ASCO2021レポート 乳がん

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提供元:CareNet.com

レポーター:下村 昭彦氏
(国立国際医療研究センター がん総合診療センター 乳腺・腫瘍内科/臨床ゲノム科)

 2021年6月4日から8日まで5日間にわたり、2021 ASCO Annual Meetingが昨年と同じく完全バーチャルで実施された。昨年はプレナリーセッションのQAのみがライブ配信され、他の演題は口演を含め開会と同時にオンデマンドで見ることができたが、今年は口演の録画+リアルタイムQAが実施された。参加された方は実感されていると思うが、米国の日中はほぼ日本の深夜〜明け方である。日本からリアルタイムで参加するのに骨が折れるのは言うまでもない。

 2021年のテーマは“Equity: Every Patient. Every Day. Everywhere.”であった。COVID-19は世界中の日常を変えてしまったが、図らずも人種や地域によって受けられる治療に差があることを明らかにしてしまった。がん領域においても公平な治療は非常に重要な概念である(公平でないからこそテーマとなっている、ともいえる)。

 さて、乳がん領域ではプレナリーで日常臨床を変える結果が発表され、Local/Regional/Adjuvantで重要な演題が多く発表された。その一方で、Metastaticでは目玉となる発表は少なかったように思う。乳がんの演題について、プレナリーセッションの1題、Local/Adjuvantから3演題、Metastaticから1演題を紹介する。

生殖細胞系列BRCA1/2 遺伝子変異陽性のHER2陰性再発高リスク早期乳がんに対する周術期化学療法後の術後オラパリブ療法の二重盲検化比較第Ⅲ相試験(OlympiA試験, LBA1)

 生殖細胞系列BRCA1/2 遺伝子変異陽性(gBRCAmt)のHER2陰性転移乳がんに対しては、OlympiAD試験でオラパリブの主治医選択治療(化学療法)に対する無増悪生存期間(PFS)における優越性が示され、現在実臨床でも使用されている(Robson M, et al. N Engl J Med. 2017;377:523-533.)。オラパリブはPARP阻害薬であり、gBRCAmtの乳がん患者では合成致死と呼ばれる機序でがん細胞の細胞死を誘導する。

 OlympiA試験ではgBRCAmtを持つHER2陰性再発高リスク乳がん(術前化学療法を受けた患者では、トリプルネガティブ乳がん[TNBC]でnon-pCR、HR+でnon-pCRかつCPS-EG≧3、術後化学療法を受けた患者では、TNBCでpT2以上またはpN1以上、HR+でN≧4個)を、オラパリブ300mg 2回/日 内服1年間とプラセボに割り付けた。1,836例が登録され、オラパリブ921例、プラセボ915例に割り付けられた。遺伝子変異はBRCA1 が70%強であり、ホルモン受容体は陽性が20%弱であった。主要評価項目の無浸潤疾患生存(iDFS)において、3年で85.9% vs.77.1%(ハザード比[HR]:0.58、95%CI:0.41~0.82、p<0.0001)と10%近い差をつけてオラパリブ群で良好であった。副次評価項目の遠隔無病生存(DDFS)においても、3年で87.5% vs.80.4%(HR:0.57、95%CI:0.39~0.83、p<0.0001)であり、iDFSと同様の傾向であった(DDFSとOSの評価ではαが再利用されている)。3年全生存(OS)では92.0% vs.88.3%(HR:0.68、95%CI:0.44~1.05、p=0.024)(有意水準はp<0.01)と統計学的有意差こそ示されなかったものの、オラパリブ群で良好な傾向であった。患者がリスク低減手術を受けたかどうかにもよるが、オラパリブがHBOC関連の他がんの発症を抑えていることが、OSで良好な傾向を認めた理由かもしれない。

 毒性については悪心、倦怠感、貧血が主なものであり、Grade3の貧血には注意が必要なものの、これまでに示されている有害事象と同様で、いずれも管理可能なものである。PARP阻害薬を早期がんに使用する際の懸念点としてMDS/AMLならびに2次がんの発症があるが、発表時点ではオラパリブでそれぞれ0.2%、2.2%、プラセボで0.3%、3.5%であり、とくにオラパリブ群での増加は認めなかった。ただし、こちらについてはより長期のフォローを経たデータを見て再度検討が必要であろう。またEORTC QLQ-C30を用いたQOL評価が実施されており、オラパリブ群とプラセボ群でQOLのスコアの差は認められなかった。

 本試験は今年のASCOの発表の中で間違いなく日常臨床を変える結果の1つであった。承認されるとBRCA1/2の遺伝学的検査の頻度が今以上に増えることが予想される。患者本人に対するリスク低減手術はもちろん、治療適応の判断を目的とした検査の結果として、未発症保因者が増えてくると考えられる。未発症保因者に対するサーベイランスや化学予防、リスク低減手術の体制や保険の整備がより重要となってくるであろう。

gBRCAmt HER2陰性乳がんを対象としたtalazoparib術前薬物療法のphase Ⅱ試験(NEOTALA試験)

 HBOC関連の話題をもうひとつ取り上げる。talazoparibはgBRCAmt転移乳がんに対して有効性の示されているもうひとつのPARP阻害薬である(本邦未承認)。NEOTALA試験はgBRCAmt HER2陰性早期乳がんを対象として、talazoparib 1mg/日を24週間術前薬物として内服する単アームのphase Ⅱ試験である。病理学的完全奏効(pCR)率を主要評価項目とし、pCRは浸潤がんの遺残がないものと定義された。当初112例を予定症例数としていたが、進捗が悪かったため60例に修正された。最終的に61例が解析対象となり、78.7%がBRCA1を、21.3%がBRCA2 を有していた。talazoparibを80%以上内服し、手術を受けてpCRの評価が可能であった症例がevaluable populationとされ、48例(78.7%)が該当した。evaluable populationにおけるpCR率は45.8%であり、通常の術前化学療法に匹敵するpCRが得られた。

 90%以上が20週以上talazoparibを内服できていた。有害事象は倦怠感、悪心、脱毛、貧血、頭痛が主なものであるが、Grade3の貧血を39.3%で認めており注意が必要である。

 あくまでphase Ⅱの結果が得られた段階であるが、今後はgBRCAmtにおいてはPARP阻害薬による術前薬物療法の開発が期待される。

70遺伝子シグネチャで超ローリスクであった症例の予後(MINDACT試験)

