZRに取り込みます。

 仮想データ・セットをダウンロードする

※ダウンロードできない場合は、右クリックして「名前をつけてリンク先を保存」を選択してください。

・「ファイル」→「データのインポート」→「Excelのデータをインポート」

 次に、

・「グラフと表」→「サンプルの背景データのサマリー表の出力」を選択

 すると、下記のポップアップウィンドウが開きます。

 上段の「群別する変数」とは、treatとしたカテゴリ変数(1;低たんぱく食厳格遵守群、0;低たんぱく食非厳格遵守群)でしたので、こちらを選択します(連載第46回参照)。

 中段の「カテゴリー変数」にはdm(糖尿病の有無)とsex(性別)を選択します(連載第46回参照)。

 前回、連続変数を記述する際にはまずヒストグラム(度数分布図)を描き、その分布がおおむね正規分布に近似しているかどうかを確認しましょう、と説明しました。UP(蛋白尿定量)は右に裾を引いたような非正規分布でしたので(連載第46回参照)、「連続変数(非正規分布)」として選択します。age(年齢)、albumin(血清アルブミン値)、eGFR、hemoglobin(ヘモグロビン値)、sbp(収縮期血圧)は「連続変数(正規分布)」とします。

 その他の設定はデフォルトのままでOKですが、下記の項目は以下のように変更してください。

・正規分布しない連続変数の範囲表示:四分位数範囲(Q1-Q3)

 ※これは好みですので最小値と最大値のままでも可(連載第46回参照)。

・連続変数の表示の注釈を加える:Yes
・出力先:CSVファイル

 出力設定が完了したらOKをクリックしてみましょう。EZRの出力ウィンドウに下図の表が作成されたでしょうか。

 treat群別に下記のようにそれぞれの背景データのサマリーが表で示されています(連載第46回参照)。

・カテゴリ変数は群別に実数とその割合で
・連続変数(正規分布)は平均値(Mean)と標準偏差(SD)で
・連続変数(非正規分布)は中央値(Median)と四分位範囲(Inter-quartile range:IQR)で

 この表はCSVファイルとしても出力されています。CSVファイルを英文論文の表1として使えるように成形したものを以下に示します。

 可読性を高めるために、数値は四捨五入して有効数字3桁で丸めています。また、脚注(footnote)で略語をスペルアウトなどして、表だけで独立して理解できるように作成することが重要です。

 表1でp値を記載するかどうかですが、筆者はどちらかというと「記載しない派」です。なぜなら、表1の主な目的は、解析対象となった参加者の記述統計を示すことだからです。場合によっては、表1で異なる群間の比較を示すという意味合いもあることがあります。けれども、p値はあくまで統計的な有意性を示す指標であり、臨床的に意味のある差を示すものではないことに留意が必要です(連載第44回参照)。

 たとえば、今回作成した表1をみてみましょう。低たんぱく食厳格遵守群と低たんぱく食厳格非遵守群で、性別以外の患者背景にはいずれも統計学的有意差(p<0.05)がついています。両群間で年齢は4歳以上、糖尿病の有病割合は10%以上、収縮期血圧も5mmHg以上差があるので、これらの要因については臨床的にも意味がある差異なのかもしれません。しかし、血清アルブミン値やヘモグロビン値の1ポイントにも満たないわずかな差は臨床的に大きな意味を持つでしょうか。サンプルサイズがそこそこ大きい場合、臨床的にはごくわずかな差でも統計学的には有意差が出ることがあります。

 というわけで、筆者は投稿時点では表1にp値を示さないことが多いです。ただ、査読の段階でエディターやレビュワーからp値も記載するように指摘されることもあり、その際は素直に従います(笑)。


講師紹介

harasense

長谷川 毅 ( はせがわ たけし ) 氏
昭和大学臨床疫学研究所 所長・教授
昭和大学医学部衛生学・公衆衛生学講座/内科学講座腎臓内科学部門 兼担教授
福島県立医科大学臨床研究イノベーションセンター 特任教授

