[ レポーター紹介 ] 下村 昭彦 ( しもむら あきひこ ) 氏 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院 乳腺・腫瘍内科
2022年12月6日から10日まで5日間にわたり、SABCS 2022がハイブリッド形式で実施された。海外の学会はかなりコロナ以前に戻っている感じで、日本からも多数の医療従事者が参加したようである。私は今回もオンライン参加であったが、日常臨床にインパクトを与える、あるいは今後の治療開発において重要な試験がいくつも発表された。多くの演題の中から、とくに臨床に影響を与えそうな演題ならびに日本からの参加のある演題を中心に5演題を紹介する。
DESTINY-Breast03試験
DB-03試験の結果はすでにみなさまご存じのとおりであるが、今回は全生存期間(OS)のアップデートが発表され、同時にLancetに論文が掲載された。DB-03試験は、HER2陽性乳がん2次治療におけるトラスツズマブ・デルクステカン(T-DXd)とトラスツズマブ・エムタンシン(T-DM1)を直接比較した第III相試験である。524例のHER2陽性転移乳がん患者がリクルートされ、T-DXd群とT-DM1群に1:1に割り付けられた。主要評価項目は無増悪生存期間(PFS)であり、中央値は28.8 vs.6.8ヵ月(ハザード比[HR]:0.33、95%信頼区間[CI]:0.26~0.43)とT-DXd群で圧倒的に良好であった。副次評価項目のOSはいずれの群も未到達であったが、HR:0.64(95%CI:0.47~0.87、p=0.0037)であり、統計学的有意にT-DXd群で良好であった(前回の解析時点では有意差が示されなかった)。サブグループ解析でもすべてのサブグループでT-DXd群で良好な傾向を示し、T-DXdがHER2陽性乳がん2次治療の標準治療として確立した。
本試験はアジアを中心に患者のリクルートが行われた(約60%)。T-DM1、T-DXdが承認されていない国も参加しているため、T-DXd後のT-DM1は35%、T-DM1後のT-DXdは17%しか投与されておらず、クロスオーバー率は高くない。毒性においては一般にT-DXdで頻度が高く、とくに薬剤性肺障害(ILD)はその後の治療に影響することが懸念される。本発表でILDの発生はT-DXdで15%、T-DM1で3%であり、Grade4/5のILD発症は認めなかった。しかしながら、ILDの頻度は日本から治験に参加した人では2倍の頻度であることが報告されていることから、とくに私達が日常臨床で使用する場合はILDを早期発見し、ILDによって後治療に影響が出ないように、細心の注意が必要である。
CAPItello-291試験
capivasertibはAKT阻害薬である。CAPItello-291試験はホルモン受容体陽性HER2陰性転移乳がん(術後ホルモン療法終了後12ヵ月以内/術後ホルモン療法中再発を含む)の2次あるいは3次治療として、フルベストラント単剤に対するcapivasertibの上乗せ効果を見た第III相試験である。708例の患者がリクルートされ、capivasertib群とプラセボ群に1:1に割り付けられた。主要評価項目として、全体集団におけるPFS、AKT経路(PIK3CA、AKT1、PTEN のいずれか1つ以上)に変化のある集団におけるPFSとされた。内分泌耐性として1次抵抗性が40%前後、2次抵抗性が60%であった。閉経後の患者が70~80%を占めた。転移乳がんに対する内分泌療法を受けた患者が85~90%、CDK4/6阻害薬は70%の患者で治療歴があった。AKT経路の変化はPIK3CA が30%、AKT1 が5%、PTEN は6%であった。全体として40%の患者が何らかのAKT経路変化を有していた。