 早期乳がんでは術後薬物療法の適応が問題となる。とくにホルモン受容体陽性HER2陰性乳がんではホルモン療法感受性の高い集団と化学療法感受性の高い集団が存在し、化学療法の適応を検討する試験が多数行われている。早期乳がんにおいてmRNAを測定し遺伝子シグネチャによる予後予測ならびに治療効果予測が研究されている。MINDACT試験もその1つであり、臨床的なリスク層別と腫瘍の70遺伝子によるgenomic riskによる層別化を実施し、臨床的あるいはgenomicのどちらかでハイリスクとなった症例を術後化学療法あり・なしにランダム化し、化学療法の上乗せを検証する臨床試験である。

 この発表では70遺伝子シグネチャでハイリスク、ローリスク、超ローリスクと分類された症例の予後を比較した。8.7年の観察期間中央値で、8年生存率はハイリスクで89.2%、ローリスクで94.5%、超ローリスクで97.0%であった。超ローリスクとローリスクの比較ではHR 0.65(95%CI:0.45~0.94)と、ローリスクと比較しても超ローリスクは非常に良い予後を有していた。8年乳がん特異的生存は超ローリスクで99.6%(ローリスクでは98.2%)であり、きわめて良好であった。超ローリスクであった症例の特徴として、50歳以上、リンパ節転移陰性、腫瘍径2cm以下、グレード1 or 2、ホルモン受容体陽性HER2陰性のサブタイプなどが挙げられた。16%は一切の術後治療を受けていなかった。

 遺伝子シグネチャで超ローリスクであった場合に臨床的リスクがどのように影響するかについても検討され、遠隔転移については2.6%程度、乳がん特異的生存には差を認めなかった。超ローリスクで術後無治療の場合の8年無遠隔転移生存は97.8%、ホルモン療法のみでも97.4%であった。文字通り、超ローリスクは非常に良好な予後を持っており、再発のリスクはきわめて低いといえる。超ローリスクでは術後ホルモン療法すら不要である可能性があり、less toxicな治療開発(というよりも治療省略)が進む領域といえよう。

術前化学療法でpCRが得られなかったトリプルネガティブ乳がん(TNBC)に対する術後プラチナ製剤とカペシタビンの比較第III相試験(EA1101試験)

 近年、術前化学療法の治療効果(pCRかnon-pCRか)によって術後治療を変更するレスポンスガイド治療が広く実施されるようになっている。HER2陰性乳がんではCREATE-X試験で、non-pCRの場合にカペシタビン1,250mg/m2 2週投与1週休薬6~8コースが、無治療と比較してDFS、OSを改善し、とくにTNBCにおいて良好な傾向であったことが示されており(Masuda N, et al. N Engl J Med. 2017;376:2147-2159.)、HER2陽性においてもnon-pCRの場合に術後治療をT-DM1に変更することが、DFS、OSを改善することが示されている(von Minckwitz G, et al. N Engl J Med. 2019;380:617-628.)。

 本試験はTNBCで有望とされているプラチナ製剤のnon-pCRにおける有効性を検証した試験である。PAM50を用いたTNBCのサブタイピング(basalとnon-basal)も実施されている。プラチナ製剤(CBDCA AUC 6またはCDDP 75mg/m2)4サイクルと、カペシタビン1,000mg/m2  2週投与1週休薬(米国で通常使用されている用量)6サイクルに1:1に割り付けられた。当初は無治療群が設定されていたが、CREATE-Xの結果を受けて2群比較とされた。主要評価項目はiDFSで、プラチナ製剤のカペシタビンに対する非劣性が証明された場合に優越性を検証するハイブリッドデザインが(なぜか)採用された。5回目の中間解析でプラチナ製剤とカペシタビンのHRは1.09であり、非劣性が示されないと判断され、効果安全性委員会に中止が勧告され試験中止となった。中止時点で308例が登録され、78%がbasalタイプであった。

 主要評価項目の3年iDFSにおいて、プラチナ群の42%に対しカペシタビン群は49%(HR:1.06、95%CI:0.62~1.81)であり、プラチナ群のカペシタビン群に対する非劣性は示されなかった。basalとnon-basalの比較では3年iDFSは45.8% vs.55.5%(HR:1.71、95%CI:1.10~.67)であり、non-basal群で有意に良好であった。また、non-basal群では、よりカペシタビンで良好な傾向を認めた。無再発生存やOSは両群間での差を認めなかった。有害事象はプラチナ群で貧血や白血球減少が多く、カペシタビンで下痢や手足症候群が多かったが、Grade3以上の有害事象の頻度は低かった。

 プラチナ製剤はTNBCにおいてpCR率を改善するなど、有効性が期待される薬剤であっただけに、本試験の結果は残念であった。今後もnon-pCRのTNBCに対してはカペシタビンの術後薬物療法が標準である。一方この領域では術前化学療法に免疫チェックポイント阻害薬の有効性が示されるなど、さまざまな薬剤の開発が活発に進んでいる。non-pCRの術後薬物療法についてもアンメットニーズが増加している。

ホルモン受容体陽性HER2陰性転移乳がんに対するパルボシクリブ+フルベストラント療法のOSアップデート(PALOMA-3)

 ホルモン受容体陽性HER2陰性転移乳がんでは、ホルモン療法とCDK4/6阻害薬の併用が標準治療となっている。PALOMA-3試験は術後内分泌療法、あるいは転移乳がんに対する内分泌療法中に増悪を認めた症例を対象に、パルボシクリブ+フルベストラントの優越性を検証した二重盲検化比較第Ⅲ相試験である。主要評価項目のPFSで優越性を示し、すでに本邦でも承認され日常臨床で使用されている。また、OSにおいては統計学的有意差を示せなかったものの、パルボシクリブ群で良好な傾向であった(Turner NC, et al. N Engl J Med. 2018;379:1926-1936.)。今回の発表はそのOSデータのアップデートである。

 44.8ヵ月の観察期間中央値で、全生存期間中央値(MST)は34.9ヵ月vs.28.0ヵ月(HR:0.81、95%CI:0.64~1.03、p=0.0429)であり有意差を認めなかったが、観察期間中央値73.3ヵ月では34.8ヵ月vs.28.0ヵ月(HR:0.81、95%CI:0.65~0.99、p=0.0221)であった。5年生存率はパルボシクリブ群で23.3%に対し、プラセボ群では16.8%であった。サブグループ解析では、前治療のホルモン療法に感受性がある、化学療法を受けたことがない、内臓転移がない、閉経後、無病期間24ヵ月以上などが挙げられた。これを基に、進行乳がんに対する化学療法のあり・なしでの追加解析が実施され、化学療法歴のない症例ではパルボシクリブ群でMST 39.3ヵ月に対しプラセボ群で29.7ヵ月(HR:0.72、95%CI:0.55~0.92、p=0.008)とパルボシクリブ群で良好であったが、化学療法歴がある場合は24.6ヵ月vs. 24.3ヵ月と両群間の差を認めなかった。