[略歴]
1996年昭和大学医学部卒業。
2007年京都大学大学院医学研究科臨床情報疫学分野(臨床研究者養成コース)修了。
都市型および地方型の地域中核病院で一般内科から腎臓内科専門診療、三次救急から亜急性期リハビリテーション診療まで臨床経験を積む。その臨床経験の中で生じた「臨床上の疑問」を科学的に可視化したいという思いが募り、京都の公衆衛生大学院で臨床疫学を学び、米国留学を経て現在に至る。


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何はさておき記述統計 その7【「実践的」臨床研究入門】第46回

提供元:CareNet.com

本連載は、臨床研究のノウハウを身につけたいけれど、メンター不在の臨床現場で悩める医療者のための、「実践的」臨床研究入門講座です。臨床研究の実践や論文執筆に必要な臨床疫学や生物統計の基本について、架空の臨床シナリオに基づいた仮想データ・セットや、実際に英語論文化した臨床研究の実例を用いて、解説していきます。

変数の型とデータ記述方法の使い分け

 前回は交絡因子について解説し、われわれのResearch Question(RQ)の交絡因子として下記の要因を挙げました(連載第45回参照)。

・年齢、性別、糖尿病の有無、血圧、eGFR、蛋白尿定量、血清アルブミン値、ヘモグロビン値

 今回からは、仮想データ・セットからこれらの交絡因子のデータを「低たんぱく食厳格遵守群」と「低たんぱく食非厳格遵守群」に分けて記述し、表を作成していきます。これは論文の表1として示されることの多い、いわゆる「患者背景表」となります。

 実際に表を作成してみる前に、まずは変数の型とデータ記述方法の使い分け、について説明します。変数の型は連続変数とカテゴリ変数に大別されます。

 連続変数は量を表す変数です。前述した交絡因子では年齢や血圧などの測定値、eGFR、蛋白尿定量、ヘモグロビン値や血清アルブミン値という臨床検査値、が連続変数です。

 カテゴリ変数は性質を表す変数で、名義変数、順序変数が該当します。今回挙げた交絡因子のうち性別と糖尿病の有無、が順序のない2値(1 or 0)の名義変数となります。

 ここからは、無料の統計解析ソフトであるEZR(Eazy R)の操作手順を含めて解説します(連載第43回参照)。表1の作成に必要な仮想データ・セットを以下の手順でEZRに取り込んでみましょう。

 仮想データ・セットをダウンロードする

※ダウンロードできない場合は、右クリックして「名前をつけてリンク先を保存」を選択してください。

・「ファイル」→「データのインポート」→「Excelのデータをインポート」

  取り込んだ仮想データ・セットの内訳を下記に示します。

・A列:id 患者ID
・B列:treat 比較群分け(カテゴリ変数 1;低たんぱく食厳格遵守群、0;低たんぱく食非厳格遵守群)
・C列:age 年齢(連続変数)
・D列:sex 性別(カテゴリ変数 1;男性、0;女性)
・E列:dm 糖尿病の有無(カテゴリ変数 1;糖尿病あり、0;糖尿病なし)
・F列:sbp 収縮期血圧(連続変数)
・G列:eGFR (連続変数)
・H列:UP 蛋白尿定量 (連続変数)
・I列:albumin 血清アルブミン値(連続変数)
・J列:hemoglobin ヘモグロビン値(連続変数)

 それでは、連続変数のデータ記述方法について説明します。連続変数データの代表値としては平均値(Mean)や中央値(Median)が使われます。また、連続変数データのばらつきを示す値としては標準偏差(Standard deviation:SD)や範囲(Range)、もしくは四分位範囲(Inter-quartile range:IQR)を用いる場合があります。それぞれの使い分けについては、実際にEZRを操作しながら説明します。