全体集団のPFSは7.2 vs.3.6ヵ月(HR:0.60、95%CI:0.51~0.71、p<0.001)とcapivasertib群で有意に良好であり、AKT経路変異を有する群では7.3 vs.3.1ヵ月(同:0.50、95%CI:0.38~0.65、p<0.001)とより差が顕著になる傾向にあった。探索的項目であるAKT経路に変化のない集団におけるPFSは7.2 vs.3.7ヵ月(同:0.70、95%CI:0.56~0.88)であり、ややハザード比は大きくなるもののAKT経路変化の有無にかかわらずcapivasertibの上乗せ効果があることが示された。サブグループ解析ではすべてのサブグループでcapivasertibの効果が期待され、肝転移有無やCDK4/6阻害薬治療歴有無にかかわらなかった。OSについては全体集団、AKT経路変化集団のいずれもcapivasertib群で良好な傾向を認めたが、統計学的有意差はなかった。有害事象としては下痢が72.4%と高頻度であり、Grade3も9.3%に認めた。下痢や皮疹のコントロールが重要である。capivasertibは現在トリプルネガティブ乳がんを対象に化学療法への上乗せが検証されており(CAPItello-290試験)、その結果が期待される。
SERENA-2試験
経口選択的エストロゲン受容体分解薬(oral SERD)は各社がしのぎを削っている開発領域である。最近ではamcenestrantが転移乳がんに対する試験でネガティブとなったことからすべての開発が中止となったことが記憶に新しい。camizestrantはoral SERDの1つであり、注射剤のフルベストラントに対する優越性が期待できるかを検討した第II相試験がSERENA-2試験である。SERENA-2試験では閉経後ホルモン受容体陽性HER2陰性乳がんでフルベストラント単剤療法が治療選択肢となる患者240例が、camizestrant 75mg、camizestrant 150mg、フルベストラント群に1:1:1に割り付けられた(当初camizestrant 300mg群が存在したが、20例がリクルートされた段階で中止となっている)。主要評価項目はPFSであった。患者背景は年齢中央値が60歳、白人が90%以上、肝転移が60%、ESR1 変異のある患者が30~50% であった。転移乳がんに対する化学療法歴は10~25%であり、50%がCDK4/6阻害薬による治療を受けていた。主要評価項目のPFSは、camizestrant 75mg群で7.2ヵ月(フルベストラントに対するHR:0.58、95%CI :0.41~0.81、p=0.0124)、camizestrant 150mg群で7.7ヵ月(同:0.67、95%CI:0.48~0.91、p=0.01619)、フルベストラント群で3.7ヵ月と、camizestrant群で用量にかかわらず統計学的有意に良好であった。CDK4/6阻害薬治療歴がある集団においても同様の傾向であった。
臓器転移別の探索的解析では、肺転移または肝転移を有する群ではcamizestrantが用量にかかわらず良好であったが、肺/肝転移のない群ではフルベストラントとの差を認めなかった。ESR1 変異の有無でみた探索的解析ではベースラインESR1 変異のある群でcamizestrantが容量にかかわらず良好であり、ない群ではフルベストラントとの差を認めなかった。有害事象はcamizestrant 150mgで最も多く、Grade3以上を21.9%で認めた。camizestrant 75mg、フルベストラントではそれぞれ12.2%、13.7%と大きな差は認めなかった。camizestrantに特徴的な有害事象として視力障害や徐脈に注意が必要であるが、これらはいずれもGrade3は認めていない。camizestrantは1次治療としてパルボシクリブ併用下でアロマターゼ阻害薬(AI)に対する優越性を評価するSERENA-4試験、AI+CDK4/6阻害薬治療中にESR1 変異をモニタリングし、ESR1 変異が検出された患者を対象にAI継続かcamizestrantにスイッチするかを評価するSERENA-6試験が行われており、SERENA-2試験の結果はこれらの第III相試験の期待が高まるものであった。
POSITIVE試験