 また、この発表ではctDNAを用いたESR1PIK3CATP53の変異の有無による探索的な解析が実施された。ESR1PIK3CATP53変異はそれ自体が予後因子であるが、パルボシクリブはこれらの遺伝子変異の有無にかかわらずOSを改善させる傾向を認めた。

 今回の結果はこれまでの報告と同様であり、パルボシクリブ+フルベストラント療法は、変わらずホルモン療法2次治療の標準治療の1つであり続けるであろう。

 


レポーター紹介

下村 昭彦 ( しもむら あきひこ ) 氏
国立国際医療研究センター がん総合診療センター 乳腺・腫瘍内科/臨床ゲノム科

海外研修留学便り 【米国留学記(山下 奈真氏)】第1回

[ レポーター紹介 ]
山下 奈真やました なみ

2002年3月 東北大学医学部卒業
2002年4月 麻生飯塚病院(初期研修医、外科系後期研修医、外科医員)
2008年4月 済生会福岡総合病院 外科
2009年4月 九州大学大学院医学系研究科外科系専攻博士課程
2013年4月 九州大学大学院 消化器・総合外科 乳腺グループ
2015年4月 九州大学大学院 九州連携臨床腫瘍学
2017年4月 九州大学大学院 消化器・総合外科 乳腺グループ
2019年6月 Dana-Farber Cancer Institute(DFCI), Medical Oncology, Postdoctoral fellow

 一般外科・乳腺外科での臨床医としての経験、大学院進学を経て、米国Dana-Farber Cancer Instituteに留学中の山下 奈真氏に、米国での研究環境、キャリア構築、ボストンでの生活などについてレポートいただきます。第1回ではご自身が留学を決めた経緯から、留学に備えて行った準備がどのようなものだったか、お伺いしました。

 

臨床医が研究をする意味とは?

 臨床医である私が、なぜ研究をしようと思うようになったのか? 臨床医が研究するということの意義を少し考えてみたいと思います。もともと大学時代より基礎研究に興味がありました。ただし、ライフワークにできるかどうか? という点については懐疑的ではあったので、大学3年、6年時に海外での基礎研究とはどういったものなのかを体験する目的で米国のCold Spring Harbor Laboratory, Massachusetts Institute of Technologyに短期間でしたが研究留学をしたところ、当時の指導医のお陰もあり、基礎医学に対する畏怖の念はありつつも、いつか基礎研究を行ってみたいと思うようになりました。ただ、もう少し、臨床での問題点を自分なりに明らかにし、それを解決できたらと考えたため、臨床への道を歩み始めました。

 臨床現場に出て、脇目も振らず一般外科研修に没頭した5年間。ある程度いろいろな業務をスムーズにこなせるようになった頃、30代のトリプルネガティブ乳がん患者さん2名が目の前で命を落としました。できうる限りのことは当時のスタッフで検討し行ったのですが、助けられませんでした。ただ、なぜ助けられなかったのか、何かを知っていたら、もっと良い治療ができていたのではないかという不全感。その時の自分には、その「なぜ」を解決する術、考えるresourceが何もないという壁に突き当たり、基礎研究をするために大学院に入学しました。

 大学院ではトリプルネガティブ乳がんの多様性に焦点を当てた研究を行いました。研究をしたから普段の診療が急に変わる訳ではないですが、乳がんのbiologyを理解し、今後の乳がん診療の展望を意識しつつ、診療に従事することで臨床の奥行が出てくるのかと思います。臨床現場のclinical seedsの拾い上げ、benchでの検証、bed sideへのtranslation、この一連の流れは診療を続ける限り臨床医の使命だと今では考えています。

 

医師になって17年、突如やってきた留学のチャンス

 大学院生活が終わり、7年間は細々と研究をしながらでしたが、大部分は臨床に従事する日々が続きました。リーダーシップ研修を含め臨床留学をしたいという思いもあり、2017年に応募した外科学会のISTPプログラムの最終選考に残りIELTS対策をしていた時のことです。2019年2月に突然、森教授よりDFCIでポストの空きが出たので研究してみないか? とご提案いただき、気がつけば5月には渡米しておりました。ということで、留学の機会は突如やってきました。医師となって早17年が経っておりました。

 

英語力の向上・維持のために実際に取り組んだこと

 留学を視野に入れている方は、いつ留学してもいいように、日頃より英語力の向上、維持は必要です。私の場合は各学会での英語セッションでの発表、年最低一回海外学会での発表、ESMO/ASCO共催の研修プログラム、IELTS受験、オンライン英会話(Callan Method)を通じて、常に英語を必要とする状況を作るようにしていました。

 留学に際しては、VISA、施設の雇用条件に英語技能のrequirementがそれぞれあるので、それに従い、英語検定試験を受ける必要があります。多くの場合、TOEFL、IELTS (英国臨床留学の場合はUKVI/academic module), Cambridge英検等が適応されます。いずれの試験も「Listening」「Reading」「Speaking」「Writing」4技能試験で、とくにoutputが苦手な日本人は「Speaking」「Writing」対策を行う必要性があります。

 


リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 文献管理 その3【「実践的」臨床研究入門】第9回

提供元:CareNet.com

本連載は、臨床研究のノウハウを身につけたいけれど、メンター不在の臨床現場で悩める医療者のための、「実践的」臨床研究入門講座です。臨床研究の実践や論文執筆に必要な臨床疫学や生物統計の基本について、架空の臨床シナリオに基づいた仮想データ・セットや、実際に英語論文化した臨床研究の実例を用いて、解説していきます。

 

関連先行研究論文引用の実際(Introduction編)

 前回は関連研究論文の内容のまとめ方のポイントと、自身の臨床研究論文で引用する際の要点について解説しました。今回は、関連先行研究論文引用の実際について、筆者らがこれまで出版した実際の臨床研究論文における実例を挙げながら解説します。