 連続変数を記述する際、まずはヒストグラム(度数分布図)を確認してみましょう。EZRでは下記の手順でヒストグラムを描くことができます。

・「グラフと表」→「ヒストグラム」を選択

 すると、ポップアップウィンドウが開きますので、まずは下記のとおりに変数や設定を選択してみてください。

 年齢のヒストグラムが比較群分けごとに示されています。想定のとおり、低たんぱく食厳格遵守群(treat=1)は、低たんぱく食非厳格遵守群(treat=0)より年齢の分布が若干若いようです(連載第45回参照)。このヒストグラムのように、その連続変数データの分布が一峰性(ひとやま)でおおむね左右対称で正規分布に近似している場合は、その代表値を平均値(Mean)で、そのばらつきを標準偏差(SD)で記述することができます。

 しかし、臨床研究における連続変数のデータは正規分布に近似するものばかりではありません。たとえば、下記のように「ヒストグラム」のポップアップウィンドウで蛋白尿定量であるUPを選択し、「OK」ボタンをクリックしてみてください。

 ネフローゼ症候群の患者は対象から除外されていることもあり(連載第40回参照)、多くのデータがUP2g/日以下に偏り、右に裾を引いたようなヒストグラムになっています。このような形状のデータ分布の場合、代表値としては中央値(Median)、データのばらつきを示す値としては四分位範囲(IQR)、もしくは最小値から最大値という範囲(Range)で示すことが望まれます。

 なお、カテゴリ変数データの記述方法は簡単です。カテゴリ変数はカテゴリ別の頻度か割合で報告しますが、データ数の大きさによって、下記に示したような使い分けが慣例的に推奨されています。

・データ数が100以上:小数点以下1桁までの割合(%)
・データ数が100未満20以上:整数の割合(%)
・データ数が20未満:割合は使用せず、頻度の実数


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長谷川 毅 ( はせがわ たけし ) 氏
昭和大学臨床疫学研究所 所長・教授
昭和大学医学部衛生学・公衆衛生学講座/内科学講座腎臓内科学部門 兼担教授
福島県立医科大学臨床研究イノベーションセンター 特任教授

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1996年昭和大学医学部卒業。
2007年京都大学大学院医学研究科臨床情報疫学分野(臨床研究者養成コース)修了。
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海外研修留学便り【米国留学記(寺田 満雄氏)】第4回

[レポーター紹介 ]
寺田 満雄(てらだ みつお)

2013年  3月 名古屋市立大学医学部医学科 卒業
2013年  4月    蒲郡市民病院(臨床研修医)
2015年  4月    名古屋市立西部医療センター 外科(外科レジデント)
2017年  4月    愛知県がんセンター 乳腺科(レジデント)
2019年  4月    名古屋市立大学大学院 医学研究科 乳腺外科学分野(臨床研究医)
                       名古屋市立大学大学院 医学研究科 博士課程
2019年  6月    名古屋大学 分子細胞免疫学 (特別研究員)(上記と兼務)
2022年10月  名古屋市立大学大学院 医学研究科 乳腺外科学分野(病院助教)
2023年  8月    Department of Medicine and UPMC Hillman Cancer Center
                       (Post-doctoral associate)
2023年  9月    名古屋市立大学大学院 医学研究科 乳腺外科学分野(研究員)(上記と兼務)

夏休みは1ヵ月取得。でも結果を出している人はハードワーク

ハロウィンでご近所にTrick or Treat

 米国での生活で一番違うと感じることは、休日らしい休日を過ごすことができること(うちのラボはその限りでないこともありますが…それはご愛嬌)。これは国による違いというよりも、研究職なので当直・待機、外勤がないことに起因するものかもしれません。それでもオンとオフは日本よりははっきりしている印象を受けます。ボスは臨床医でもありますが、夏休みは1ヵ月ほど休暇をとっています。ですが、忘れてはいけないのは、結果を出している人たちにはハードワーカーも多いことです。集中と効率化とハードワークです。これは私が勝手に抱いていたイメージとは異なるものでした。

