
[ レポーター紹介 ]
藤井 健夫(ふじい たけお )

2007年 信州大学医学部卒業
2007-2008年 在沖縄米国海軍病院インターン
2008-2010年 聖路加国際病院初期研修
2010-2013年 聖路加国際病院内科後期研修、チーフレジデント、腫瘍内科専門研修
2013-2015年 MPH, University of Texas School of Public Health/Graduate Research Assistant, University of Texas MD Anderson Cancer Center, Department of Breast Medical Oncology
2015-2016年 Clinical Fellow, University of Texas MD Anderson Cancer Center, Department of Investigational Cancer Therapeutics (Phase I clinical trial department)
2016-2019年 Internal Medicine Resident, University of Hawaii/Research Fellow, University of Hawaii Cancer Center (Ramos Lab)
2019年-現在 Medical Oncology Fellow (Translational Research Track), Cold Spring Harbor Laboratory (Egeblad Lab)/Northwell Health Cancer Institute
テキサス大学MDアンダーソンがんセンターとハワイ大学でのレジデント、フェロー等の経験を経て、現在はCold Spring Harbor Laboratoryで腫瘍内科のフェローとして勤務する藤井健夫氏に、留学後のキャリアプランニングの考え方や、教育プログラム・診療の日米間での違いについて4回にわたってレポートいただきます。最終回となる第4回では、これまで取り組まれてきた研究や研究者としてのポジションを維持していくことの厳しさ、やりがいについてお伺いしました。
第4回: 研究に取り組む・推進する上で感じる違いについて
「臨床研究」「基礎研究」「橋渡し研究」それぞれの境界線は?
米国における研究視点からみた医療界は、日本のそれと似ている部分も多くあるのではないかと感じています。大きく分けると「臨床研究」と「基礎研究」、その間にある「橋渡し研究」の3つがあります。MD アンダーソンなどで私がこれまでに行ってきた研究のほとんどは臨床研究や橋渡し研究になります。その内容を具体的に整理してみたいと思います:
(1)過去カルテから患者情報を集め、統計的手法を用いて臨床での疑問が実際にはどうなのかということを調べる研究。結果自体が直接エビデンスを変えることに繋がることは少ないですが、これを基に新たな基礎研究や橋渡し研究のテーマを決めたり、グラントの応募の際に使用したりできます。
(2)メタアナリシス。これも(1)と同様に臨床的疑問を解決したりさらなる研究のバックグラウンド情報となるのに加え、テーマや質によっては新たなガイドライン作成の際のエビデンスとなることもあります。
(3)臨床試験。これは臨床研究と橋渡し研究の両方の要素があるかと思います。医師主導の臨床試験の場合は、前臨床データ(細胞や動物実験の結果)を基に、自分のアイデアを文章(Letter of intent)にして臨床試験を行うための資金調達(製薬会社や政府機関など対して)を行い、金銭的サポートが確定した後に、実際の臨床試験のプロトコール作成、倫理審査、患者のリクルートと投薬、結果の発表といったことが大きな流れになります。
一方で、「基礎研究」と「橋渡し研究での実験」の境界はあやふやなところもありますが、極端な言い方をすると、橋渡し研究での実験は新たな臨床試験を提案するための実験データの作成で、基礎研究はその時点ではすぐに臨床に直結するとは限らないが世の中の常識を覆すようなものを発見することを目指している、と言えるかもしれません(もちろんそれが結果的に臨床に役立つことは多くありますが)。
現在、私はがん細胞微小環境の視点から、乳がんの転移メカニズムに関する研究をしています。上記の分類でいうと、橋渡しからやや基礎研究よりの研究です。ただ、自分の中ではあくまで近い将来、患者さんに還元できるようなものにつながる研究をする、ということは常々意識しています。

有名施設に所属することが成功のポイントなのか?
最後にみなさんは、特定のいくつかの有名施設所属の主任研究員(ここでは自分の研究室を持っている研究者という定義です)が非常に難易度の高い雑誌にどんどんアクセプトされているのを見て、成功するポイント(何をもって成功とするかは難しい問題ですが)は有名施設に所属することなのではないかと思ったことはありませんか。私は少なくともニューヨークに移ってくるまではそう思っていました。もちろん、ポスドクとして留学する際などは、生産性の高いラボに行けばそれだけいい論文が書ける可能性が高くなるのは間違いありません(もちろんそれだけポスドク間での競争が激しくなる可能性は高くなりますが)。ただ、主任研究員としては全く別です。「有名施設にいるから論文が出るし研究費も取れる」のではなく、全く逆の「グラントが取れて論文が出ている人しかその施設に残れない」仕組みであるように感じています。
過去に良い論文があっても研究費が切れたらポジションが維持できなくなり、施設を移るあるいは実験室をたたまざるを得ないというような話はよく耳にします。そうして空いたポジションには、研究費を持っている人が新たに入ってくる。この傾向は東西海岸の施設でとくに顕著であるとは思います。施設によっては、ポジションを維持するために必要な給料のうちのある一定額(その割合は、施設や行う臨床業務の量によって違います)を、自分の研究費から補わないといけないというようなこともあります。日本も米国も研究者として生産性を保ち、研究費を取り続けることは簡単ではありません。