 まず、例に挙げるのは、慢性腎臓病(CKD)患者をP(対象)とした末期腎不全(ESKF)発症予測モデル研究論文です1)第2回参照)。この研究は日本全国の大規模病院17施設というS(セッティング)で行われました。この論文の“Introduction”では下記のように関連先行研究論文を引用しています。

“Tangri et al. developed and validated clinical prediction models (CPMs) for the progression of CKD at stages 3–5 to ESKF, using data from two Canadian cohorts of patients referred to nephrologists.2)

 「Tangriらは、腎臓内科医に紹介されたカナダの2つの患者コホートのデータを用いて、ステージ3-5のCKDからESKFへの臨床予測モデル(CPMs)を開発し、検証した。」

 引用した論文のP(対象)やD(研究デザイン)、さらにS(セッティング)についても述べています。

 そのうえで、

“These CPMs have been validated in a cohort of European patients with CKD3), as well as patients in other regions4)

 「これら臨床予測モデルはヨーロパや他の地域の患者でも検証されている。」

“That validation study included Japanese patients. However, they only included a general local population cohort 5, 6)and a local CKD cohort7).”

「この検証研究には日本人患者も含まれているが、一般住民コホートと一地方のCKDコホートのみのデータである。」

とこれまでの研究の限界を強調し、筆者らの臨床研究は日本の大規模多施設というセッテイング(S)で行われた、という新規性を述べています。

 もう一つの実例は、出版済みのランダム化比較試験(RCT:randomized controlled trial)を用いて、筆者らが定量的統合(メタアナリシス)した、コクラン・システマティックレビュー(SR:systematic review)です。この論文では、透析患者をP(対象)に、アルドステロン受容体拮抗薬投与を行ったI(介入)群とプラセボもしくは標準治療というC(対照)群で、臨床的予後や有害事象などのO(アウトカム)について比較しました8)。この論文の“Background”における、関連先行研究論文の引用の抜粋を下記に示します。

“Quach 2016 published a non‐Cochrane systematic review that involved a meta‐analysis of nine studies (829 patients) testing the safety and efficacy of aldosterone antagonists in people receiving dialysis9)

 「Quachらは2016年に透析患者を対象としたアルドステロン受容体拮抗薬の安全性と有効性を検証した9つのRCT(対象患者数829人)をメタアナリシスした非コクランSRを出版している。」

 過去に行われた関連先行SRの対象(P)であるRCTの数(および対象患者数)を記述したうえで、

“Indeed, since completion of the review by Quach 2016, a new, large RCT (n = 258) has been published, which assesses the long‐term (two years) effects and adverse events in this population10).”

 「QuachらによるSRの出版以降も、透析患者における(アルドステロン受容体拮抗薬の)長期(2年間)の有効性と有害事象を検証した、新しい大規模RCT(対象患者数258名)が出版されている。」

と述べ、筆者らが行った新規SRのP(対象)に該当し、かつこれまでのメタアナリシスの結果をアップデートし得る新たなRCTの出版が、先行SRの出版後も増え続けていることを強調しています。また、先行SR9)では設定されていなかった臨床的に重要なO(アウトカム)も、筆者らの新規SRでは検証したと述べ、本SR施行の臨床的意義と新規性を主張しました。

  これまで述べてきたとおり、関連研究レビューの段階から「Key論文」を選定し、そのポイントをまとめておくことによって、以下のようなご利益があります。あなたのRQ(リサーチ・クエスチョン)のテーマについて、何がわかっていて、まだ何がわかっていないのか、そしてあなたが行う研究によって、何が新しい知見として追加される(かもしれない)のか、がはっきりとしてきます(第2回参照)。その結果、今回実際の例をお示ししたように、臨床研究論文の“Introduction”の重要な構成要素の記述につながるのです。

 


【 引用文献 】

【 参考文献 】

  • 1)福原俊一. 臨床研究の道標 第2版. 健康医療評価研究機構;2017.
  • 2)木原雅子ほか訳. 医学的研究のデザイン 第4版. メディカル・サイエンス・インターナショナル;2014.
  • 3)矢野 栄二ほか訳. ロスマンの疫学 第2版. 篠原出版新社;2013.
  • 4)中村 好一. 基礎から学ぶ楽しい疫学 第4版. 医学書院;2020.
  • 5)片岡 裕貴. 日常診療で臨床疑問に出会ったときに何をすべきかがわかる本 第1版.中外医学社;2019.
  • 6)康永 秀生. 必ずアクセプトされる医学英語論文.金原出版;2021.

講師紹介

harasense

長谷川 毅 ( はせがわ たけし ) 氏
昭和大学統括研究推進センター研究推進部門 教授
昭和大学医学部内科学講座腎臓内科学部門/衛生学公衆衛生学講座 兼担教授
福島県立医科大学臨床研究イノベーションセンター 特任教授

[略歴]
1996年昭和大学医学部卒業。
2007年京都大学大学院医学研究科臨床情報疫学分野(臨床研究者養成コース)修了。
都市型および地方型の地域中核病院で一般内科から腎臓内科専門診療、三次救急から亜急性期リハビリテーション診療まで臨床経験を積む。その臨床経験の中で生じた「臨床上の疑問」を科学的に可視化したいという思いが募り、京都の公衆衛生大学院で臨床疫学を学び、米国留学を経て現在に至る。


バックナンバー

8 リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 文献管理 その2
【「実践的」臨床研究入門】第8回

7 リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 文献管理 その1
【「実践的」臨床研究入門】第7回

6 リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 診療ガイドラインの活用 その3
【「実践的」臨床研究入門】第6回

5 リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 診療ガイドラインの活用 その2
【「実践的」臨床研究入門】第5回

4 リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 診療ガイドラインの活用 その1
【「実践的」臨床研究入門】第4回

3 リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー その2
【「実践的」臨床研究入門】第3回

2 リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー その1
【「実践的」臨床研究入門】第2回

1 臨床上の疑問とリサーチ・クエスチョン
【「実践的」臨床研究入門】第1回


 

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海外研修留学便り 【米国留学記(大場 崇旦氏)】第4回

[ レポーター紹介 ]
大場  崇旦(おおば たかあき )

2009年3月 信州大学医学部医学科卒業
2009年4月 JA長野厚生連長野松代総合病院初期臨床研修
2011年4月 信州大学医学部外科学教室医員
2013年4月 信州大学医学部外科学教室乳腺内分泌外科学分野医員
2017年3月 信州大学大学院医学系研究科修了 博士号(医学)取得
2018年8月 Roswell Park Comprehensive Cancer Center, Center for immunotherapy, Postdoctoral fellow
2020年8月 信州大学医学部外科学教室乳腺内分泌外科学分野診療助教

 外科医としてキャリアをスタート後、米国Roswell Park Comprehensive Cancer Centerに基礎研究留学され、現在は帰国して信州大学外科学教室で乳腺内分泌外科学分野の診療助教として勤務する大場 崇旦氏に、日米の研究環境の違い、帰国後のキャリアプランニングなどについてレポートいただきます。第4回では帰国後のキャリアの考え方や、留学を経て変わったことについてお伺いしました。

 

元の病院に戻る=日本人特有の考え方!?