 休日は子どもが楽しめるようなイベントがたくさんあります。ハロウィン、クリスマス、イースターといった季節のイベントやスポーツ(スケート、テニス、バスケ、サッカー、アイスホッケーetc.)や釣りの教室が開催されていたりと休日もそれはそれで忙しかったりします。これらの運営は、Donation文化の賜物なのだろうと認識しています。私自身も、無料で教会のESL(外国人のための英語教室)に通わせてもらったり、そこが主催するイベントに家族でお邪魔したりと日本に帰ったら何かに寄付したいと思うようになったぐらいにはDonation文化にもお世話になっています。

地元アイスホッケーチーム Penguins主催の子ども向けアイスホッケー教室

 さまざまなイベントごとも然り、子どもに優しい国だとも感じます。子どもを連れているだけでスーパーで優しく対応してもらえたりするので、あえて連れて行ったり…。また日本にいた時よりも家族で過ごす時間が格段に多くなりました。これはなかなかできなかったので、嬉しい環境です。そして、慣れない異国の地、英語環境で妻のサポートには本当に感謝しています。子どもたちも私のわがままで連れてきたわけですが、やはり子どもたちのほうが大人よりも環境への適応は早く、日本の学校との違いに戸惑うことも多いのも親ばかりで、彼らは学校生活をエンジョイしてくれています。

 

 

留学のメリットとデメリット、現時点で言えるのは…

PNC park stadium。地元Pirates vs Dodgers(大谷選手所属)戦

 帰ってからの自分のキャリアは、まだ私自身もよくわかりませんが、これから留学を考えている方に、現在私が感じているメリットとデメリットを綴ろうと思います。メリットはやはり日本とは違う研究の体制を学ぶことができることだと思います。これは臨床研究で留学しても同じに思います。同じだなと感じることもあれば、やはりそうでないところもあります。あとは人脈形成ではないでしょうか。少し別枠ですが、完全に日本式臨床医の働き方枠に囚われてしまっていた自分を、ワークライフバランスも考えたうえで少し冷静にみることができるようになったこともメリットかもしれません(見方によってはデメリットかも…しれないですが)。当たり前だと思っていた日本での勤務状況をラボの人に伝えても、現実味がないらしく話を信じてもらえなかったことも(笑)。

 デメリットは、金銭的な話はもちろんありますが、キャリア面で考えると、今まで続けていたキャリアが一時中断すること。私自身積み上げてきたものが多くあるわけではないですが、すべてをうまく継続することは難しく感じています。もちろん留学先の忙しさと余裕によると思いますが、私の場合は、少し手が回らなくなってしまっているものがあるのは正直なところです。臨床のブランクも長くなりそうなこともあり、帰った後にどうしよう…というのは、割と大きな悩みです。ですが、いったん慣れた環境から離れることで、見える世界は広がったことは間違いありません。留学したことに一切の後悔がないということは言えます。自分の将来はもう少し米国滞在中に考えてみようと思います。

 今回が連載最終回となりますが、お付き合いいただきありがとうございました。少しでもこれから留学を検討している方のお役に立つことができれば幸いです。

  


バックナンバー

第1回: 乳腺外科医の自分がメラノーマのTRに強い研究室へ留学を決めた理由
第2回:ほぼ全例で網羅的解析を実施、日本との違いを感じる研究環境
第3回:ラボでの分業、実際どうやっている?
第4回:夏休みは1ヵ月取得。でも結果を出している人はハードワーク

ASCO2024 レポート 乳がん

提供元:CareNet.com

レポーター: 下村 昭彦氏
(国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院 乳腺・腫瘍内科/がん総合内科)

 

 2024年5月31日~6月4日まで5日間にわたり、ASCO2024がハイブリッド形式で開催された。昨年も人が戻ってきている感じはあったが、会場の雰囲気はコロナ流行前と変わりなくなっていた。一方、日本からの参加者は若干少なかったように思われる。これは航空運賃の高騰に加えて、円安の影響が大きいと思われる(今回私が行ったときは1ドル160円!! 奮発した150ドルのステーキがなんと24,000円に…。来年は費用面で行けない可能性も出てきました…)。 

