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本連載は、臨床研究のノウハウを身につけたいけれど、メンター不在の臨床現場で悩める医療者のための、「実践的」臨床研究入門講座です。臨床研究の実践や論文執筆に必要な臨床疫学や生物統計の基本について、架空の臨床シナリオに基づいた仮想データ・セットや、実際に英語論文化した臨床研究の実例を用いて、解説していきます。
生存時間と生存時間曲線
はじめに生存時間とは何かについて説明します。臨床研究におけるアウトカム指標として、生存時間は最も重要なものの1つです。悪性腫瘍だけでなく臓器不全にいたるすべての疾患は、最終的には死亡という転帰を迎えます。多くの場合、死亡というアウトカム(イベント)が発生するまでの時間の長さがどの程度であるか、が最も重要となります。なお、生存時間とは死亡にいたるまでの時間だけでなく、あるイベント発生までの時間を示すこともあります。
臨床研究においてはKaplan-Meier法による生存率の計算が行われることが一般的です。ここでは、Kaplan-Meier曲線の描き方について具体的に解説します。Kaplan-Meier法では、新たにイベントが発生するごとに生存率が繰り返し再計算されます。これまで説明してきた「打ち切り」という事象も考慮しながら(連載第37回、第41回参照)、逆にある時点までイベントを発生しない確率を考えてみるのです。別の言い方をすれば、ある時点までイベントを発生しない確率を生存割合として、グラフに表示していくことを考えていきます。
図に示したように、たとえば10人の患者の生存割合を12ヵ月にわたって観察した場合を考えてみます。
1ヵ月目までは全員生存していたとすると、生存割合は1(100%)となり、Kaplan-Meier曲線は下がりません。
1ヵ月目に1人死亡したとします。10人中9人が生存しているので、1ヵ月目の生存割合は、9/10=0.90(90%)となり、グラフに示すと図に示したようになります。
3ヵ月目にもう1人死亡したとします。1ヵ月目までに生存割合が9/10=0.90に下がっています。3ヵ月目の時点では9人中8人が生存しているので、この時点での生存割合は、9/10×8/9=0.80(80%)となりグラフにすると図に示したとおりです。
次に、5ヵ月目に1人「打ち切り」になったとします。この時点で残っている人数は8人ですが、この時点では誰も死亡していないので5ヵ月目の生存割合は、3ヵ月目と変わらず0.80(80%)となり、Kaplan-Meier曲線も下がりません。「打ち切り」があったことを示す「しるし」として、Kaplan-Meier曲線上に小さな縦棒を表示することが慣例とされており、一般的にこれを「ヒゲ」と呼びます。
6ヵ月目、7ヵ月目にもそれぞれ1人ずつ「打ち切り」があったとします。6ヵ月目まで残っている人数は7人、7ヵ月目まで残っている人数は6人ですが、3ヵ月目以降は誰も死亡していないので6ヵ月目、7ヵ月目の生存割合は5ヵ月目までと変わらず0.80(80%)となり、Kaplan-Meier曲線も下がりません。
9ヵ月目に1人死亡したとすると、この時点では5人中4人が生存していることになりますので、7ヵ月目までの生存割合0.80に4/5をかけて、9ヵ月目の生存割合は0.64(64%)となります。
11ヵ月目には更に1人死亡したとします。この時点では4人中3人が生存していることになりますので、9ヵ月目までの生存割合0.64(64%)に3/4をかけて、11ヵ月目の生存割合は0.48(48%)となります。
ここまでお示ししたように、イベントが発生するたびに、その時点までに残っていた人数を分母にして、生存割合の低下を計算することにより、「打ち切り」を考慮した解析を行うことができるのです。
講師紹介
長谷川 毅 ( はせがわ たけし ) 氏
昭和大学臨床疫学研究所 所長・教授
昭和大学医学部衛生学・公衆衛生学講座/内科学講座腎臓内科学部門 兼担教授
福島県立医科大学臨床研究イノベーションセンター 特任教授
[略歴]
1996年昭和大学医学部卒業。
2007年京都大学大学院医学研究科臨床情報疫学分野(臨床研究者養成コース)修了。
都市型および地方型の地域中核病院で一般内科から腎臓内科専門診療、三次救急から亜急性期リハビリテーション診療まで臨床経験を積む。その臨床経験の中で生じた「臨床上の疑問」を科学的に可視化したいという思いが募り、京都の公衆衛生大学院で臨床疫学を学び、米国留学を経て現在に至る。
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