 ちょうど丸2年間の留学期間を終え、現在は信州大学医学部附属病院乳腺・内分泌外科にて診療を行っております。当然ではありますが、留学中のような研究漬けの生活というわけにはいかず、正直、日々の診療業務に追われ、ただ時が流れていく毎日です。大学病院ですので、臨床・教育・研究の3本柱でやっていかねばならず、研究のみに集中すればよかった留学中からは考えられないような生活を送っています。今後はこの3本柱をバランスよくこなしていかねばならないと感じています。

 留学中には、ポスドクの後はどうするんだ? と、よく周りから聞かれました。日本に帰国して、元の病院に戻る予定と言うと、どうして戻るんだ、ステップアップしないのかとみんなが不思議そうにしていました。どんなポジションでも常にキャリアアップを目指しているアメリカ人のメンタリティからすると、お世話になった場所に戻るという、日本人的なメンタリティは理解不能のようでした。一方で、私はマンパワー苦しい中、留学に出させてもらったという事情もあり、自分としては戻る以外の選択肢が浮かばず、そんなところからもやっぱり自分は日本人なんだなぁと感じたものでした。

 

桁違いのグラント額、基礎研究分野での日本の立ち位置

 留学を経て変わったことは、グローバルな視点から日本の置かれている現状を意識できるようになったことがまず挙げられると思います。日本で生まれ、日本で生活していると、あまり不自由なこともなく生活できてしまうためか、未だに「Japan as No.1」の時代が続いているのではと錯覚してしまうこともありますが、少なくとも基礎研究の世界では、完全に世界からは置いてけぼりをくらっているような現状であるかと思います。

 数多のノーベル賞受賞者を輩出しているように、研究者としての資質で劣っているわけではないとは思います。その原因は、日本の基礎研究者を取り巻く環境にその問題があるのではないかと思っています。米国でのグラントの額などは日本と比べると本当に桁違いで、研究者として生き残っていくのは大変ですが、大規模なグラントを獲得できればあれやこれやと日本では考えられないような研究展開が可能、ということを実際に見て感じました。また、研究者が集める社会的尊敬も、日米では大きな差があるように感じました。今後は、日本の研究者の生活がよりよくなっていくことを願っています。

 

家族にとっても貴重な経験に

 また、自分だけでなく、家族にとってもアメリカでの2年間の生活は人生においてとても貴重な期間になったのではないかと思います。子供の言語習得能力は高く、現地校で英語のnative speakerと普通にコミュニケーションをとっていたため、英語の発音に関しては完全に負けました。また、現地校には様々な人種の子供が通っていたので、人の多様性への理解も自然に身についているのではないかと思います。肌色のクレヨンを持って、「なんでこれが肌色なの? アービー(インド人の友達)の肌は違うじゃん。おかしいよね。」と言っており、日本で生活していたら身につかない感覚なんだろうなぁと、感じました。

 


ASCO2021 FLASH 乳がん

|企画・制作|ケアネット

2021年6月4日から8日まで開催されたASCO2021 Virtual Scientific Programの乳がん領域の旬なトピックを、国立がん研究センター中央病院の下井 辰徳氏がレビュー。


レポーター紹介

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下井 辰徳 ( しもい たつのり ) 氏
国立がん研究センター中央病院 腫瘍内科


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リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 文献管理 その2【「実践的」臨床研究入門】第8回

提供元:CareNet.com

本連載は、臨床研究のノウハウを身につけたいけれど、メンター不在の臨床現場で悩める医療者のための、「実践的」臨床研究入門講座です。臨床研究の実践や論文執筆に必要な臨床疫学や生物統計の基本について、架空の臨床シナリオに基づいた仮想データ・セットや、実際に英語論文化した臨床研究の実例を用いて、解説していきます。

 

「Key論文」の選定

 前回は関連研究レビューの際に有用な文献管理ソフトについて、EndNote®の使用方法を例に挙げ説明しました。今回は、作成した文献情報(ライブラリ)の関連研究レビューにおける活用方法について解説します。

 収集した関連研究論文を文献管理ソフトに取り込んだら、まずは論文のタイトルとアブストラクトを読んでみましょう。筆者はこの段階で、個々の文献情報(レコード)と自身のリサーチ・クエスチョン(RQ)との関連や重要性の程度を暫定的にRating(評点付け)します。EndNote®では、レコード毎に重要度を5段階(★)でRatingし、一覧化した文献情報(ライブラリ)内でレコードをRatingでソート(並び替え)することができます。高いRatingを付けたレコードは「Key論文」候補として読み込みます。ここで言う、「Key論文」とは自身の臨床研究論文の“Introduction”や“Discussion”などで引用する可能性のある先行研究論文、とします。

 EndNote®には、レコードごとにResearch Note(研究メモ)という自由に書き込めるフィールドがあります。筆者は、先行研究論文を読み込む際に、以下のポイントについてまとめて、Research Noteに記載するようにしています。

Design(研究デザイン)
Setting(セッテイング)
Patients(対象)
Exposure(曝露要因)もしくはIntervention(介入)
Comparison(比較対照)
Outcome(アウトカム)
Result(研究結果)
Interpretation(結果の解釈)

 D(研究デザイン)は、連載第6回で少し触れました「介入研究」と「観察研究」に大別される臨床研究の「型」です。「介入研究」の代表的な「型」がランダム化比較試験(RCT:randomized controlled trial)です。「観察研究」はC(比較対照)を置くかどうかによって、Cのない記述的研究と、Cのある分析的観察研究に分類されます。分析的観察研究には、E(曝露要因)とO(アウトカム)を一時点で観察し測定する横断研究と、EとOを縦断的に観察、測定する縦断研究に分かれます。

 コホート研究は縦断的研究であり時間の流れに沿ってまずEを測定し、その後の時点でのアウトカムを観察、測定しますが、分析的観察研究の「王道」とも言える臨床研究の「型」です。