 さて、本題に戻ると、今回のASCOのテーマは“The Art and Science of Cancer Care:From Comfort to Cure”であった。乳がんの演題は日本の臨床に大きなインパクトを与えるものが大きく、とくにPlenary sessionの前に1演題のためだけに独立して行われたセッションで発表されたDESTINY-Breast06試験は早朝7:30のセッションにもかかわらず、満席であった。日本からは乳がんのオーラルが2演題あり、日本の実力も垣間見ることとなった。本稿では、日本からの演題も含めて5題を概説する。

DESTINY-Breast06試験

 トラスツズマブ・デルクステカン(T-DXd)は日本で開発が開始され、現在グローバルで最も使われている抗体薬物複合体(ADC)の1つと言っても過言ではない。乳がんではHER2陽性乳がんで開発され、現在はHER2低発現乳がんにおける2次化学療法としてのエビデンスに基づいて適応拡大されている。20年近く乳がんの世界で用いられてきたサブタイプの概念を大きく変えることになった薬剤である。

 T-DXdのHER2低発現乳がんの1次化学療法としての有効性を検証したのがDESTINY-Breast06(DB-06)試験である。この試験では、ホルモン受容体陽性HER2低発現の乳がんにおいて、T-DXdの主治医選択化学療法に対する無増悪生存期間(PFS)における優越性が検証された。この試験のもう1つの大きな特徴は、HER2超低発現(ultra-low)の乳がんに対する有効性についても探索的に検討したことである。HER2超低発現とは、これまで免疫組織化学染色においてHER2 0と診断されてきた腫瘍のうち、わずかでもHER2染色があるものを指す。本試験では866例(うちHER2低発現713例、超低発現が152例)の患者がT-DXdと主治医選択治療(TPC)に1:1に割り付けられた。

 主要評価項目はHER2低発現におけるPFSで13.2ヵ月 vs. 8.1ヵ月(ハザード比[HR]:0.62、95%信頼区間[CI]:0.51~0.74、p<0.0001)とT-DXd群の優越性が示された。ITT集団においても同様の傾向であった。HER2超低発現の集団については探索的項目であるが、PFSは13.2ヵ月 vs.8.3ヵ月(HR:0.78、95%CI:0.50~1.21)とHER2低発現の集団と遜色ない結果であった。一方、全生存期間(OS)についてはHER2低発現でHR:0.83、HER2超低発現でHR:0.75であり、いずれも有意差はつかなかった。有害事象は既知のとおりであるが、薬剤性肺障害(ILD)はany gradeで11.3%であった。

 2次化学療法の試験であるDESTINY-Breast 04試験ではOSの優越性も示されているため、OSの優越性が示されていない状況で毒性の強い薬剤をより早いラインで使うかどうかは議論が必要であろう。また、HER2超低発現の病理評価の標準化についても課題が残される。

postMONARCH試験

 こちらも待望の試験である。日本国内で使えるCDK4/6阻害薬であるアベマシクリブのbeyond PD(progressive disease)を証明した初の試験である。これまでMAINTAIN試験で(phase2ではあるが)、CDK4/6阻害薬の治療後のribociclibの有効性が示されていたが、ribociclibは日本国内では未承認なため、エビデンスを活用することができなかった。postMONARCH試験では、転移乳がん、もしくは術後治療としてホルモン療法(転移乳がんはAI剤)とCDK4/6阻害薬を使用後にPDもしくは再発となった368例の患者を対象に、フルベストラント+アベマシクリブ/プラセボに1:1に割り付けられた。術後CDK4/6阻害薬後の再発が適格となっていたが残念ながら全体で2例のみであり、プラクティスへの参考にはならなかった。前治療のCDK4/6阻害薬はパルボシクリブが60%と最も多く、ついでribociclibで、アベマシクリブは両群とも8%含まれた。