ここからは少しユニークな試験を2つ紹介したい。1つ目が、ホルモン受容体陽性乳がん術後ホルモン療法中に、ホルモン療法を休薬して妊娠、出産を試みることが安全であるかどうかについて、無乳がん生存期間(BCFI)を主要評価項目として検討したPOSITIVE試験である。本試験では18~30ヵ月の術後ホルモン療法を受けた42歳以下の患者を対象として、3ヵ月のウォッシュアウト期間後に最大2年間ホルモン療法を休薬して妊娠、出産、授乳を試みた後、ホルモン療法を再開するという試験である。日本では国立国際医療研究センター病院の清水 千佳子先生を国内研究責任者としてJBCRGで試験が実施された。518例の患者が登録され、516例が解析に進んだ。年齢分布は35歳未満が34%、35~39歳が43%と最多、40~42歳が23%であった。出産歴のない患者が75%であり、病期はI期が47%、II期が47%であった。ホルモン療法としては選択的エストロゲン受容体調整薬(SERM)単剤が42%、SERM+卵巣機能抑制(OFS)が36%、AI+OFSが16%であった。62%の患者が周術期化学療法歴を有した。
36ヵ月時点のBCFIイベントは8.9%であり、遠隔転移イベントは4.5%であった。これらのイベントをSOFT/TEXT試験のものと比較したところいずれも差を認めず、妊娠のためにホルモン療法を休薬することの安全性が示された。サブグループ解析でも、点推定値ではリンパ節転移の個数が多い、腫瘍径の大きい症例ではややリスクの高い傾向を認めたが、統計学的に有意に明確にリスクが高いと言える集団は指摘できなかった。妊娠歴の有無でもBCFIに有意差を認めなかった。全患者のうち74%が少なくとも1回以上妊娠し、全体の64%、1回以上妊娠したうちの86%が出産した。8%が低出生体重児で、2%に先天異常を認めた。これらは乳がん治療の影響との明らかな因果関係はないと考えられた。POSITIVE試験は妊娠出産年齢の罹患が多い乳がん患者にとって、非常に重要な試験である。長期フォローアップの結果を今後も注視していく必要はあるが、ホルモン療法を休薬して妊娠出産を試みることの安全性が示されたことは、妊娠を望む乳がん患者にとって重要な選択肢が増えたことになる。
RESQ試験
最後にCSPORで行われたRESQ試験を紹介する。RESQ試験はHER2陰性乳がんの1次/2次化学療法として、S-1に対するエリブリンの非劣性について健康関連QOL(HRQOL)を主要評価項目として評価した第III相試験である。302例がエリブリン群とS-1群に1:1に割り付けられた。HRQOLはEORTC QLQ-C30の全般的健康(GHS)を用いて評価された。ベースラインと比較して10ポイント以上のGHS変化をイベントとし、治療開始1年以内に最初にイベントが起きた割合の非劣性についてカプランマイヤー法を用いて評価した。ハザード比における非劣性マージンは10%と設定された。患者背景は、年齢中央値が60歳、ホルモン受容体陽性が80%、肝転移を47%に認めた。DFIは2年以上が50%、手術を受けていない患者が24~27%であった。
GHSイベントフリー生存期間中央値はエリブリン群で5.64ヵ月、S-1群で5.28ヵ月(HR:1.07、95%CI:0.79~1.45、p=0.667)と95%信頼区間は非劣性マージンを超えており、非劣性は示されなかった。副次評価項目ではPFSでは両群間には有意差を認めず、OSでは有意差を認めた。これまでの乳がんや肉腫のエリブリンの試験と同様であり、PFSでは有意差を認めなくともOSでは有意差を認めるというエリブリンの特徴が再現された。本試験はQOLをエンドポイントとして行われた非常にユニークな試験である。日本からのエビデンスとしてポスターディスカッションに取り上げられた。残念ながら主要評価項目は達成されなかったが、薬剤の有効性としては過去の報告と同様の傾向が認められた。QOLをエンドポイントとした試験で良好な成績が得られた場合、有効性に乖離が見られた場合は解釈が困難になる場合が想定される(QOLはAという薬剤で良好であったが、有効性はBが有効であった場合など)。QOLをエンドポイントとした試験のデザインや解釈については今後も議論を深める必要があるだろう。
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