 また、これらの一次研究で発表済みの論文データを対象としてまとめた二次研究がシステマティックレビューです。メタアナリシスとは個々の論文の研究結果を定量的に統合する際に用いられる解析手法です。システマティックレビューとメタアナリシスはほぼ同義に使われることもありますが、定量的統合(メタアナリシス)を行わない(行えない)定性的なシステマティックレビューもあります。

 S(セッティング)とは、研究の行われた場、言い換えると、P(対象)のサンプリングが行われた場のことです。

 筆者は、R(研究結果)は用いられた統計解析手法を含めて図表を中心に、とくに自身の臨床研究と関連するような知見を主にまとめています。さらに、I(結果の解釈)についても、その研究の長所や限界を踏まえて付記するようにしています。

 

関連先行研究論文引用の要点

 実際の臨床研究論文では関連する先行研究論文を羅列して多く引用すれば良いというものではありません。引用できる文献数は専門雑誌ごとに違いますが、一般的に30本から多くても50本程度に制限されています。したがって、自身の研究との関連性や重要度を勘案して引用する先行研究を厳選する必要があります。

 先行研究の内容を長々と解説する必要もありません。できるだけ簡潔に、関連する先行研究論文で得られている知見を記述することが重要です。その際に、前述したResearch Noteでまとめた先行研究のポイントの記載が活かせます。引用した先行研究の内容を短くまとめて記述するのですが、そのD(研究デザイン)、S(セッティング) やP(対象)なども示すことで、伝えられる情報量が豊富になります。その上で、自身の臨床研究の新規性や得られた結果と先行研究の知見との相違(もしくは一致)を論文で議論するのです。 次回は、関連先行研究論文引用の実際について実例をいくつか紹介し、解説したいと思います。

 


【 参考文献 】

  • 1)福原俊一. 臨床研究の道標 第2版. 健康医療評価研究機構;2017.
  • 2)木原雅子ほか訳. 医学的研究のデザイン 第4版. メディカル・サイエンス・インターナショナル;2014.
  • 3)矢野 栄二ほか訳. ロスマンの疫学 第2版. 篠原出版新社;2013.
  • 4)中村 好一. 基礎から学ぶ楽しい疫学 第4版. 医学書院;2020.
  • 5)片岡 裕貴. 日常診療で臨床疑問に出会ったときに何をすべきかがわかる本 第1版.中外医学社;2019.

講師紹介

harasense

長谷川 毅 ( はせがわ たけし ) 氏
昭和大学統括研究推進センター研究推進部門 教授
昭和大学医学部内科学講座腎臓内科学部門/衛生学公衆衛生学講座 兼担教授
福島県立医科大学臨床研究イノベーションセンター 特任教授

[略歴]
1996年昭和大学医学部卒業。
2007年京都大学大学院医学研究科臨床情報疫学分野(臨床研究者養成コース)修了。
都市型および地方型の地域中核病院で一般内科から腎臓内科専門診療、三次救急から亜急性期リハビリテーション診療まで臨床経験を積む。その臨床経験の中で生じた「臨床上の疑問」を科学的に可視化したいという思いが募り、京都の公衆衛生大学院で臨床疫学を学び、米国留学を経て現在に至る。


バックナンバー

7 リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 文献管理 その1
【「実践的」臨床研究入門】第7回

6 リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 診療ガイドラインの活用 その3
【「実践的」臨床研究入門】第6回

5 リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 診療ガイドラインの活用 その2
【「実践的」臨床研究入門】第5回

4 リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 診療ガイドラインの活用 その1
【「実践的」臨床研究入門】第4回

3 リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー その2
【「実践的」臨床研究入門】第3回

2 リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー その1
【「実践的」臨床研究入門】第2回

1 臨床上の疑問とリサーチ・クエスチョン
【「実践的」臨床研究入門】第1回


 

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海外研修留学便り 【米国留学記(大場 崇旦氏)】第3回

[ レポーター紹介 ]
大場  崇旦(おおば たかあき )

2009年3月 信州大学医学部医学科卒業
2009年4月 JA長野厚生連長野松代総合病院初期臨床研修
2011年4月 信州大学医学部外科学教室医員
2013年4月 信州大学医学部外科学教室乳腺内分泌外科学分野医員
2017年3月 信州大学大学院医学系研究科修了 博士号(医学)取得
2018年8月 Roswell Park Comprehensive Cancer Center, Center for immunotherapy, Postdoctoral fellow
2020年8月 信州大学医学部外科学教室乳腺内分泌外科学分野診療助教

 外科医としてキャリアをスタート後、米国Roswell Park Comprehensive Cancer Centerに基礎研究留学され、現在は帰国して信州大学外科学教室で乳腺内分泌外科学分野の診療助教として勤務する大場 崇旦氏に、日米の研究環境の違い、帰国後のキャリアプランニングなどについてレポートいただきます。第3回では米国の基礎研究の研究環境と、日米の研究者の生活の違いについてお伺いしました 。

 

病院併設の研究センターならではの強みとは

 留学先であるRoswell Park Comprehensive Cancer Centerは1898年に創設された歴史ある国立のがん研究センターです。細胞培養の経験のある人ならご存じのはずのRPMI培地はRoswell Park Memorial Institute mediumの略でその名の通り、Roswell Parkで開発されたもののようです。恥ずかしながら、渡米するまでそのことを知らなかったのですが、Roswell ParkでRPMI培地を使うたびになんだか歴史の重さを感じたものです。

 話は逸れましたが、Roswell Parkには研究所だけでなく病院も併設されており、こちらは2019年の米国内の最高のがん病院のリストで14位にランクインされておりました。病院も併設されていることからtranslational researchが盛んで、基礎研究で得られた知見を基にすぐに臨床試験に進んだり、もしくは動物実験で得られたdataをすぐに臨床検体で解析する、などといったことに対するアクセスが非常によかったと思います。実際に、我々もマウスモデルで得られたdataを、肺がん患者の血液サンプルを用いて解析したことで、肺がんにおける免疫チェックポイント阻害剤の効果予測バイオマーカーを同定することができました(Nat Commun. 2021;12(1):1402)。

 