 主要評価項目は主治医判断のPFSで、6.0ヵ月 vs. 5.3ヵ月(HR:0.73、95%CI :0.57~0.95、p=0.02)とアベマシクリブ群で良好であった。盲検化PFSが副次評価項目に設定されていたが、面白いことに12.9ヵ月 vs.5.6ヵ月(HR:0.55、95%CI:0.39~0.77、p=0.0004)と主治医判断よりも良い結果となった。有害事象はこれまでの臨床試験と変わりはなかった。この試験の結果をもって、自信を持ってホルモン療法の2次治療としてフルベストラント+アベマシクリブを実施できるようになったと言える。

JBCRG-06/EMERALD試験

 さて、日本からの試験も紹介する。研究代表者である神奈川県立がんセンターの山下 年成先生が口演された。本試験はHER2陽性転移乳がんの初回治療として、標準治療であるトラスツズマブ+ペルツズマブ+タキサン(HPT)療法に対して、トラスツズマブ+ペルツズマブ+エリブリン療法が非劣性であることを証明した。446例の患者が登録され、1:1に割り付けられた。ホルモン受容体は60%が陽性であり、PSは80%以上が0であった。初発StageIVが60%を占めていた。

 主要評価項目のPFSはHPT群12.9ヵ月 vs.エリブリン群14.0ヵ月(HR:0.95、95%CI:0.76~1.19、p=0.6817)で非劣性マージンの1.33を下回り、エリブリン群の非劣性が示された。化学療法併用期間の中央値はエリブリン群が28.1週、HPT群は約20週であり、エリブリン群で長かった。OSもHR:1.09(95%CI:0.76~1.58、p=0.7258)と両群間の差を認めなかった。毒性については末梢神経障害がエリブリン群で61.2% vs. HPT群で52.8%(G3に限ると9.8% vs.4.1%)と、エリブリン群で多かった。治療期間が長いことの影響があると思われるが、less toxic newと言ってよいかどうかは悩ましいところである。HER2陽性乳がんにおけるエリブリン併用療法は1つの標準治療になったと言えるが、実臨床での使用はタキサンアレルギーの症例などに限られるかもしれない。

ER低発現乳がんにおける術後ホルモン療法

 こちらはデータベースを使った後ろ向き研究であり臨床試験ではないが、実臨床の疑問に重要なものであるため取り上げる。米国のがんデータベースからStageI~IIIでER 1~10%の症例を抽出し、術後ホルモン療法の実施率と予後を検討したものである。データベースから7,018例の対象症例が抽出され、42%の症例が術後ホルモン療法を省略されていた。ホルモン療法実施群と非実施群におけるOSは3年OSが92.3% vs.89.1%であり、HR:1.25、95%CI:1.05~1.48、p=0.01と実施群で良い傾向にあった。後ろ向き研究ではあるが、ER低発現であっても術後ホルモン療法に意義がある可能性が提示されたことは、今後の術後治療の選択にとって重要な情報である。

PRO-DUCE試験

 最後に日本からのもう1つの口演であるPRO-DUCE試験を紹介する。これは治療薬の臨床試験ではなく、ePROが患者のQOLに影響するかを検証した試験である。関西医科大学の木川 雄一郎先生によって発表された。本試験はT-DXdによる治療を受ける患者を対象として、ePRO+SpO2/体温の介入が通常ケアと比較してQOLに影響するかを比較した。主要評価項目はベースラインから治療開始24週後のEORTC QLQ-C30を用いたglobal health scoreの変化であり、ePRO群では-2.4、通常ケア群では-10.4であり、両群間の差は8.0(90%CI:0.2~15.8、p=0.091)と統計学的に有意にePRO群で良好であった。その他の項目では倦怠感はePRO群で良好であったが、悪心/嘔吐は両群間の差は認めなかった。この研究は日本から乳がんにおいてePROが有効であることを示した初の試験である。ePROは世界的にも必須のものとなっており、今後の発展が期待される。


レポーター紹介

下村 昭彦 ( しもむら あきひこ ) 氏
国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院
 乳腺・腫瘍内科/がん総合内科