常にオープンなBossの部屋の扉、多様なメンバーと交流可能なラボのデザイン

 研究スペースはオープンラボシステムであり、だだっ広いスペースにいくつものラボのポスドクが共生するようにデザインされており、おかげで他のラボのメンバーとの交流もできたし、試薬などが足りなくなってしまった時はお互いに助け合ったりすることができました。また、週に1回ラボ全体のミーティングがあり、毎回2人が研究の進捗状況を報告する機会があり、だいたい2ヵ月に1回くらい、出番が回ってきました。時には炎上することもありましたが、これが英語でプレゼンテーションするよい勉強の機会になったように思います。幸い、Bossの部屋の扉はいつもオープンになっており、部屋におられることが多かったので、ささいなことでも困ったことがあればすぐに直接相談できる環境にあったことも大変恵まれていた環境であったのだな、と感じています。

 

オンオフのはっきりとした研究生活で、なおかつ結果も出すすごさ

 日米の研究者の生活の大きな違いは、やはり何といっても休日に対する考え方の違いでしょうか。米国では土日は完全にOffということが当たり前で、土日のラボ内に人をみかけることがほぼありませんでした。金曜の昼頃からなんとなく皆、浮足立ってきて、夕方には ‘Have a good weekend’ という感じです。土日にもラボに顔を出しているのは、自分も含め、中国、韓国、インドなどからのアジア系の研究者だけだったように記憶しています。

 2年間という限られた留学生活の中で結果を出すためには、やむなくといった感じで休日、平日、昼夜問わずといった研究生活を送ってしまいましたが、オンオフのはっきりとした研究生活で、なおかつ結果も出し、世界をけん引していく米国の研究者達と日本人の違いはどこにあるのだろうか、そんなことを考えながら過ごした2年間でした。また、研究生活以外でも、米国民の休日の本気度にはびっくりしました。日本の感覚だと、いくら休日とはいえ、スーパーマーケットや飲食店などはやっているだろう、とたかをくくっていましたが、サンクスギビング、クリスマスなどの休日はこれらも完全にすべて閉店。休日の前日までにあらかじめ食品などを買っておかねばならないことを知らず、留学初年のクリスマスは当日にいくら探しても見つからず、クリスマスケーキなしで過ごすはめとなりました。

Niagara falls


リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 文献管理 その1【「実践的」臨床研究入門】第7回

提供元:CareNet.com

本連載は、臨床研究のノウハウを身につけたいけれど、メンター不在の臨床現場で悩める医療者のための、「実践的」臨床研究入門講座です。臨床研究の実践や論文執筆に必要な臨床疫学や生物統計の基本について、架空の臨床シナリオに基づいた仮想データ・セットや、実際に英語論文化した臨床研究の実例を用いて、解説していきます。

 

文献管理ソフト活用のススメ

 これまでの連載第4回から6では、関連研究レビューのはじめのステップとして、診療ガイドラインの活用法について解説しました。すでにこの時点で、架空の臨床シナリオに基づいたわれわれのリサーチ・クエスチョン(RQ)に関連する先行研究論文が10編以上リストアップされています。学会発表にとどまらず英文原著論文出版まで見据えると、関連研究文献の管理はRQをブラッシュアップする段階から始めたいものです。

 何はともあれ、関連研究文献の管理には、文献管理ソフトの活用を強くお勧めします。文献管理ソフトを使うことにより、関連研究の文献情報の収集や閲覧を一元的に管理することができます。単に関連研究論文PDFをパソコンにダウンロードしフォルダに保存しただけでは、参照したい時に、お目当ての論文を探し出すだけでも時間を浪費します。文献管理ソフトでは、収集した文献それぞれの論文タイトル、著者情報、アブストラクト、そしてフルテキストPDF(入手可能な場合)を一元的に管理し閲覧することができます。

 それだけでなく、文献管理ソフトは論文執筆の際の引用文献リスト(レファレンス)の作成に大変役立ちます。レファレンスは専門雑誌ごとにそのフォーマットが異なります。したがって、投稿論文がリジェクトされてしまい投稿先の雑誌を変更する度に、フォーマット調整が必要となります。手動でこのような編集をするのには多大な労力がかかりますが、文献管理ソフトを用いるとこの作業がほぼ自動化でき、とても便利です。

 

文献管理ソフト活用の実際

 文献管理ソフトは近年多くのアプリケーションが出てきていますが、筆者はロングセラーの文献管理ソフトで、現在でもスタンダードとされているEndNote®を使用しています。EndNote®は30日間無料トライアル版もありますので、ここではEndNote®を例として、筆者の文献管理ソフトの使い方を簡単に説明させていただきます。

 まずは、第6回でリストアップした引用文献を文献管理ソフトウエアにとりこんでみましょう。はじめに、EndNote®を起動して新規ライブラリを作成し、パソコンの任意の場所にライブラリファイルを保存します。次に、第3回で少し触れましたが、関連研究論文の1次情報源としてPubMedを使用します。PubMedのトップページの画面中央の”Find”という項目の下に[Single Citation Matcher]というリンクがあります。引用文献の記載のとおり、書誌情報(雑誌名、出版年、巻、号、最初のページ、など)を入力すると該当する文献がヒットします。その画面上部にある[Send To]をクリックし、プルダウンから[Citation manager]を選択、[Create File]をクリックします。EndNote®を起動した状態で保存されたファイルを開くと、現在開いているライブラリに文献情報(レコード)が取り込まれます。

 さらに、EndNote®の[Find Full Text]機能を使うと、ワンクリックでオンライン公開されているフルテキストPDFを検索、自動ダウンロードされ、レコードに添付されます。PDFがダウンロードされるのではなく、フルテキストにアクセス可能なURLがレコードに追加される場合もあります。その場合はそのURLのリンクを開き、フルテキストPDFをダウンロードしてレコードにドラッグ&ドロップすることにより添付できます。大学などの所属施設のネットワークに接続していると、オープンアクセスジャーナルだけでなく、所属施設の図書館などが機関契約している電子ジャーナルから、フルテキストPDFが自動ダウンロードできる場合もあります。

 上記の工程を行うことにより、収集した文献それぞれの書誌情報、アブストラクト、フルテキストPDF(入手可能な場合)を一覧できるようになります。次回は、この一覧化した文献情報の関連研究レビューでの活かし方について解説したいと思います。


講師紹介

harasense

長谷川 毅 ( はせがわ たけし ) 氏
昭和大学統括研究推進センター研究推進部門 教授
昭和大学医学部内科学講座腎臓内科学部門/衛生学公衆衛生学講座 兼担教授
福島県立医科大学臨床研究イノベーションセンター 特任教授

[略歴]
1996年昭和大学医学部卒業。
2007年京都大学大学院医学研究科臨床情報疫学分野(臨床研究者養成コース)修了。
都市型および地方型の地域中核病院で一般内科から腎臓内科専門診療、三次救急から亜急性期リハビリテーション診療まで臨床経験を積む。その臨床経験の中で生じた「臨床上の疑問」を科学的に可視化したいという思いが募り、京都の公衆衛生大学院で臨床疫学を学び、米国留学を経て現在に至る。


バックナンバー

6 リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 診療ガイドラインの活用 その3
【「実践的」臨床研究入門】第6回

5 リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 診療ガイドラインの活用 その2
【「実践的」臨床研究入門】第5回

4 リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー 診療ガイドラインの活用 その1
【「実践的」臨床研究入門】第4回

3 リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー その2
【「実践的」臨床研究入門】第3回

2 リサーチ・クエスチョンのブラッシュアップー関連研究レビュー その1
【「実践的」臨床研究入門】第2回

1 臨床上の疑問とリサーチ・クエスチョン
【「実践的」臨床研究入門】第1回


 

掲載内容はケアネットの見解を述べるものではございません。
(すべての写真・図表等の無断転載を禁じます。)

HBOC予防的切除の保険適用後、医師に求められている役割(中村清吾氏)第4回

  遺伝子パネル検査の広がりやオラパリブの適応拡大により、遺伝性腫瘍の診療は大きな変化の中にあります。HBOCの予防的切除が保険適用となって約1年、昭和大学病院 乳腺外科教授/昭和大学病院ブレストセンター長の中村清吾氏に、今、現場の医師に求められる対応についてお話いただきます。
  第4回では、 ゲノム検査の今後の広がりについてお伺いしました。

 

ゲノム検査の今後の広がりについて

 

[演者紹介]

中村 清吾(なかむら せいご)

[所属・役職]
昭和大学病院 乳腺外科教授/昭和大学病院ブレストセンター長

[学会・役職]
日本乳癌学会理事長
日本外科学会理事
NPO法人日本乳腺甲状腺超音波医学会(JABTS)監事
NPO法人日本HBOCコンソーシアム理事長
NPO法人日本乳がん情報ネットワーク代表理事
日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会副理事長
日本癌治療学会代議員
日本医学会評議員
Breast Surgery International (BSI)カウンシルメンバー

海外研修留学便り 【米国留学記(大場 崇旦氏)】第2回

[ レポーター紹介 ]
大場  崇旦(おおば たかあき )

2009年3月 信州大学医学部医学科卒業
2009年4月 JA長野厚生連長野松代総合病院初期臨床研修
2011年4月 信州大学医学部外科学教室医員
2013年4月 信州大学医学部外科学教室乳腺内分泌外科学分野医員
2017年3月 信州大学大学院医学系研究科修了 博士号(医学)取得
2018年8月 Roswell Park Comprehensive Cancer Center, Center for immunotherapy, Postdoctoral fellow
2020年8月 信州大学医学部外科学教室乳腺内分泌外科学分野診療助教

 外科医としてキャリアをスタート後、米国Roswell Park Comprehensive Cancer Centerに基礎研究留学され、現在は帰国して信州大学外科学教室で乳腺内分泌外科学分野の診療助教として勤務する大場 崇旦氏に、日米の研究環境の違い、帰国後のキャリアプランニングなどについてレポートいただきます。第2回では留学直後、学生時代は避けがちだったという免疫学に英語で真っ向から向き合った苦労や、実際の研究内容についてお伺いしました。

 

がん免疫研究に特化したラボで研究生活スタート、最初の関門となったのは…

 留学先のlabであるRoswell Park Conmprehensive Cancer Center, Center for immunotherapyはその名の通り、がん免疫の研究に特化した研究室でした。免疫チェックポイント阻害薬の登場以降、がん治療をrevolutionizeしたがん免疫療法は米国でもhot topicとなり、悪性黒色腫や肺がんといった免疫療法が効きやすいがん腫に対する研究はものすごい勢いで進み、多くの知見が得られていますが、留学した当時の2018年は、乳がんや膵がんといった免疫療法抵抗性のいわゆる“cold tumor”に対する研究がまさにがん免疫研究のhot topicとなっているように感じました。

 しかし、ここにきて学生時代から免疫学というと、なんとなく難しそうだなと避けてしまい、しっかり勉強してこなかったことを後悔したものです。免疫学の「め」の字も知らずに渡米してしまったようなものですから、留学当初はとても苦労しました。おそらく日本語で考えても理解が難しい実験系を、英語で説明し、説明され、考え、自分で行えるようになるまでには本当に大変でしたが、数ヵ月経ったころからはなんとか自分ひとりでできる実験が増えてきて、自分主導のprojectも任されるようになりました。

 

無我夢中で取り組む日々、良好な結果に思わず手が震えた経験も

 任された研究projectは、“抗原提示能力に特化したBatf3-dependent conventional type1 dendritic cells(cDC1)という特殊な樹状細胞を用いて、免疫療法抵抗性の乳がんを免疫療法反応性に変える”ことを目的とした研究で、臨床にも繋がりうるとても魅力的なprojectと感じました。

  実際には乳がんマウスモデルを用いて、Flt3LというcDC1への分化に必要なサイトカインを腫瘍内に打ち込み、cDC1を腫瘍内誘導し、放射線治療や補助シグナルの刺激でそれらを活性化することで腫瘍特異的な免疫を誘導し、免疫チェックポイント阻害剤耐性を解除する、という内容の研究でした。初めて、この治療法をマウスに試して、腫瘍の大きさを確認に行った日のことは今でも鮮明に覚えています。本当にこれで腫瘍が小さくなるかなぁ、と半信半疑でラボに行きましたが、実際にマウスを手に取ってみると明らかに腫瘍が小さくなっており、思わず 「すごい…!」、と動物舎で声を出してしまい、手も震えました。

  そこから先は、とんとん拍子で解析が進み、サイトカインの注入は毎日しなければならなかったので、平日、休日問わずにラボにいくのが当たり前にはなってしまいましたが、毎日結果を見るのが楽しみで、2年間の研究生活は本当に楽しく、充実したものであったと思います。無事に論文もpublishすることができました(Nat Commun. 2020 27;11(1):5415)。留学当初の苦労など忘れ、無我夢中で研究に取り組めた2年間は本当に幸せだったと思います。